さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

外塚喬『木俣修のうた百首鑑賞』

2017年05月06日 | 現代短歌 文学 文化
 近年はどうか知らないが、昔は学校の準備室などに行くと、たいてい木俣修の本が一冊や二冊は置いてあったものである。大部の『大正短歌史』『昭和短歌史』などが、近代短歌の鑑賞本とともに架蔵されていた。近代短歌が必修の一般教養の一部を占めていた時代に生きた木俣修は、そういう意味では恵まれた存在だった。近代短歌についての知識を保持し、維持管理する研究者の一人として認められ、一般にも尊重されていたと思う。

 しかし、生身の一個人としての木俣修の背負った苦難や、時代の課題と格闘しながら詩歌の創作に取り組んだ表現者としての苦悩の歳月は、実に長かった。木俣修の前半生は、一年おくれながら昭和十年代が三十代、昭和二十年代が四十代とちょうど重なっている。昭和十六年に妻を失い、愛息も昭和二十五年に病没した。著者は、そういう曲折の多かった昭和三十年までの作品の中から三十八首を拾い出している。そうして昭和五十八年に七十七歳で没するまでの作品の中から、全部で百首を選び出して丁寧に鑑賞した。

 あとがきに「木俣は、短歌界においては独自の世界観を持っていたばかりに、誤解されていたところがあった。作品よりも、学究の徒としての評価が高かったように思えてならない。最近では晩年の作品を高く評価する識者の声も増えているが、戦中戦後の作品にも目を向けることが必要である。木俣には、まだまだ知られていない深淵な世界があると言ってもよいだろう。」と著者はのべる。

 私は正直に言って木俣修の作品は、『高志』以外はほとんど知らなかった。今度の外塚の著書は、そういう私のような読者にも便宜をもたらすものである。幸い全歌集は手元にあるので、これを開いてみる取っ掛かりにしたいと思っている。少し本書より引いてみたい。

「  寒潮のいろさだめなし雪雲のひとところより光落ちゐて   木俣修

(略)「寒潮(さむしほ)のいろさだめなし」と二句切れにすることによって、目の前の海の色の変化の激しいことを暗示する。その海の色を染めているのは、雲間から洩れる日の光である。(略) 「ひとところより」と焦点を絞ることによって、光り輝く日射しが海面に注いでいる光景が見えてくる。 」

「 同じ一連には、

潮曲にたたまる寒の靄染めて岬のとつぱなにいまぞ日は落つ   (日本海)

※「潮曲」に「しほわた」、「寒」に「かん」、「岬」に「さき」の振り仮名あり。

がある。こちらも掲出歌に勝るとも劣らぬ作品であろう。「岬(さき)のとつぱな」は、いかにも修好みの言葉である。気持ちの張りつめた作品である。」

 こういう「いかにも修好みの言葉である」という文章を見て、なるほどそうかと思い当たる。こういうちょっとした一言に、長年読み親しんで来た人でなくては出せない味がある。もう一首。

六十歳のわが靴先にしろがねの霜柱散る凛凛として散る  木俣修

※「凛凛」に「りり」と振り仮名。

「ここには、大病を患う前の修の勢いのある姿を見る思いがする。」と著者は言う。精力的で覇気に満ちた木俣修の風貌が浮かんで来る歌だ。著者は昭和三十八年、その頃の木俣に師事した。師を語る時には、その人の持つ最良の部分が出る。本書は外塚喬の持つ最良の著書のひとつであろう。
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