サイババが帰って来るよ

Count down to the Golden age

サイの奇跡トップ10番外編

2017-07-27 16:00:26 | 日記
昔の人のハートは穏やかで愛に満ちていました。
愛は本来柔らかで慈悲深いのですが、状況によって愛は厳しくなります。
つまり、愛の心から罰を与えることがあるのです。
厳しい言葉も罰も、愛の心から出たものです。2/9/91

ポニョ:以前、サイババさんの奇跡トップ10を発表したけれど、そこに入れようとしたけれど、うっかり入れ忘れていた忘れていた奇跡を今思い出したぜよ。

ヨシオ:ポニョは忘れるのが得意やからな。どんな奇跡を思い出したんや。

ポニョ:このブログを始めた頃に紹介した奇跡で、自分の嫁さんが、家の金を使い込んでいると思い込んでいる御主人の話や。

ヨシオ:あれは面白かったよな。痛快やった。

ポニョ:サイババさんも時々プッツン来られるんや。

ヨシオ:今まで御主人が嫁さんをしばき倒していたから、そのカルマを取られたんやろな。それにしても、そのエピソードを読んだ後はスカッとしたな。ここオーストラリアでも家庭内暴力はとても大きな問題になっていて、酒やドラッグや借金の返済でストレスを溜めたり、牧場や農場、会社、商店の経営者やったら、その月の売り上げが落ちたり、その年の天候不順などで不作になってストレスを溜め、嫁さんに当たり散らすんや。でもオーストラリアの女性って強いやろ。筋肉もあるし口も負けていないで。それで言い返したりするので、御主人は嫁さんに暴力を振るってしまうんや。そんな事例がたくさんあるので、どこに行っても家庭内暴力被害者避難施設があって、嫁さんが子供もそこに一緒に逃げ込めるようになっているんや。

ポニョ:そういうのって良いのか悪いのか分からないけれど、そんな施設が何処にでもあるなんて、世も末って感じやぜよ。

ヨシオ:無いよりマシやろな。カリユガやからな。以前も紹介したけれど、サイババさんもしばきあげる時があるんやで。ある俺の知り合いの日本人帰依者が、ダルシャンで、サイババさんが隣に座っていたインド人女性を何も言わずにいきなり、思いっきりしばかれたんや。周りにバシッと音が聞こえるくらいきつく。それを見ていた周りの人たちは震え上がったんやで。しばらくして、そこにいた日本人帰依者が、ダルシャンでそのインド人女性と隣同士に座る機会があったので、「あなたがサイババさんにしばかれた時に、たまたま私は横にいたけれど、あの時、とても恐ろしかった。」と言うと、そのインド人女性は「恥づかしながら、私は今まで春を売って淫らな生活をしていたけれど、あの時にサイババさんにしばかれて、まともな生活に戻る決心が付いて良かったです。」と言ったんや。サイババさんがされる事やされない事も、全て正当な理由があるんや。誰も神さんにああしろとか、こうしろ、またこうすべきだとか、ああすべきではないとかと言う権利はないんや。彼は全てをご存知やから。俺たちが出来ることは、人生で起こる出来事を全てを受け入れて、いつも幸せでいる事や。

ポニョ:言うは易く行うは難しやぜよ。でもこの世界を見ていたら不合理な事ばかりで、幸せな気持ちで全てを受け入れるのは難しいズラ。

ヨシオ:肉食のせいで、動物か人間か分からんような人間もどきが、この世界に腐るほど生まれ変わっているからな。そういう人間もどきは感情や欲望や五感をコントロール出来ないのが特徴なんや。

ポニョ:おいらも食欲をコントロール出来ないから、人間もどきの部類に入るんやろか?

ヨシオ:多分そうやろな。人間もどきと言うより、話す胃袋って感じかな。

ポニョ:話す胃袋って…それってちょっとひどいと思いますが。

ヨシオ:ちょっと言いすぎたかな。でもポニョは心が綺麗やから、それで救われているよな。サイババさんはハンカチを使って人々に心を綺麗にする事を教えておられるやろ。

ポニョ:心を綺麗にする事だけじゃなくて、ハンカチを心に例えて、心を無くすには、心は思いという糸から織られていて、その糸は綿という欲望から作られているから、欲望を無くしなさいと教えておられるぜよ。また、ハンカチの糸の材料である綿をアートマに例えて、この世のものは全てアートマから出来ているとも言われたよな。

ヨシオ:ハンカチは、サイババさんにとって教えを説かれる小道具やな。サイババさんは「私がラーマとして来た時は、弓矢を使って人々に教えを説きました。私がクリシュナとして来た時はフルートを使って人々に教えを説きました。そしてこのサイアヴァターは、ハンカチを道具として使って人々に教えを説いています。」と言われた事があるんや。

ポニョ:ラーマは弓矢を使って何を教えられたんやろか?そうそう。人は弓矢の矢のように一生涯一人だけの嫁さんと結婚するようにと教えられたよな。そして、一度、自分が信仰する神を決めたら、その神さんだけに集中して信仰するようにとも言われなかったか?でも、たった一人だけの奥さんと結婚するようにと教えられたのに。クリシュナの時は、アルジュナに御自分の妹を第二夫人としてもらうように謀られたぜよ。教えが変わったんや。

ヨシオ:その時のアルジュナの第一夫人ドラウパティは、五人の旦那でシェアしなければいけなかったやろ。状況が違うやないか。

ポニョ:状況が変われば教えが変わるんか?納得出来ないぜよ。そしてクリシュナの時はフルートやけれど、これは簡単や。フルートの中が空洞なように、人の心の中のエゴや欲望を無くしていけば、クリシュナがそのフルートの中に息を吹き込んで、素晴らしい音色を響かせる事ができると教えられたんや。人がエゴや欲望を減らしていけば、神の神聖さがその人の中から顕現して来て、神の如き素晴らしい人になれるという事を教えられたよな。でもラーマが弓矢で、クリシュナがフルート。その両者に比べれば、サイババさんが小道具として使われたハンカチって少し見劣りがするぜよ。もっと、立派な道具がある筈やけど。例えばいつも載っておられるベンツだとか。

ヨシオ:見劣りがするって…、神さんが人に教える為の小道具やから、フルートであろうがハンカチであろうが関係無いやろ。それにベンツみたいな大きな物を小道具というか?ハンカチで充分やないか。ハンカチはいろんな教えを垂れる小道具にピッタリやないか。つまりハンカチって、心と同じで使えば汚れるやろ。でも汚れたハンカチを洗濯屋に出せばまた綺麗にしてくれる。それはまるで洗濯屋がハンカチを真っ白にしたように見えるけれど、洗濯屋はハンカチの汚れを取っただけで、ハンカチは元々真っ白なんや。人の心もこれと一緒で、人は自分の心を使って色んな物を追い求めたりして、心を汚してしまうけれど、その汚れた心を、神という洗濯屋に委ねれば、また真っ白にしてくれるんや。だから全ての行為を神に捧げて、自分がやっているとか、自分のものだと思い込んで、自分というエゴによって心を汚さないように気を付けないといけないんや。そうすれば人生の終わりには素晴らしいことが待っているんや。

