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時代遅れの法の精神~「心身喪失者の犯行はこれを罪としない」~

2016年12月12日 | 本邦内

(c)産経20161213


◎本日17時頃、大阪府警管内のJR駅ホームにおいて、女性2名が若い男による無差別攻撃(突き落とし)に遭い、うち1名が線路に転落、負傷しました。進入中の列車が迫る中の、殺意ある凶行であります。進入中の列車の運転士が素早く非常制動をかけた為、列車が女性を轢くことはありませんでした。ただ、その距離わずか数メートルであったということです。

◎若い男は報道の文面を見る限りでは精神障害者のようであります。ただ、精神障害と戦う者と、いわゆる健常者との間では、犯罪者の発生率は変わりません。

◎流しの犯行は、一昔前であれば未解決になることも多かったのですが、現在では画像解析や顔認識技術の普遍化、制服警察官一人一人にまで配布している情報端末群、「初動対応で付近カメラ映像を徹底収集する」専門部隊の活躍により、例えば、地方から都会に来て凶行に及び即離脱、というケースでも検挙ができるようになりました。


◎本件で留意すべきは、

(1)列車進入中のホームにおいて、
(2)二人目での突き落としに成功しており、
(3)犯行後ただちに逃走に成功した《つまり犯罪という認識があり知能が高い》

ことから、明快な殺意による殺人であります。「未遂」は偶然で、運転士の技量による回避によります。

(4)また、被疑者は犯行後に他県に移動し、無銭飲食《故意の反社会的行為。鉄道には料金を払っている》で通報されている

ことからも、正常な判断力はありながら、それに勝って反社会的な行動へ促す障害が被疑者の脳にあると考えられます。本人がその障害と闘ってこなかったことは明らかです。


◎さて、いかなる場面においても差別はならぬ、というご時世であり、それは正しいわけですから、心身喪失による無罪という扱いは許されず、いわゆる健常者と同じ扱いで法の執行がなされなければなりません。それが正しい社会であり、精神疾患と戦う者と健常者双方が共存共栄できる秩序の礎であります。心身喪失者の犯行については、その罪を問わないという刑法の思想は間違っており、その条文は明治の発想です。明治は座敷牢や病室に患者を一生閉じ込めていた時代です。

◎仕事をした官民各位、救助にあたった現場の人々に心より拍手を送ります。そして、本件被疑者の家族の今までの心痛と心労が忍ばれるばかりであります。本件被疑者は間違いなく、殺人未遂罪で有罪とされなければなりません。本件被疑者は幸せ者です--運転士の鋭敏さにより殺人罪から救われ、警察官たちの働きにより、罪を重ねる地獄から救われたのです。

◎差別の無い社会を実現する為に、彼は殺人未遂に対する法の裁きを受け、実刑に服さなければならないのです。厳然とした罪の重さ--公正という神の前では、誰も彼の罪を減免する権限を持っていないのです。それは精神障害を持つ者たち自身の思いであります--重ねて、通常の裁きを願います。
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