ボクは雑草です

シフトクリエイティブ社長のブログです。

フィリピンのデゥテルテさん

2016-10-09 15:02:04 | 報道/ニュース
いやまあこの人、麻薬中毒者を問答無用で殺す、2か月で2000人とも3000人とも。殺した警察官には報奨金を出す。国連やアメリカから人権問題と言われると猛反発。“国連なんか脱退してやる”“アメリカの特殊部隊は出ていけ”“米比合同軍事演習は今年限りで来年以降やらない”“アメリカとは手を切る”言いたい放題に見えますが、よく聞くと一貫しています。反米と反西欧。そのため中国の海洋進出には文句を言っていません。
フィリピンがアメリカの同盟国だなんてアメリカが勝手に思っているだけだったのです。歴史を振り返りましょう。
フィリピンはもともとスペインの植民地でした。300年も続きました。その後アメリカとスペインが戦争になり、アメリカからフィリピンの革命家たちに、協力してスペインをやっつけないかと持ちかけられます。それに応えた革命軍はフィリピンに駐留しているスペイン軍を破り1898年独立します。ところがアメリカとスペインは2000万ドルでフィリピンをアメリカに譲渡する講和をしてしまいます。フィリピンはアメリカのものになってしまいました。怒ったフィリピン軍はアメリカと戦争を起こしますが、軍事力の差で3年後1901年負けてしまいます。それから第二次世界大戦までアメリカの占領地でした。日本が一時的に占領しますがその日本もすぐに降伏、1946年アメリカ主導によるフィリピン第三共和国が誕生します。
経済的、軍事的にアメリカの支援を受けるフィリピンはマルコスというとんでもない大統領を生んでしまいます。1965年から86年まで20年以上独裁を続け政治の私物化と腐敗が蔓延しました。アメリカの支援はほとんどマルコス一族がかすめとったのです。これではフィリピンはいつまでたっても貧しいまま。その余韻が今も続いています。
主な産業は農業・漁業ですが、大半は出稼ぎ収入です。出稼ぎと出稼ぎの間、やることがないので麻薬です。そのお金はこれまた役人や警察のワイロとなり汚職と犯罪が絶えません。そうして登場したのがデゥテルテさんです。
デゥテルテさんはミンダナオ島ダバオの市長を20年以上やってきました。大小7000の島々から成るフィリピン。一番大きいのがマニラのあるルソン島、その次が南のミンダナオ島です。インドネシアに近く古くからイスラムの影響を受けイスラム教徒の多いところです。デゥテルテさんもイスラム教徒です。フィリピン全体ではキリスト教徒が多いためミンダナオ島ではフィリピンからの独立を求め長く反政府ゲリラ闘争をしてきました。今も島の西半分はモロ解放戦線、アブサヤフといった過激派武装組織が治めています※。フィリピンの人でさえ立ち入ることのない危険な場所、その中にあって東のダバオ市は比較的治安も良いとされています。
銃弾の飛び交う地方で「麻薬・汚職・犯罪は許さん」と立ち上がってきたデゥテルテさん、犯罪者を殺しまくって治安を良くしてきました。71才のおじさんには絶対の自信があります。“オレのやり方に口出すな”というのはフィリピンをだましたアメリカは許せないという意地もあります。
元々フィリピンの基地にはアメリカ軍がいましたが、フィリピンが追い出しています。ところが中国が南沙諸島に軍事施設を作りフィリピンの漁船を締め出すようになって再び2012年アメリカ軍の駐留を認めました。
フィリピンは世界で最も弱い軍隊しかなく、経済的にも貧しく、優秀な人材は国外へ流出してしまいます。そのためアメリカに頼よらざるを得ないところもありましたが中国がこれだけ成長してくるとアメリカを切って中国と手を結んでもやっていける、デゥテルテさんはそう踏んでいます。
“オバマは地獄へ落ちろ”“アメリカが武器を売らないと言うなら中国・ロシアから買うだけだ。”“EUの支援なんか要らない、物乞いはしない”強がって言っているように見えますが中国にサインを送ってアピールしていると考えるとすべてが当てはまりますね。
アメリカ嫌いのデゥテルテさんが中国と手を組むと南アジアの情勢は大きく変わります。大国のエゴを振りかざしてきたアメリカのツケが回ってきました。

2016/10/09
※2012年にモロ・イスラム解放戦線と政府の間で和平合意が署名され今年2016年に自治政府を創設することとしましたが、反発するゲリラ組織も多く真の和平が実現するかどうかわかりません。
ジャンル:
ウェブログ
この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 史上最低の大統領選挙 | トップ | 青森県黒石よされ写真コンテスト »