ポニョ:人生の終わりに待っている素晴らしい事って何やろか?オクラの天婦羅を死ぬほど食べれるんやろか?楽しみ楽しみ。という事で、今日はサイババさんの奇跡トップ10、番外編をお送りします。

ヨシオ:このエピソードに登場する奥さんはサイの帰依者なんだけれど、旦那さんはサイババさんの事を神さんだと信じていなかったんや。しかも旦那さんは、奥さんが家の金を内緒で使い込んでるって思い込んでいて、奥さんにしょっちゅう暴力を振るうんや。

奥さんは「私は清廉潔白です。そんな内緒でお金を使い込むなんて事はしていません。もしあなたが言うように私が金を使い込んでいるんでしたら、私のグルであるサイババさんがご存知です。
二人でサイババさんのところに行き、サイババさんに、私が家のお金を使い込んだかどうかを聞きに行きましょう。」と言ったんや。旦那はそれに同意して一緒にプッタパルティまで奥さんのあとを着いて行ったんや。

二人はインタビューに呼ばれ、そこでサイババさんは「お前の奥さんは、あのラーマの嫁のシータのように清廉潔白で、お前の金には、びた一文手をつけていないよ。」と言われたんや。

でもその旦那は、奥さんが使い込んでると頭から思い込んでいたので、サイババさんの言葉をまともに受け入れることが出来なかったんや。それで「そんな事があってたまるか!こいつが使い込んだのに決まってるやろ。」と言って、インタビュールームのドアをバタン!と大きな音をさせて閉めて部屋から飛び出して行ったんや。

そして、一人で夜行の汽車に乗って家に帰って行ったんや。

その後、その旦那が乗った汽車の車掌が、突然、客車の通路を顔を押さえたまま、大きな声で泣きながら走って来る乗客を見つけたんや。

何か事故だと思い、急いでその乗客に元に行くと、その男の顔が大きく腫れあがっているんや。そしてその男はとても興奮して、顔を押さえたまま泣いていたんや。

男が泣き止み、少し精神的に落ち着いてから事情を聞くと、その男は、サイババさんが自分の寝ているコンパートメントに突然入って来て、男をたたき起こし、男の頬を思いっきり何発も叩きながら大きな声で怒鳴りつけたんや。

「お前は、お前の嫁さんが金を盗んでいるとまだ思ってるのか。私は、インタビュールームで『お前の嫁さんは無実だ。家の金を一銭も使い込んでいない。』と言っているのに、お前は私の言葉を全く信じようとしない。もう一度お前に言う。お前の嫁さんは、シータのように立派な嫁さんだ。清廉潔白だ。家の金を一銭も使い込んでいない。分かったか。
それと、もう一つお前に言っておくことがある。お前は自分の嫁やと思って、こんな風に好き勝手に嫁をいつもしばき倒しているけれどな、お前の嫁は、実はわしの可愛い娘なんや。わしの娘を二度とこんなふうにしばき倒すな。分かったか!」と言って再び何発かその男をしばき上げたんや。

実はこの車掌は、カスツーリさんの大学の教え子やったんや。それでその車掌が非番の時に、カスツーリさんとバス停で偶然会った時に、この話をカスツーリさんに伝えたんや。

その後、旦那は借りてきた猫みたいに大人しくなって、嫁さんに一切暴力を振るわなくなったそうです。めでたし、めでたし。

神には怒り(アグラハ)も好み(アヌグラハ)もありません。
無慈悲に見える時でも、その無慈悲の中には恩寵が潜んでいるのです。
懲らしめているように見える時でも、その中には慈愛があるのです。
怒っているように見える時でも、その背後には愛があるのです。
神性の本質を理解した人だけが、神のやり方を有り難く思うことができます。
神は信者に正しい道を歩ませるため、そして、信者が理想にかなった生活を送ることを可能にさせるために、ある種の罰を手段として用います。
そうした罰は信者のためなのです。6/3/89

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ポニョ神が創造した世界

2017-07-26 16:00:17 | 日記
神は自分が創造した世界に住む、いかなる生き物にも痛みを与えるようなことはしません。すべての悲し みと困難は人間自身が作っているのです。
神はすべての生き物の保護者です。
神はすべてのものに平安と幸せを与えます。
「世界のすべての人が幸せでありますように。」これが神の意志なのに、どうして神が人類 に対して苦悩を与えることなどありうるでしょうか?14/1/07

ポニョ:時々、人は愛そのものである神さんから創造されたものやのに、なんでこんなに残酷な性質を持っているのかなって思う事があるぜよ。

ヨシオ:世の中を見れば確かにいろんな残酷な事件が多過ぎるよな。もちろん人は肉体的にも霊的にも動物から進化して来たから、まだ動物のいろんな残酷な要素を持っているんや。

ポニョ:それは理屈としてはわかるんやけれど、どうして神さんは愛そのものやのに、人に動物が持っているような残酷な性質を身に付けるように意図されたんやろか。おかげで世界中で残酷な事件が絶えないぜよ。それも全て、愛そのものである神さんが意図されたんやろか。それってちょっと疑問に思いますが。

ヨシオ:このような疑問はポニョだけが持つわけでは無いんや。誰でも一度はこの世界残酷な出来事を見てそういう思いを抱く事があるんや。ポニョと同じように疑問を持った人が同じような質問をサイババさんにぶつけてみたら「この世界は残酷なようにつくってある」とニューヨークのグループにインタビューで言われた事があるんや。

(世界は残酷)というようにわざと創ってあるのです。
この世界の目的は人の不満をつのらせることにあります。
そういう傾向に人を持っていかねばならないのです。
それが充分強くなった時に初めて、人は神を捜し求めるのです。Interview with New York
devotee

ポニョ:サイババさんがそのように言われたという事も知っているけれど、でもそれって愛そのものである神さんが取る行為なんやろかと思っちゃうんや。愛そのものである神さんが、なんでそんな残酷な世界を創造されたのかなと不思議だと思わないか?この宇宙は最初『私』だけ存在したけれど、その『私』が多になって『私』を見ようとされたんやろ。だからたくさんの人間や動物を含め、多くの生き物が存在しているんやけれど、唯一者である『私』を見るという事の為に、どうしてこんなに残酷な世界を創造されたのかなというのがおいらの疑問なんや。もっと違う方法で『私』を見れたんじゃないのかなって。もっと平和的なオプションもあったんじゃなかったんやろかと思っちゃうんや。例えば何億枚も鏡を創造してどこを見ても自分しか見えないとか。

