本日より始まりますヤマガミユキヒロ展のアーティストトークに参加およびテキストを寄稿させていただきます。芸術の秋、ぜひ「ロケハン」にお出かけください!
ヤマガミユキヒロ展「ロケーション・ハンティング」
2016年10月1日(土)~11月27日(日)(火曜日休館)
午前11時~午後7時(土・日・祝 午前10時~午後6時)
あまらぶアートラボ「A-Lab」
http://www.ama-a-lab.com/exhibition/exhibitionnext
関連イベント
10月29日(土) 14時~15時 「アーティストトーク ヤマガミユキヒロ×平田剛志」
平田剛志氏(京都国立近代美術館研究補佐員/美術批評)をお招きし、本プロジェクトや作品制作について、またヤマガミ氏が近年に興味を寄せる「風景画」についてクロストークするアーティストトークを開催。定員30名、申込不要。当日会場へ。
協力 Gallery PARC[グランマーブル ギャラリー・パルク]
「絵画は映画のように」
ヤマガミユキヒロの絵画は映画のようにつくられる。ヤマガミは実景にもとづいたモノクロの「風景画」を描き、その画面上に同一の場所で定点撮影した映像を映写するキャンバス・プロジェクションの手法によって制作される。それは、映画のスーパーインポーズやオーバーラップのように、絵画と映像が重なる「風景画」である。
今展のタイトルである「ロケーション・ハンティング」とは、映画・テレビにおいて、屋外撮影の場所(location)を探す(hunting)行為を指す和製英語である。ロケハンは、撮影場所の事前調査であり、絵画におけるスケッチと言えるだろう。
だが、映画やテレビのロケハンならば、事件やドラマの舞台となる風景だが、ヤマガミの作品に物語はなく、あるのは風景を流れる人や色や光など時の移ろいである。それが単調な移ろいになっていないのは、projection(映写、予測、計画)の字義通り、私たちの記憶を喚起させる光景やドラマの予感を映しだすからかもしれない。つまり、ヤマガミの「ロケーション・ハンティング」とは、予兆としての風景を探す行為なのである。
平田剛志(京都国立近代美術館研究補佐員/美術批評)
ヤマガミユキヒロ展「ロケーション・ハンティング」
2016年10月1日(土)~11月27日(日)(火曜日休館)
午前11時~午後7時(土・日・祝 午前10時~午後6時)
あまらぶアートラボ「A-Lab」
http://www.ama-a-lab.com/exhibition/exhibitionnext
関連イベント
10月29日(土) 14時~15時 「アーティストトーク ヤマガミユキヒロ×平田剛志」
平田剛志氏(京都国立近代美術館研究補佐員/美術批評)をお招きし、本プロジェクトや作品制作について、またヤマガミ氏が近年に興味を寄せる「風景画」についてクロストークするアーティストトークを開催。定員30名、申込不要。当日会場へ。
協力 Gallery PARC[グランマーブル ギャラリー・パルク]
「絵画は映画のように」
ヤマガミユキヒロの絵画は映画のようにつくられる。ヤマガミは実景にもとづいたモノクロの「風景画」を描き、その画面上に同一の場所で定点撮影した映像を映写するキャンバス・プロジェクションの手法によって制作される。それは、映画のスーパーインポーズやオーバーラップのように、絵画と映像が重なる「風景画」である。
今展のタイトルである「ロケーション・ハンティング」とは、映画・テレビにおいて、屋外撮影の場所(location)を探す(hunting)行為を指す和製英語である。ロケハンは、撮影場所の事前調査であり、絵画におけるスケッチと言えるだろう。
だが、映画やテレビのロケハンならば、事件やドラマの舞台となる風景だが、ヤマガミの作品に物語はなく、あるのは風景を流れる人や色や光など時の移ろいである。それが単調な移ろいになっていないのは、projection(映写、予測、計画)の字義通り、私たちの記憶を喚起させる光景やドラマの予感を映しだすからかもしれない。つまり、ヤマガミの「ロケーション・ハンティング」とは、予兆としての風景を探す行為なのである。
平田剛志(京都国立近代美術館研究補佐員/美術批評)