ケ・セラセラ

こころと体が良い状態なら良いね(*^^*)

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

「人生の節目を知る」

2016-07-16 | 雑記

 「人生の節目を知る」 (大原敬子著)

 

 「人生は竹の節目のごとく生きろ」と言います。

 竹は節目があるからこそ、木のようにいくつもの枝に分かれることもなく、まっすぐに天に伸びていきます。

 「竹のように生きてみたい」と人が願うのは、そうした竹の特性にあやかりたいと思うからではないでしょうか。

 昔は15歳前後になると男子は元服し、人間としていかに生きるべきかを親から学びました。親は竹を見せながら「やっとたけらしくなってきた。この節目は何のためにあるのか」と子供に尋ねます。

 子供は親に問い返します。

 「自分の人生でどんな時が竹の節目の時ですか」と。

 親は答えて曰く、

 「その答えは今までの人生の中で経験したいくつかの出来事と比較することによって得られる。たとえば昨日と今日は違う。15歳という年齢は子供から大人になる時。これがひとつの節目だ」

 理解できない子供はなおも質問します。

 「年齢ではわかります。これから死ぬまで大人でいるわけです。その中で何を基準に比較するのですか」

 「では仕事に例えよう。仕事が五年と順調に続かない人がいるとする。続かない原因は焦りだと気づき、今度はその二の舞いをしないようにと思った。その時が節目だ。そしてその節目を境に比較するのだ。今度は期間を五年という節目に置き、がんばろうと。これが自分における竹の節目となる」

 最後に子供が聞きます。

 「竹の節目を乗り越えたと思えるのは?」

 「無事五年が過ぎて六年目に入った時だ」

 こんな話をしてくれる親は今ではめっきり少なくなりましたが、長く生きれば、それだけ悩みも苦しみも生じます。人生に欲が出れば出るほど、慎重に生きたいとも思い始めます。

 竹の節目は途中で作られるものではありません。節目がある竹ほど根は太く、そして逞しくしっかりと大地にうねるように根を張っています。

 少しずつ伸びている若竹も、根は生き物のように大地に根付いているのです。

 これを人生に置き換えると、日々精一杯生きていれば、自ずと堅実な生活を営むことができるということになります。

 節目は人それぞれ。一年ごとに作られる人もいれば、五年の人もいます。その人の人生の色によって異なります。

 大きな仕事では節目の時期が短く、日々の蓄積がものをいう仕事では、五年。十年といった長い期間が節目になります。

 ただ闇雲に突っ走っているように見えても、その人が自分の節目を知っていれば、傷を負うことは少ないものです。

 石橋を叩いてまで慎重に生活していても、自分の節目がわかっていない人には、永遠に夢は手に入りません。

 人生の勝負はまず、自分の中に育てている種によって大きく左右される。それに気づいた時、新しい自分の生き方が見えてきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

コメント