ヨシオ:あのね、遊園地のマジックハウスじゃないんやから。でもそういう疑問が湧いて来るのは自然やろな。一番分かりやすく説明すれば、ポニョが神さん自身になってたくさんのポニョの分身達を創造し、その分身達が唯一者である真のポニョである『私』を探す旅をする大きなゲームを作ればどうなるか考えたらええんや。もっと具体的に言えば、ポニョは自分しかいない世界に住んでいたとして、ちょっと退屈で寂しくなって来たから、自分で自分を探すゲームを考案したんや。その為にはスタートラインに立っているゲームの駒であるポニョ分身達が、ポニョ神の事を何も知らないし、全然ポニョ神に興味が無い状態から始めなければならないやろ。

ポニョ:そらそうや。自分自身を探すゲームやのに、もうすでに出発地点で自分自身を知っているなんてゲームにならないぜよ。

ヨシオ:そうやろ。それでポニョ神は自分の想像力を使って、幻であるこの物質世界、ゲーム盤を創造し、たくさんの自分の分身達をそのゲームの駒としてゲーム盤に放り込んだんや。ポニョの分身達は自分達は唯一者であるポニョ神が本当の自分だという事を露知らずに、ポニョ神が自分の想像力を使って創造した幻の世界の中で、移りゆく永遠のものなんて何一つないゲーム盤の中の世界が真の世界だと思い込んでいるんや。そして、そのゲーム盤の世界でこれが欲しいとか、あれを手に入れようとか、たくさんいる他のポニョの分身達を権力や暴力を使って支配しようとか、出来るだけたくさん、ゲーム盤の中にある富をかき集めようと必死になっているんや。でもそのゲーム盤の世界でどれだけ一生懸命働いたりしても、ポニョの分身達の電池が切れたら、また一から始めなければいけないんや。でも電池が切れる前に、新しい電池を入れても少しだけメモリーが残るようにプログラムされてあるので、新しい電池を入れたポニョの分身は考え始めるんや。どうしてこの世界でいくら頑張っても最後は元の木阿弥になっちゃうんだろうかって。産まれた時は裸で、いくらこの世界で頑張っても、また何も持たずに死んで行くってどうしてだろうって。電池が続く限り闘っていくらたくさん富を貯めても、他のポニョ分身達を支配しても、ゲーム盤の多くの地域をコントロールしても、電池が切れたら終わりじゃないか。こんな事を何度繰り返しても無駄な努力じゃないのかなって思い始めるんや。そしてその頃に唯一者であるポニョ神が自分の分身達と同じような姿を取って、ゲーム盤の中に突如として現れて、「君たちは『私』なんだよ。ただのゲームの駒ではないんだ。元々は『私』だったのだ。その事に気付いて周りの分身達を愛し、『私』の元に戻って来なさい。それが君たちの義務なんだ。」と教えを説くんや。それが英知と呼ばれるんや。

ポニョ:それって格好ええやないの。そのうちにただのゲーム盤の駒であったポニョ分身達が、「なんだ、自分達はこの世界を創造した唯一者であるポニョ神そのものやったんや。こんなゲーム盤にあるガラクタを追い求めて損したぜよ。時間の無駄やった。これからは自分がこの世界の創造者、支配者である事を悟り、唯一者ポニョ神として自覚した生き方をして行こう」というような事を言い出す連中も出て来るんやろな。それがヨギポニョや。

ヨシオ:ややこしいポニョがたくさん出て来たら困るけどな。でも唯一者ポニョ神と同じ考えを持っている分身ポニョが増えて来るってええ事やないか。

ポニョ:唯一者ポニョ神は、ゲーム盤の中の物に囚われて、それら追い求め、たくさんの物や富を支配して、傲慢になって鼻が高くなっているゲーム盤の支配層であるポニョ分身達をギャフンと言わす為に、ゲームを一度リセットするんや。それがユガ期と呼ばれている時代の区分なんやろな。そしてどうやってリセットするかと言えば、サイババさんが言っておられるように、ユガ期の終わりにはいつも世界中が大洪水になってしまうようにプログラムするんや。ゲーム盤の中にホースを延ばして水道水を入れて水浸しにし、洗い流してしまうんや。「ざまあみろ。ゲーム盤の富などを支配して来たポニョの分身達よ。これが神の力だ!ワッハッハ。」と宣言するんや。格好ええやろな。そしてポニョ分身達が全てを失い放心状態になっているところに、このゲーム盤を作った本物のポニョ神が、ゲーム盤の上に現れるんや。「皆の者、何も心配する事はないぜよ。おいらが全ての面倒を見ているから。お前達は私の分身じゃ。お互いを愛し、助け合ってこの唯一者である私に到達するのだ。それがゲーム盤にいるお前達がしなければならない唯一の義務である。私が遊びで創造したゲーム盤の虜になってはいけない。そこにはとても魅力的な物やセクシーな姉ちゃんたちもいるけれど、それはおいらが自分の想像力を働かせて作った幻じゃ。そのお前達が住んでいるゲーム盤にあるもので、何一つ永遠なものなど無いのじゃ。それらから永遠の喜びなんて得る事は出来ないのじゃ。いくら魅力的なように見えても、全ては消え失せてしまうというとても残酷で非情な世界となるようにわざと作ってあるのじゃ。というのも自分達は実はただのゲームの駒ではなく、この世界を創造した唯一者だって事を気付かす為なんじゃ。真の幸せを得ようと思えば、私自身に融合し、お前達がただのゲーム盤の駒ではなく、私のように唯一者となった時に初めて永遠の幸せを得る事が出来るのじゃ。さあ、そういう事を悟ればゲーム盤の物や姉ちゃんを追い求めるのはやめて、『私』自身になるように努力する事に専念しなさい。分かったな。ワッハッハ。」

ヨシオ:ポニョが創造した世界には、きれいな姉ちゃんがたくさんいるんやろな。

ポニョ:もちろんやぜよ。それが生きがいで唯一者となったんや。

ヨシオ:最初にポニョは愛の神さんが作った世界やのに、どうして残酷な性質を持っているのかなと言ってたけれど、人が元々は愛の性質しか持っていなくても、いろんなニュースを聞いたり見たりして心が汚れていくんや。それが原因で人は残酷な思いを抱いたりするんや。ポニョはニュースを見過ぎているから心を汚さないように注意しなければいけないな。でないと、より残酷な世界を創造してしまう事になるで。

