サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

言葉と時を超えた愛

2017-05-19 16:00:30 | 日記
神の恩寵と神の意志は、あらゆるものを変えることが出来ます。
神は愛です。
神の限りない慈悲により、あなたの過去世での行為の結果を神は変えることが出来るのです。
帰依者は、ハートという刑務所の中に神を捕らえることが出来ます。
この世では信愛を持って達成出来ないことはありません。
神の恩寵は、あなたのあらゆる過去世からの悪い影響やカルマをキャンセルすることが出来ます。
どのような不幸もあなたに降りかかることはありません。STPSp58

ポニョ:今日から五回に分けて子供の頃からサイババさんのアシュラムで過ごされた女性の方のお話をするって言ってたよな。

ヨシオ:そうなんや。ギータさんという女の人で両親を始め、親戚一同全てサイババさんの帰依者で、とても有名な古くからの帰依者なんや。

ポニョ:生粋のサイババファミリー出身って感じやな。

ヨシオ:お祖父さんとそのお兄さんが初めてアカンダバジャンを始められて、お父さんは歯医者さんでサイババさんによって海外でもっと高い技術を身に付けるために外国に送られたんや。


ポニョ:娘さんとお父さんはよく似てるぜよ。

ヨシオ:上のサイババさんの写真は、ギータさんの家を訪ねられた時の写真やけれどハンサムやろ。お母さんは敬虔なクリシュナ神の信者で、サイババさんによってお母さんがいつも通っているクリシュナ寺院の御本尊さんを物質化してもらったんやで。

ポニョ:それはすごい。その家族は半端じゃないぜよ。でも変なクリシュナやな。目が腫れてるから、寝過ぎかな、それとも泣き過ぎか、二日酔いか。

ヨシオ:一人で何をぶつくさ言ってるんや。お祖父さんの兄弟はプッタパルティの僧侶になったんや。それにギータさんもその双子の息子さんもサイババさんによって結婚式が行われたんや。とにかく過去生から神さんと深い繋がりがあるってわかる、とても祝福されたファミリーなんや。色んな素晴らしいエピソードがあるんやけれど、今日はその中から二つぐらい選んで紹介しようかな。最初はギータさんがアメリカのテキサスにあるアトランタという町のサイセンターで講話をされたエピソードなんや。その講話をされた後、たくさんの会場に来られていた人達がギータさんと一言、御礼を言いたいと思って待っていたんや。そこにアフリカ系の夫婦もいて三十分分くらい待ってようやくギータさんに会えたんや。そしてギータさんに堰を切ったようにいろいろと話しかけてきたんやけれど、英語ではなかったのでギータさんはさっぱり分からなかったんや。その後ありがとうと六回も言って帰って行かれたんや。ギータさんは変わった帰依者の方がおられるなとぐらいにしか思っていなかったんやけれど、後で講演会を運営しているフランス語が少し出来る係りの人が驚くべき話をしてくれたんや。そのアフリカ系の夫婦はコンゴからやって来たばかりで、フランス語は話せるけれど、英語はまだ話せなかったんや。コンゴではサイババさんの組織に積極的に活動していたんやけれど、でもアメリカでは英語が出来ないので、アメリカに来てからはサイの集会に行っても全然聞き取れないので行く気がしなかったんや。でもインドからギータさんという有名な方が来られるので一緒に行きましょう、と誘われて付いてきたんや。ギータさんの講演が終わり、その夫婦はとても感動して、ギータさんにありがとうと言いたくて列に並んだんや。と言うのもギータさんは、自分たちの為にわざわざフランス語で話して下さったと思ったからなんや。

ポニョ:なに〜?という事はそのコンゴから来た夫婦は、ギータさんの話をフランス語で聞こえたって事なんか?すごいじゃん。

ヨシオ:ギータさんはフランス語は全然知らないんや。でも今後、どの言葉でも講演できる自信がついたようやね。

ポニョ:それってダジャレですか?コンゴと今後の。

ヨシオ:そんなしょうもないダジャレを言うわけがないやろ。今後一切言わないようにしよう。

ポニョ:言ってるやないの。

ヨシオ:その一年後、ギータさんはサイババさんにインタビューに呼ばれ、「君はフランス語も出来たんだね。上手いフランス語だったよ」とサイババさんに茶化されたんや。

ポニョ:めちゃ面白い話やぜよ。星やんがサイババさんが話されるのを日本語で聞こえたって言ってたけれど、サイババさんが意思すれば、サイババさんと帰依者の間だけではなく、どんな人との間もコミュニケーションが出来るようになるんやな。言葉は一つ、それはハートからの言葉。と言っておられるけれど、まさしくその通りやぜよ。

