サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

クリシュナ物語(58)

2016-09-18 00:00:20 | 日記

ポニョ:前回の記事で一般市民がパリクシット王の最後を見ようと野次馬のように集まって来るけれど、野次馬同士こんな会話をしていたぜよ。「最後の時が来ると、人間の肉体は死ぬ。肉体中のプラーナ(生気)流れを止めると人は死ぬ。しかし心は消えてしまうのではない。この理由から、心が一切の欲望を持たぬ空の状態に到達するまでは、次々と新しい肉体をとって生まれなければならない。」って。その辺の野次馬がこんな会話をするってどんな社会なんやろな。めちゃレベルが高いやんか。

ヨシオ:人の死を見に来ようと集まった野次馬ではないやろ。聖者やバクタ、苦行者などが聖者スッカの話を聞きに来て、その聖者スッカの導きの元に自国の王が、どのように聖なる最後を迎え、神と融合するのかという人として生まれて一番スリリングな一瞬の目撃者となる為に来てるんや。というのもこの時のスッカの教えはある人も言ってたけれど、パリクシット王にだけ向けられたメッセージではなく、最後の時を迎えた全市民、全人類に対して発せられた神へ融合する為の英知の言葉なんや。その珠玉の言葉を一言一句聞き漏らさないように、聖者やバクタ、苦行者達が集まって来ているんや。

ポニョ:そうやったんや。どおりでレベルの高い会話やなって思ったぜよ。その辺にたむろしてる人達が野次馬になって集まって来たのかなって思ったんや。そうなんや。野次馬じゃなかったんか。今回の推測は当たりではなくスッカでした。

ヨシオ:あのな。そんな風に聖者を茶化してばかりいたら、ポニョも、「オクラを食べ過ぎて一週間後に死ね」という呪いをかけられるぞ。

ポニョ:うわーい!それって、おいらが理想とする死に方でヤンス。オクラの天婦羅を死ぬほど食べたいでヤンス。

ヨシオ:勝手にし。相手に出来んわ。というわけで聖者スッカの話が続きます。

欲望によって生ずる心の波立ちを滅し、心の除去に成功した王は手を合わせ、最後に残った唯一つの願いを言った。
「師よ。この肉体に関する限り終わりの時が近づいています。聖者の呪いの時がどんどん迫っています。もちろん私は喜んでそれを受ける覚悟は出来ていますが、肉体を持って生きている間は神聖な想いのみを心に抱き、繰り返し神の話に耳を傾けるという誓願を立てました。その誓いを、ほんのわずかでも破りたくありません。残されたごく僅かな時を、クリシュナの誕生の時に起こった数々の奇跡について話して下さいませんか。」
これを聞いてすっかは、ますます幸福に思った。
「王よ。残りの時間をクリシュナの素晴らしい誕生の模様と神の御業についてお話できるのは、この上ない喜びです。クリシュナはダルマを樹立さすためにこの世に出現されました。それには大きな神秘が隠されています。浄らかな行いによって心を浄化し英知の円熟した人のみがその神秘を明らかにし、その意味を理解する事ができるのです。それ以外の人々には、この世は邪悪な罪の渦巻くルツボにしか見えません。その人たちはこの世の流れの深みでもがき、浮き沈みを繰り返して最後には渦に呑み込まれてしまうのです。そのような人たちの事を考える必要はありません。」
と述べた後、スッカは邪悪なカンサがヴァスデーヴァの前で、デーヴァキーが産んだ六人の赤児を殺した話をしました。

「王よ、ただ一人の生命を救う為に無邪気なこの子供達を犠牲にしなくてはならないとは、なんと恐ろしい罪でしょう。けれども、神の御業の神秘さは何人にも分かりません。外見には許すべからず幼児殺しと見えても、内なる目はその中にこれら幼児達が前世に犯した罪の報いとも、あるいはこの子達に向けて成された呪いの蓄積とも、認められるのかもしれません。より良い境地へ生まれ変わる方が幸せなのかもしれません。過去生がどのようであったかは、誰にも分からない事です。あるいは未来がどの様になるのかも分かりません。なぜこの子達が生まれ生きて死ぬのか。その理由をしれる人があるでしょうか。世界が見るものは、生と死の中間のみです。しかし神は全世界の唯一の統率神であられ過去、現在、未来を知っておられます。神は人間よりも遥かに思いやりがあります。神は、過去、現在、未来を知り、天、地、地下の三界を知り激性、鈍性、淨性の三属性を知って、恩寵を与えられます。神はどの人よりもよく知っておられ、人間にとっての唯一の拠り所は一切の事は神の意志に基づく事と信じ、平和に満ちて、自分自身を神の栄光と恩寵についての黙思に浸し切る事です。」