ポニョ:大丈夫でヤンス。おいらが創造した世界には、きれいな姉ちゃんしかいないんでヤンス。

ユガ期ごとに、神はアヴァター〔神の化身〕となって、人間の内にある神性を明らかにすること、そして、自らが模範となって手本となる人生を人に示すことを目的として、顕現していました。
神は、人間が近づきや すいように、そして、人間に幸福を与えることができるように、人間の姿をとって化身すると言われています。
鳥や動物は自分たちに定められた制限を体験しています。
人間として生まれることは、この宇宙の840万種の様々なジーヴァ〔生物、個別の存在〕の中で最も神聖なことです。
それほど神聖な生を得るということは、実に大きな幸運です。
人間は1つの際立った特徴を備えています。
鳥や動物と人間との間の違いを調べて理解しなければいけません。
動物は1つの性質として残酷さというものを持って生まれ、残酷さを持ったまま生を送ります。
いくら調教しても、動物の習性を完全に変えることは不可能です。
動物は調教を受けている間は訓練された通りのことをするかもしれませんが、残酷さは捨てられません。
人間はそうではありません。
たとえ残酷さを持って生まれてきたとしても、努力、すなわち霊性修行によって、残酷さを取り除くことができます。
これで更生を試みず、更正できないものが動物であり、更生できるものが人間であるということが明らかになりましたね。
人類の更生と変容を容易にするために、神はユガごとに人間の姿をとって降臨します。
更生は、時代によって異なる方法で引き起こされます。
「クレタユガ」では、その方法は瞑想(ディヤーナ) でした。
「トレーターユガ」での方法は供犠(ヤグニャ)でした。
「ドワーパラユガ」では礼拝(アルチャ ナ)でした。
「カリユガ」では唱名(ナーマスマラナ)にその卓越性が与えられました。
これらは人間に用意された、自らを変えるための王道です。78夏期講習

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忍耐と規律

2017-07-25 16:00:00 | 日記
柔らかな舌が周りの歯に傷つけられることがしばしばあります。
しかし、舌が歯 に傷つけられたからといって、歯を罰することはありません。
なぜでしょう?
歯も舌も自分のものだからです。
同じように、他人が自分に危害を与え非難したとしても、それでもその人たちを許すべきです。
青年にとって、この「許す」という精神はとても重要です。
青年時代はカッとしやすい時期なので、もし誰かが何かを言えば、すぐに怒ってしまいます。
これは大きな誤りです。
怒りは人間の性質ではありません。
平安と忍耐を培うべきです。
自制は真理であり、許すことは正義です。
忍耐はヴェーダです。
寛容は非暴力であり、神聖な礼拝です。
寛容によって、あらゆる幸せが得られます。
寛容の精神は、他の人々に実践することによって培う必要があります。
寛容を身につけることは、真のダルマです。
私たちはこの正義の 道を歩むべきです。16/7/97

ポニョ:サイババさんはそれぞれの帰依者に応じて言われる事が違うので、同じサイババさんの御言葉でも、一体誰にどんな状況で言われたのかを加味して読まないとこんがらがってしまうズラ。

ヨシオ:そういう事まで理解した上でサイババさんの教えを読まないと、将来二つのサイの組織の間で、サイババさんはこう言われた。いや違うこう言われたんや。とかなんか言って、お互いにサイババさんの言葉を使って論争なんかをするようになるかもしれんな。

ポニョ:でもサイババさんが、その時にどの人を対象に言われたかという事をしっかり見極めればそういう問題は起こらないぜよ。

ヨシオ:でも人は自分の都合の良い様に、グルの教えを曲げるのが常なんや。人は欲望を持っているから。サイババさんはその人に応じて違うアドバイスをされるって言ってたけれど、次のようなエピソードがあるんや。サイカレッジの学生がマンディールのベランダに座ってバジャンが始まるのを待っていたら、履き物を履いたままの偉いさんがやって来たんや。その偉いさんは州政府の大臣で、サイババさんの帰依者として有名な人なんや。でもその日はとても急いでいた様子で、履き物も脱がずにマンディールにやって来たのでその学生は「あの〜すみません。大臣様。お急ぎの様ですが、規則でマンディールに入るには履き物を脱がなくてはいけないので、不躾ではございますがあちらの方に戻って頂いて履き物を脱いで頂けますでしょうか?」と言ったんや。すると大臣は「ほほう。君は私が大臣であると知っていてそういう事を言うのか。失礼じゃないか。私は急いでいるんだ。そこを退きたまえ。」と言ったのでその学生は、「大臣様。お急ぎの様子ですので、履き物置き場まで戻って行かれなくても結構です。私があなた様の履き物をお預かりいたしますので、この場で履き物を脱いで下さいますか?」と丁重に頼んだんや。すると大臣は「君はさっきからうるさいな。私は急いでいるって言っているやろ」と言いながらその学生を押しのけながらマンディールに入ろうとしたんや。すると体格のでかいバジャンシンガーがそのやりとりをマンディールの中から見ていて、大臣がマンディールには入りそうになったのを入口で止めながら「マンディールに履き物を履いて入ってもらったら困るんや。」と言ったんや。すると大臣は「君は一体なんやねん。私を大臣だと知って言っているのか?無礼な行為は許さんぞ」と言ったので、そのバジャンシンガーは「大臣であろうと誰であろうと、マンディールに入るにはマンディールの規則を守ってもらわなくてはならないんや。俺はあんたを一歩もここを通すわけにはいかん。ここに入りたかったら履き物を履き物置き場で脱いでから来い」と強い調子で言ったら 大臣は何も言わずに急いで履き物置き場まで走って行って履き物を脱ぎ、マンディールの中にいそいそと入って行ったんや。