ヨシオ:二つ目のエピソードは俺が一番気に入ってるエピソードなんや。ギータさん御夫妻がニューヨークにミュージカルを見に行かれた事があるんや。ミュージカルの休憩時間にギータさんはトイレに行くと、メキシコ系の女性がトイレの掃除をしてたんや。でもその女性はギータさんがトイレに入ってくるや否や、トイレ掃除を止めてギータさんの方をじっと見ていたんや。ギータさんは少し不快な気持ちになったんやけれど、そのメキシコ系の女性の方から次のような質問をして来たんや。「あの、不躾な質問ですが、あなたはインド人ですか?」と。ギータさんは自分が出掛けるときはいつもサリーを着ているので、それを見てその女性がインド人だと聞いて来たのだと思い「そうですよ。私はインド人です。」と答えたんや。するとそのメキシコ系の女性は意外な質問をして来たんや。「あなたはサイババって知っていますか?」と。それでギータさんは「ええ知っていますよ。」と答えると、その女性は「ブティって知っていますか?」と聞いて聞いて来たのでギータさんは、ブティって一体なんだろうと首を傾げて考えていると、ひょっとしてビヴティ聖灰の事ではないだろうかと思って、「ビヴティという白い粉の事ですか?」と聞くと「ビヴティと言うんですか?ブティだと思っていました。そのビヴティをもし持っておられるのでしたら、頂けませんでしょうか?」と聞いて来たんや。ギータさんは「ええ、良いですよ。いつも持ち歩いていますから。」と言ってカバンを開けようとしながら、「どうしてビヴティが欲しいのですか?あなたはサイババさんの事をご存知なんですよね。」と尋ねるとそのメキシコ系の女性は、「いいえ。全然存じ上げません。」と答えたのでギータさんはカバンを開ける手を止めて「それじゃどうして、サイババさんの事を知らないのにビヴティの事を知っているのですか?」と尋ねると、そのメキシコ系の女性は驚くべき話を始めたんや。それはそのメキシコ系の女性の九才になる娘が腎臓機能不全になり、緊急入院したんや。そして医者はこの娘の腎臓はもう機能しないから、別の腎臓を移植しなければいけないと宣告したんだけれど、その娘の家族は貧しくて移植手術をするようなお金も無く、もちろん保険にも加入していなかったんや。それでカソリック教徒であるお母さんは、劇場のトイレ掃除の仕事をし終えてから教会に毎日通い、神様に娘の生命を助けてもらうよう藁にもすがる思いで祈ったんや。すると四日前にアフロへヤーでオレンジ色のローブを着た人が、お母さんの夢に現れてこう言ったんや。「私の名前はサイババといいます。あなたの仕事場にインド人女性が来るでしょう。そのインド人女性にブティをもらい、それを娘に食べさせなさい。」と。それで、ブティが一体何なのかは知らないし、サイババという人も初めて夢で見たので、実際に存在している人かどうかも知らないし、半信半疑のまま、次の日にインド人女性を捜したけれど、インド人らしき人は誰も来なかったんや。でもその次の日の夜に、また同じ夢を見たので引き続きインド人女性を捜していて、ギータさんに会ったのはサイババさんが最初に夢に出て来てから四日目の事やったんや。その間、毎晩のようにサイババさんが夢に来られたんや。その話を驚きながらギータさんは聞いていると、ある事をふと思い出したんや。それは半年前にサイババさんにインタビューに呼んでもらった時に、サイババさんはきれいな白いビヴティを物質化されたんや。普通、サイババさんがビヴティを物質化された時は、その場で食べなさいと言われるんやけれど、その時は白い紙切れにビヴティを入れて、自らの手で丁寧に包んでギータさんに手渡されたんや。そして「このビヴティをアメリカに持って行きなさい。」とだけ言われたんや。その時、ギータさんの御主人はアメリカで仕事をしていたので、そのビヴティは御主人の為に物質化して下さったのだと思い、インタビューの後カバンの中に大事にしまって、アメリカにいる御主人さんに手渡そうとしたけれど、アメリカに着いて御主人に大事なビヴティを手渡そうとカバンをひっくり返して捜してもどこかに落としてしまったのか、失くしてしまったんや。それで御主人は少し悲しくなってしまったんやけれど、ギータさんは『ひょっとしたらその時のビヴティは、このメキシコ系の女性の娘さんの為にサイババさんが物質化されたのではないかな』という思いが浮かんで来たんや。でもそのビヴティは半年前に失くしたし、今、カバンに持ち歩いているビヴティを替わりに差し上げれば良いと思い、カバンを開けると、なんとカバンを開けたところに見覚えのある、サイババさんが白い紙で自らの手で包まれたビヴティがあったんや。それで、その女性に「これがビヴティです。サイババさんからあなたの娘さんへのプレゼントですよ。はいどうぞ。」と言って手渡したんや。その話を御主人にすると、御主人は「ニューヨークで外科医をしているサイの帰依者を知っているから、その人に頼めばきっとその娘さんの手術をしてくれるよ。」と言ったんやけれど、ギータさんは「サイババさんが全ての面倒を見ておられるので大丈夫」と答えたんや。その後ずっと、ギータさんはその娘さんの事が気になっていて、インタビューに呼ばれたらサイババさんにその娘の事を聞きたいなと思っていたんや。するとその二年後にインタビューに呼ばれ、サイババさんはギータさんに「例のニューヨークの腎臓機能不全の女の子の事やけれど、手術をしなくても良かったんだよ。今は健康になって学校に戻ったんだよ。」とそっと耳元で言ってくれたんや。

この世の言葉で愛を描写することは不可能です。
世俗的な感覚で愛を考えることは愚かです。
愛に匹敵する言葉を見つけることは不可能です。
あなたは自己満足のために、愛をさまざまな方法で説明しようとするかもしれません。
しかし、どのような説明も愛の実体とは一致しません。
愛のみが愛と等しいのです。愛以外のいかなる方法でも、愛を説明することは不可能です。
皆さんが理解し、実践しなければならないのは、この愛の神聖原理です。
あなたは愛に浸り、愛を体験し、愛を楽しむかもしれません。
しかし、愛への飢えは決して満たされることはありません。
愛は、愛を通して初めて体験できます。それ以外に愛を体験する方法はありません。
愛は愛であり、それがすべてです。
神が愛の化身であることを固く信じなさい。
心から神を愛しなさい。神の愛にあなたの世俗の愛を重ね合わせてはなりません。
神の愛のみが、真実にして永遠の愛です。神のみを、あなたの愛の焦点としなさい。
神は愛という形であらゆる場所に存在しています。
このことを決して疑うべきではありません。15/3/04

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