スッカはクリシュナの子供の頃の神聖なエピソードをパリクシットに話して聞かせた。そしてカンサが天からの声を聞いて取り乱し、自分を将来殺しに来るクリシュナを逆に殺そうと決意した話を聞いて、
「ああ、なんと愚かな事か。自分の最後が近づくのを知り、自分を滅ぼす第八子が胎児として育っているのを知り、しかも天からの声は偽りを語らぬ事を知りながら、カンサがこの様に並外れた貪欲を持ち口にする事も出きぬほどの邪悪な振る舞いをするとは全く信じられません。」
これを聞いたスッカは声高く笑った。「王よ。自分の死が近づく事を知った者は皆、あなたと同じ様に時の権化である神のヴィジョンを見る事を望み、その目的の為に時をつ買う事を願うとあなたはお考えになっています。しかし、あなたの抱いている絶望は、前世に積み重ねた良い行いの結果なのです。それは突然に生ずる者ではありません。あなたの為さっている事と、カンサの悪行と比べてご覧なさい。二つに態度は正に神と悪魔の違いがあります。神聖な徳を備え善い行いをしようとする者、善い考えを抱き神を信じる者、あらゆるものに哀れみの心を持つ者、ダルマ、サティア、アヒムサ、プレマから逸脱した事を悔い改める者。神のみを憶念し、清らかな行いに励む者、それらの人々が最後の日々にあなたと同じ熱望を抱くのです。

逆に利己心、わがまま、貪欲、悪徳、暴力、不正な行為をして来た者は、人生の最後に当たっても悪い欲望に悩まされ、身を滅ぼすのです。前者は至福を得て、後者は地獄へ落ちます。
眺める者の目には一応に死が映るでしょう。しかし、たどり着くところははっきりと違うのです。周囲で見ている者にはそれが分かりません。到着地を決定するものは死に行く人の心に抱く想いなのです。死は誰にも来ます。神のヴィジョンを見る事、それこそ唯一の願いとしなければなりません。ことわざにも言う通りです。「災害が身に迫る時に、知性は獣となる!」身を滅ぼしたいのなら、その様な邪悪な意図を持つのが良いのです。神のヴィジョンを得て祝福を願う者は、最後の想いを清らかな高い境地のものとしなくてはなりません。」

スッカが真心を込めてこの様に語った時に、パリクシット王は言った。
「いいえ、それは私の努力の結果でもなくて、前世の善行の賜物でもなくて、父祖が私を正しい道に導き賜うたおかげなのです。分けても、あなたのような英知の聖者の示したもう教えとクリシュナの恩寵によって聖別された事、それらによって私の心に抱く帰依献身の心が高められたからなのです。その様な恩恵を受ける特権を持つことが出来たからなのです。
幸運にも、生まれたその時から神の恩寵は私を導き守り給いました。私は良き人々と交わって成長し、正しく道徳的な人を友に持ち、偉大な学者と知己を得て、誉れ高い祖父たちの優れた行いからインスピレーションを得ました。賢明な大臣たちに対してその援助を感謝しなくてはなりません。彼らが私の右手として仕えてくれたからこそ、私は家臣たちの尊敬と愛を得たのです。全てこれらは私の努力によるものではありません。どのように種子が立派であろうと、土地が痩せていれば見事な収穫を得ることは出来ません。どのように私が理想を高く掲げようと、我が王国が父祖の樹立した伝統を持たず、教化し鼓舞する聖者を持たず、正しい行いをする大臣を持たず、理想を尊び実行する家臣がいなければ、それら理想は数滴の酸っぱい擬乳で不味くなったミルクのようなものではありますまいか。
それらが無ければ私の理想は雲散霧消し私に媚びへつらう者の邪悪に染まって、私は冷たい心のカンサ王の二の舞をするところでした。ですから、私はカンサ王の為した罪深い行為は、ある程度はカンサ王国の学者、長老、大臣、家臣たちのせいであると思います。
もちろんこの推測が正しいものかどうかは、あなたが誰よりも良くご存知です。そうです。私は残された僅かな時間を、他の人の欠点を捜したり、その原因結果を分析したりする事に費やす事は出来ません。」
https://m.youtube.com/watch?v=XOhyIItWSDs

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