ポニョ:おいらが嫌いなタイプの人間やぜよ。権力を傘に来て下々の人間に偉そうにする奴ってムカつくぜよ。インド人の役人にはこういう輩が多いぜよ。

ヨシオ:インドだけじゃないやろ。その次の朝、サイババさんがダルシャンを終えてベランダの前を通りかかった時に、サイカレッジの学生の前で足を止め、「君、昨夜何か事件が無かったかね。」と聞かれたんや。それでその学生は「小さな事件はありました。州政府の大臣がやって来て、履き物を履いたままマンディールに入ろうとされたので、止めようとしました。」と答えるとサイババさんは「あの大臣かね。よっぽど急いでいたんだろう。彼は良い帰依者だ。それでどの様に言って止めようとしたんだね。」と聞かれたので「当初、履き物置き場で履き物を脱いで来る様に言ったのですが、よほど急いでおられる様にお見受けしたので、この場で履き物を脱げば私がその履き物を預かりますと言いました」それを聞いてサイババさんは満面の笑顔を浮かべてベランダにいた人たちにこう言ったんや。「見なさい。これが私の学生です。これだけ忍耐力を持って、こういう難しい状況に対処出来るのは私の学生以外にはできない事だ。良くやった」と言って長老たちの前でその学生を褒めたんや。そしてその学生を近くに呼んで小さな声で「君の行為はとても良かった。しかし世の中には君の様にソフトに対応する人たちに対して、図に乗って無理難題を押し付けて来る様な輩も少なからずいる。だから次からは君は正しい事をしているのだから、もう少し威厳を持って厳しくそういう輩に対処した方が良いな」とアドバイスをして下さったんや。その後、サイババさんはマンディールに中に入られたので、バジャンシンガー達がバジャンを始めようとしたら、サイババさんは一人のバジャンシンガーの前に行かれてこう聞かれたんや「君、昨夜何かゴタゴタが無かったかね?」するとそのバジャンシンガーは「そういや州政府の大臣が履き物を履いたままマンディールに入ろうとしましたので、追い返して履き物を脱がせました。」と答えるとサイババさんは「ほほ〜。そうやったんか。それでどの様に言って追い返したんだ」と聞かれたのでそのバジャンシンガーは「『私を大臣だと知ってそういう事を言ってるのか』と言われたので、大臣であろうが誰であろうと、マンディールには入りたかったらマンディールの規則に従いなさいと言って追い返しました」と言うとサイババさんは、周りにいた帰依者達の方を見ながら、「これが私の学生だ。さすがだ。規律を護る事がどれほど大切な事かをよく知っている。良くやった」と言って褒められたんや。そしてそのバジャンシンガーを近くに呼び寄せて小さな声で「あのね君。規律を振り回して人々に厳しく対応するのも良いけれど、往々にして厳しく対応すると人を傷付けてしまう事もあるんや。だから次回からはもう少し相手の気持ちを考えて対処した方がいいよ。あの大臣は昨日急いでいたんだろう。彼はとても良い帰依者なんだ。」と言われたんや。

ポニョ:それって全く逆のアドバイスやぜよ。人によってこれほど違うアドバイスをされるって面白いな。

ヨシオ:その学生も、もし今回の事件に十人の学生が関与していたら、サイババさんはそれぞれの学生達に応じて、十の違うアドバイスをされるやろうなと言っていたな。

ポニョ:サイババさんって何千万人もの帰依者一人ひとりを神の方へ導こうとされているけれど、一人ひとり帰依者の性質や霊的なレベルが違うから、帰依者に対するアドバイスも一人ひとり変わって来るので大変やぜよ。

ヨシオ:ところが全然大変でも無いんや。と言うのもサイババさんは一人ひとりの中にいて、まるで個人教授の様に帰依者を導いておられるから、一人ひとりの帰依者の事は一から十まで全て知っておられるんや。

ポニョ:と言う事はサイババさんって、一人ひとりの帰依者達の中におられる神さんの総元締めの様な感じやぜよ。

ヨシオ:まあそんな感じかな。敢えて言えば、サイババさんって、全ての人たちの中におられる神さんを代表するスポークスマンの様な感じで、サイババさんの口を通じて一人ひとりの帰依者達の中にいるサイババさんの代弁をされるんや。

今日の青年は、規律のない無益な人生を送っています。
青年たちは、どのような規範にも従わず、尊敬と感謝の念に欠けています。
犬でさえ深い感謝の念を持っているというのに、青年は年長者を敬わず、自分の親に感謝を示しません。
そのような人間に教育は無駄です。
そのような人間でも、生計を立てることはできるかもしれませんが、教育を受けていない道端の物乞いでさえ、生きていくための金銭を十分稼いでいます。
単に生計を立てるだけなら教育は必要ありません。
たとえ三日しか生きられなくとも、あなたの人生は正しい有意義なものであるべきです。
あなたの振る舞いは善良で立派なものであるべきです。
もし、正しく振る舞わないのであれば、その人の高い地位や身分に意味はありません。
もし、自分は偉大な学者であると主張しても、良い性質をほとんど持ち合わせていないのであれば、その人はどんな評判を得ることができますか?
無学文盲の人ですら、良い性質を持っていれば尊敬を勝ち取ることができます。
学位は、人の心〔マインド〕を神にではなく富や社会に向けさせています。
人格こそが教育の第一の目的であるべきです。
教育を受けた人は、自らの振る舞いと性格のゆえに尊敬されるべきなのです。5/86


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世の光になれるのか?

2017-07-24 16:00:02 | 日記
霊性修行なしに、人は彼の内にある光を見つけることは不可能である。SS6/95

ポニョ:朝陽や夕陽を見ながらガヤトリマントラを唱える修行を長年やっているんやけれど、とても効果があるんや。それは太陽の恵みというか、太陽の光で心が浄化されて自分が神聖化し、新しい自分になったような気になるぜよ。

ヨシオ:太陽とガヤトリマントラはとてもマッチするもんな。

ポニョ:って言うか、ガヤトリマントラって太陽神サヴィトリーへ捧げるマントラやぜよ。

ヨシオ:ガヤトリマントラをサヴィトリーに捧げると、生命力が入って来るっていうか、霊力が満ち溢れて来るような気になるよな。

ポニョ:それにさっきも言ったけれど、霊体の浄化もしてくれるんや。

ヨシオ:霊体の錆び取りをしてくれるから、サヴィトリーなんちゃって。

ポニョ:ハッハッハー。今のは受けたぜよ。おいらも今度使ってもええかな。それよりこの前も言ったんやけれど、太陽からの光線を見ていたら七色かどうかは知らないけれど、いろんな光の色に見えるんやぜよ。なんでかな。不思議やぜよ。

ヨシオ:それは太陽の光線って白色光線でいろんな波長の光が混ざっているんや。その白色光線がポニョのまつ毛に当たって屈折してプリズム効果となり、いろんな色の光に見えるんや。

ポニョ:うわー懐かしいぜよ。プリズムっていう言葉を久しぶりに聞いたな。中学校以来やぜよ。おいらはその理科の実験が大好きやったんや。プリズムって三角錐形のガラスやろ。あれに虫眼鏡で光を集中させて当てると綺麗な七色の光に分かれるんや。虹製造機やったぜよ。確か一番下には一番屈折していた紫色の光があって、一番上の方にはあまり屈折していなかった赤色の光が見えたぜよ。でもその時はただ単にきれいなって喜んで見ていただけやったけれど、今考えると、どうしてそんな現象が起こるのか不思議やぜよ。

ヨシオ:簡単な原理やないか。つまり白色光線に中にはさっきも言ったようにたくさんの波長の違う光線が混じっているんやけれど、その光線が三角錐のガラスに当たることによって、波長が長い赤色光線はガラスに当たっても波長が長いからガラスの原子に当たってもあまり影響されずそのまま真っ直ぐ突き抜けていくんやけれど、紫色の光線は波長が短いのでガラスの原子とぶつかって邪魔されてしまい、速度が遅くなって屈折度が大きくなるんや。だからプリズムによってきれいな七色の光が出現するんや。それは波長が長い光から、短い波長によって見える光の色が変わって来るけれど、順番に書けばそれは<波長が長い>赤→橙→黄→緑→青→藍→紫<波長が短い>というふうになるんや。

ポニョ:そういやそんな説明を先生がしているのを思い出したぜよ。でもいまいち理解出来ないことは、どうして白色光線が物資の中に入ると遅くなるのかな。

ヨシオ:だから今言ったように、波長が短い400ナノメーターの紫色の光線の波長が物資の中に入ると、例えば1メートル進むのにどれだけ物資の原子に当たらなければいけないと思う?すごい数やろ。だからたくさんの光が跳ね返されるし、その物資の中を進み切ったとしても光線のスピードも遅くなるんや。逆に赤色光線の場合は波長が700ナノメーターと紫色光線の倍近くも波長が長いので、物資の中に入っても物資の原子にあまり影響されずにそのまま突き抜けてしまうんや。

ポニョ:1ナノメーターって0.001ミリなの?光の波長が長いとか短いとか言ってるけれど、波長って山あり谷ありのふわふわ飛んでいるようなものやろ。その山あり谷ありが多いのが波長が短いと呼んで、少ないのが長いって呼ぶんやろ。たくさん山や谷があればある程、ゴツゴツして物資に影響されやすくなるもんな。

ヨシオ:だからポニョも習ったと思うけれど、どうして海の色は青いかって先生が説明してくれたやろ。つまり海の水に太陽光線が当たった時に、赤色光線はそのまま波長が長いので海の底の方にまで届くけれど、紫色光線は波長が短いので水の原子とぶつかりまくって、いくつかは弾き飛ばされて空中に戻って来るんや。だからその弾き飛ばされた青色光線を人が見て、海の色は青色やと言っているんや。もちろんその地域の海の成分によって弾き飛ばされる色の波長の違いってあるから、地中海のコバルトブルーの海の色と、日本海の黒っぽい海の色とは違うように見えるんや。

ポニョ:そんな話を先生がしたのを思い出したぜよ。それと同じように空の色が青いのは、海の色が反射しているのではなく、太陽光線が地上や海で反射し、それが大気に当たると、波長が短い青色や紫色の光線が跳ね飛ばされるから、空が空色に見えるんや。だから大気が無い月や他のいくつかの惑星は、昼間でも空は真っ暗なんやぜよ。

ヨシオ:俺が霊的な道に入って面白いなと思った事は、クリシュナにしてもラーマにしてもそのシンボルカラーは紫色やろ。

ポニョ:クリシュナブルーって言うもんな。

ヨシオ:その紫色って光線の中で一番波長が短いって事は波動数が多いんや。つまり全ての可視光線の中で紫色が一番波動数が多くて神に近いから、紫色が最も神聖な色なんや。

ポニョ:そういう事になるぜよ。おいらも最初、どうしてクリシュナやラーマのシンボルカラーが紫色かなと思っていたんやぜよ。

ヨシオ:霊的な世界では波動数が細かくて多いほど、波動数が少なくて荒いものを凌駕することが出来るんや。つまり波動数が少なくて細ければ、波動数が多くて荒いものの中に入っていけるけれど、その逆は無理なんや。だからこの地上の世界では波動数が少なくて荒い獣的な性質を持っている者達と、逆に波動数が多くて細かい神聖な性質を持っている聖者のような者達と一緒に住んでいるけれど、後者は自分が持っている神聖な性質を有効に利用して自分より霊的に低い者達に働きかけなければいけないし、それを出来る能力を持って生まれ変わって来ているんや。だから霊的に高いところからやって来た者は、そういう能力を生かして世の為、人の為に働かなければいけないんや。つまり、自分の中に光り輝いているアートマの光をもっと自らの行為を通じて光輝かし、それを拡大して世界中を自らの愛の光で包んで行く努力をしていかなければいけないんや。

「私は光の中にいる。光は私の中にある。光は私である。私は光である」――この真理を悟った人はブラフマン〔神〕と一つになります。
人間は絶えず平安〔安らぎ、平和〕を探し求めています。
平安を探し求める人は、それをマタム(宗教)にではなく、マナム(心)の中に探さなくてはなりません。外界に平安を探し求めることが、この世のあらゆる不安の原因です。
平安はまず、自分自身の内で確立されなくてはなりません。
次に、家族へと拡大しなくてはなりません。
そして、家族から村へ、地域へ、州へ、国家へと広がらなければなりません。
今、起こっていることは、この過程とは逆のものです。
争いと無秩序が、個人から家族へ、そして、国家にまで広がっているのです。24/11/87

ポニョ:とは言っても霊的に低い者と交わると自分も影響されるぜよ。

ヨシオ:俺はそういう連中と一緒に混じって行動を共にしろなんて言ってないやろ。別に、行動を共にしなくても、啓蒙活動は出来るやないか。それにそういう霊的なレベルが低い者達は往々にして前世から持ち越したキツイカルマを支払わなくてはいけないから、いろんなヘルプが出来るやないか。もちろんそういう奉仕活動は、全て神さんに捧げなければいけないけれど。

ポニョ:おいら達もお互い髪の毛が薄くなって来て、後光が差し始めているもんな。さあ頑張って、この世の光となりましょう。

ヨシオ:光が違うっちゅうに。

光りが射すと、先ほどまでそこにあった暗闇はどこに行ってしまったのでしょう。
光りの不在が暗闇です。
暗闇は出てくることもありませんし、何処かに行くこともしません。
光りのために、暗闇に気づかないだけなのです。
ひとたび光が消えれば、前と同じように暗くなります。
ここでは光りは英知であり、暗闇は無知でありマーヤーです。
マーヤーは実は存在しません。
それはあなたの創造物です。
しかし、あなたがサーダナつまり霊性修行を止めると、マーヤーがあなたの人生の中に入ってくるのです。ですからサーダナこそが、あなたをマーヤーの影響を受けずに済む状態に保ってくれるのです。
もし霊性修行を止めれば、あなたは再びマーヤーの餌食となってしまうでしょう。
ですからあなたが生きている間は、決してあなたはマーヤーから逃れられないのです。
持続的な霊性修行のみがあなたを助けてくれるのです。STPSp230



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あっという間にワープだ!

2017-07-23 16:00:26 | 日記
神は如何なる時にも如何なる姿にでもなることが出来ます。
しかし、神の本性を人類に示さねばならぬ時、神は人間の姿をとって降臨しなければならないのです。
しかし、人は心が汚れている為に人間の姿をとった神を認識できません。
~神のなさり方は、無限であり、不可解です。
神が如何に行動するかを決め、神に指示できるものはいません。
神はなんであれ、瞬時に変更することが出来るのです。28/8/94

ポニョ:昨日まで、グローバルエリート達が如何にしてサイババの組織を分裂させたり、ぶっ潰そうと画策して来たのかを話しました。

ヨシオ:一時期は、彼らもサイババさんを自分たちの側に取り込もうとしていたんやろ。

ポニョ:それはサイババさんが、ユダヤ系の帰依者の強い要求によって、ザルバダルマサインの中に、ユダヤ教のシンボルである六芒星を入れる事を西洋諸国だけでという条件付きで認められたからなんや。それ以来、彼らは、サイババの組織は押せば落ちると思ったんやぜよ。

ヨシオ:確かサイババさんは、六芒星を入れる事に難色を示しておられたよな。だってユダヤ教もキリスト教も元をたどって行けば同じやから。

ポニョ:イスラム教だって変わらないぜよ。知ってた?六芒星って、横棒を二本取ればフリーメイソンのコンパスと直角定規のシンボルと一緒になるんやで。

ヨシオ:確かにそうやな。

ポニョ:奴らはこのように隠し絵やいろんな印の中に、自分たちのサインを入れているんやぜよ。世界中で嫌われ者のユダヤ人を矢面に立たせて、実際はユダヤ人の後ろで、サヴォイやタクシン、デルバンコなどの欧州貴族たちがスイスで糸を引いているんやぜよ。彼らの事はネットで調べても出て来ないんや。あのダイアナ妃が最後に食事をしたホテルがサヴォイホテルなんや。

ヨシオ:ふーん。そうなんや。ポニョはよく知ってるな。

ポニョ:奴らも悪魔ルシファーがこの地上に生まれ変わってくると信じていて、それをずっと待っているんや。だって彼らは堕天使で、自分たちが住んでいた天国の事や霊界のことをよく知っているんや。だから人々に霊的に目覚めさせたくないので、第三の眼である松果体を破壊しようと、アルミを食べ物に混入したりしてるんや。実際は松果体と第三の眼は何の関係もないけれど。アホですな。最初はサイババさんが悪魔の王ルシファーの生まれ変わりだとと思い込んだので、ジェイコブロスチャイルドやビル栗金トンがやって来たんや。イギリスの、もう年やから早く交代し殿下である、チャールズもバンガロールまでやって来てたんやで。でもアシュラムには大変な人たちがいるので、警備の人たちが警備の保障が出来ないと言ったから、行くのを取りやめたんやぜよ。

ヨシオ:なんでサイババさんが悪魔の生まれ変わりやねん。まったく逆やないか。

ポニョ:彼らもそういう事に気づいたので、恋の鞘当てじゃ無いけれど、世界同時に反サイババの大キャンペーンが始まったんや。インドでは死愛映画、本部を置いているニューデリーの米大使館が中心になってキャンペーンが始まり、米大使館のウエブサイトを見ると小児性愛者のサイババに注意しろとか悪口が書き込んでいるんや。あのプーチンだってとっくに支配層が小児性愛者だって事を見抜いているんやぜよ。
http://blog.goo.ne.jp/tumuzikaze2/e/2163d5119c5ecb048aa1ec7476d48084?fm=rss
ヨシオ:小児性愛者は彼らの方やろ。奴らがサイババさんが小児性愛者だと批判を始めたけれど、それは自分たちが持っている欲望の裏返しなんや。どうして神の化身がそんな低級な欲望を持てるのか?人は霊性修行をして欲望やエゴを減らしたり無くしたりしなければヨギのパワーを持つことが出来ないのに、小児性愛などのような低級な欲望を持ったまま、サイババさんのようなヨギのパワーが持てるのかどうかを考えただけで、嘘やってわかるやないか。たとえ激しい苦行によって神を満足させ、そういうヨギのパワーを手に入れても、人の嫁さんに横恋慕したラヴァナのように神によって滅ぼされるか、自ら墓穴を掘ってろくな最後を迎えることが出来ないんや。

ポニョ:世界中で、奴らは金をばら撒いて元帰依者や現帰依者、サイカレッジの卒業生などを買収し、作り話をでっち上げたんやぜよ。だから降って湧いたように、世界中で同時に、サイババさんが小児性愛者だというキャンペーンが始まったんやぜよ。

ヨシオ:世界同時ってとこが、とても不自然やもんな。徐々にそういう情報が出て来るんやったら、誰でもなんかおかしいなと思うけれど、一挙に出て来たもんな。何れにしても未だサイババさんの教えを受け入れる準備が出来ていない自称帰依者が、このキャンペーンによってサイババさんの組織からいなくなったから、サイの組織にとってはええ事やないか。それ以来、サイババさんのアシュラムも外国人帰依者が少なくなったし。実は俺は、そのキャンペーンに加担した何人かの人たちを個人的に知っているんや。彼らは子供の頃に小児性愛者によって弄ばれていた人達や、サイの規律を守らなかった為に、サイババさんによってサイの組織の役員の職を罷免させられたり、インタビューに呼ばれず長い間無視されたりしている人たちで、そのキャンペーンが始まる前から、どうしてサイババさんのアシュラムがあるプッタパルティの街に乞食がいるのか?とか、どうしてサイババさんが贅沢なベンツに乗っているのか?とか言ってサイババさんの事を批判していたな。

ポニョ:サイババさんは別にベンツに乗りたくて乗っているわけじゃないぜよ。サイババさんは車なんて要らないズラ。本当に何処かに行こうと思えば、あっと言う間にどこにでも行けるんや。金持ちの帰依者が、是非サイババさんにベンツに乗って欲しいとお願いして寄付したから乗っておられるだけなんやぜよ。昨日、悪漢に殺されたサイババさんの運転手であるラダクリシュナさんの話をしたけれど、彼が生前、こんな事を言っていたんや。ある日、サイババさんがチェンナイの帰依者の家に昼過ぎに行くと約束されたので、早朝から車の整備をして準備をしていたところ、サイババさんは朝から忙しくて、人に会ったり、牛舎やサイギータを覗きに行ったり、アシュラムの近くに住んでいる帰依者の家に行ったりされていたので、もう昼過ぎになり、ラダクリシュナさんは、今日のチェンナイ行きはキャンセルだと思っていたんや。そして昼過ぎに車をガレージに入れ、シャッターを閉めて部屋で待機していたら、昼食を終えて御自分の部屋でくつろいでおられたサイババさんが「今からチェンナイに行く」と言われたんや。ラダクリシュナさんは「今から出発しても、チェンナイの帰依者と約束された時間に絶対に間に合わないです。」と言ったんやけれど、サイババさんは何も答えずに車に乗り込まれたんや。そしてラダクリシュナさんに「ガレージのシャッターを開けなくても良いから、車に乗って目を閉じなさい」と言われたんや。ラダクリシュナさんが言われた通りにすると、次の瞬間には、車ごとチェンナイにワープして、チェンナイの街角に車が停まっていたんや。これがワープじゃ!おいらも一度体験したいな。

ヨシオ:地球は自転しているから、誰でも目を閉じて思いっきり飛べば、赤道付近だったら地面だけが時速1700キロで動いているから、あっという間に何キロかワープするやないか。

ポニョ:しないっちゅうに。どんな頭をしてるんや。

ヨシオ:宇宙を創造された神さんが、人の身体を取ってこの地上に来られているんや。俺たちは、サイババさんが人の身体を取っておられるので、俺たちと同じような欲望やエゴを持った生身の人間だと勘違いしているけれど、本当は人の属性を一切持たず、愛のエネルギーの塊がサイババさんなんや。

ポニョ:もし百歩譲って、サイババさんが小児性愛の欲望を持っている神さんであれば、サイババさんは子供だけしか宇宙に創造されなかったやろな。子供しかいない世界って、うるさくてとても住めないズラ。という事で宇宙を創造された神さんが、人の身体を取られましたので、今日は少しサイババさんの家族を紹介しようかな。
五人兄弟であるサイババさんは左から二人目


ポニョ:サイババさんの家族と言っても、サイババさんにとっては人類全体が家族やもんな。

ヨシオ:確かにそうやけれど、サイババさんがこの世に来られるにあたって、サイババさんは御自分が生まれて来る、神への信仰心が深い家族を選ばれたんや。

ポニョ:つまり、神に選ばれためちゃラッキーな家族ってわけやな。という事で早速紹介すれば、もうこのブログで有名になっているのが、お母さんのイシュワランマさん。それとお父さんのペッダさん。おじいちゃんはあまりこのブログでは出てきてないけど、コンダマさん。サイババさんを祈祷師から救ったお姉ちゃんのヴェンカマさん。厳しいお兄ちゃんのシェシャマさん。それと、意地悪兄嫁のスシーランマさん。

ヨシオ:兄嫁さんはサイババさんいじめで有名やな。

ポニョ:ああいう、根性が曲がってる人は嫌いやぜよ。名前は悪くないのに。寿司ランマさんって美味しそうな名前やぜよ。名前だけ聞いたら良さそうな人やけどな。

ヨシオ:名前で決めるなっちゅうに。まあ、そういうサイババさんをいじめる役割をしておられるだけやから許してやってくれるか。あとでサイババさんをいじめたことを後悔して、サイババさんのアシュラムに亡くなるまで住んでおられたんやで。

ポニョ:それも恥知らずやぜよ。あれだけいじめた義理の弟の世話になるって。おいらやったら一生顔向け出来ないズラ。

ヨシオ:それと、このブログではあまり出てこないけど、二番目のお姉ちゃんのパルヴァタンマさんもいるよな。そして、俺を家に招待してくれた末っ子のジャナキラムさんが末弟や。

ポニョ:何?サイババさんの弟さんに家に招待してもらったんか。

ヨシオ:そうなんや。プッタパルティの郵便局で、オーストラリアのサイセンターから頼まれていた何百枚ものサイババさんの写真を発送しようとしてたら、ポニョのようにニコニコ顔の小さいおっちゃんが手伝ってくれたんや。その人の良さそうなおっちゃんは「実は僕はサイババ家の末っ子で、他の兄姉みたいにお兄ちゃんの小さい時のエピソードを余り知らないし、物心ついた時には、お兄ちゃんはもう自分のアシュラムで帰依者たちに囲まれて生活していたんです。でも時々家に帰ってきた時には、一緒にサッカーをしたりして僕の面倒をよく見てくれたんですよ。世間には余り知られていない、いろんな話し聞かせてあげるよ。良かったら家に遊びに来ないか?」って誘われたのでびっくりしたな。まさかサイババさんの弟が、郵便局で働いているなんて知らなかったから。サイババさんも小さいけど、弟さんも背が低い人やったな。ポニョみたいにめちゃ暖かい感じの人やったで。

ポニョ:それでその人が末っ子ということは、サイババさんは五人兄弟の四番目っていうことやな。でも五人兄弟は多いよな。そういや、あんたとこも五人の子持ちやろ。

ヨシオ:そうや。サイババさんの家族と一緒で、三人男で二人女や。構成も一緒やな。最初は、男で、二人女の子、そして男二人や。

ポニョ:よく上手く生み分けたな。ガルーダプラーナを読んで研究したんやろ。生理日から八日目に受精すれば男の子が生まれ、九日目には女の子、その後も偶数日は男の子で奇数日は女の子という具合に。その事を知っていたからきちんと産み分けられれたんや。神の化身の家族と一緒の家族構成にしようって。

ヨシオ:バレたか。男一、女ニそして男ニの兄弟の構成が、一番神聖な家族の構成なんや。

ポニョ:それは嘘や。そんな事はどこにも書いていませんが。

ヨシオ:でもガルーダプラーナを書いたヴィヤーサ仙は、そういうことの専門家やからよく知っておられるよな。でもなんで奇数日は女の子で偶数日は男の子が産まれるんやろな。逆じゃなく。

ポニョ:それは生理日から八日目から計算すると奇数日より偶数日の方が一日多いんやけど、それは男の子の方が死産率が少し女の子より多いから、男女のバランスを取る為に偶数日は男の子、奇数日は女の子というようになっているんやぜよ。

ヨシオ:ポニョは結構詳しいやないか。前世ではそんな助平な事ばかり研究していたヨギやったかもしれんな。

月経後七日以内に受精すると低いレベルの魂が宿るのだ。
八日目に受精すると、男の子が生まれる。
偶数日に受精すると男の子が、奇数日には女の子が生まれるのだ。
それゆえ月経日から七日以内は受精を避けなければいけないのだ。
そうすれば八日目には偶数日となり、男の子の魂が宿る。
月経日を第一日目として、月経の周期を数えると良い。ガルーダプラーナP25


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