さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

『桂園一枝講義』口訳 49~53

2017年03月07日 | 桂園一枝講義口訳
※ 39-48番のカテゴリーが「和歌」になっていたので直した。

49  古郷花
ともに見し人も今はなしふるさとの花のさかりにたれをさそはん

九九 ともに見し人も今はなし故郷の花のさかりに誰(たれ)をさそはむ 文化四年 イザ行テワガ故郷ノ花見ントサソハン人モイマハ無キ哉

□こゝは住みすてたるなり。
此歌たとへば奈良の都より今の京に移りたる人、故郷の事故、春毎に花を見に行くに、人をさそひて行く。又故郷にのこりてゐる人もあるなり。「古今」に「駒なべていざ見にゆかん古都は」云々。

○ここは住み捨てたのである。
この歌はたとえば奈良の都より今の京に移った人が、故郷の事だから春ごとに花を見に行くのに人をさそって行く。又故郷に残っている人もあるのだ。「古今」に「駒なべていざ見にゆかん古都は」云々(とある)。

※「駒なめていざ見にゆかむふるさとは雪とのみこそ花はちるらめ」「古今集」百十一、よみ人知らず。

※平凡な題詠だが、上句には実感的なものも入っている。正宗敦夫注の文化四年の下案は、スケッチというところか。こういう元の歌の作り直しが『桂園一枝』には多くみられる。現代歌人では河野愛子がそうだったと、故稲葉峯子がおっしゃっていた。ものを作るような人は、このことを参考にしたらいいだろう。 

50  故園花自発
いにしへは大みや人にまたれてもさきけんものか志賀の花ぞの

一〇〇 いにしへは大宮人にまたれてもさきけむものか志賀の花園 文化三年 四句目  さきニシモノヲ

□志賀、天智帝の都なり。
「園」は草木を植ゑおく所なり。日本では「その」なり。
たとへば花畑なり。後園などいふ。「故園花自発」も見る人なしに独開くなり。さて句題は詩のもとの前後にはかまはず。たとへば「台頭有酒」といふこと、「朗詠」には花なり。この「一枝」には月によみなせり。いかやうでもよきなり。うてなに酒あることをいへばよきなり。
「待たれても」は置字なり。またれてさてもといふ程の事なり。
よみたては「さきけるものを」とよみたりしが、此「一枝」に入るゝ時「さきけんものか」にしたり。口調も心もかなふなり。

○志賀は、天智の帝の都だ。「園」は、草木を植えおく所だ。日本では「その」のことだ。
たとえば花畑だ。「後園」などと言う。「故園花自発(園の花自ずから発く)」というのは、見る人なしに独りで開くのである。さて句題は、詩のもとの前後にはかまわず、たとえば「台頭有酒」といふことも、「和漢朗詠集」では花だ。この「一枝」には月に詠みなしている。どのようでもよいのである。うてなに酒のあることを言えばよいのである。
「待たれても」は、置字である。「またれて、さても」という程の事である。
詠みたては、「咲きけるものを」と詠んだのだった。この「一枝」に入れる時「咲きけんものか」にしたのだった。口調も心も適っているのだ。

※『和漢朗詠集』「春」66に「台頭に酒有り 鶯客を呼ばふ 水面に塵無くして風池を洗ふ」とある。
 
51  関花
あふさかの関の杉むらしげゝれど木間よりちる山ざくらかな

一〇一 あふ坂の関の杉むらしげゝれど木間(このま)よりちる山ざくらかな 文化三年

□此歌、此前後にてはよき歌なり。
しげき杉間なれども、桜がちらりちらりと散る故に桜がある事が知らるゝなり。

○この歌はこの前後ではよい歌だ。
密生した杉の間だけれども、桜がちらりちらりと散るので桜がある事が知られるのである。

※「木の間」の歌の関連で触れると、近刊の島田修三著『古歌そぞろ歩き』のなかで、永福門院の「いりあひのこゑする山のかげ暮れて花の木(こ)のまに月いでにけり」が取り上げられている(同書21ページ)。景樹には「玉葉」の影響がかなりある。これを近代ではじめて指摘したのは川田順であることも含めて、私はあらためてこのことを取り上げておきたい。 ※拙著『香川景樹と近代歌人』参照。

52 社頭花
散らずともぬさならましを神がきの三室の花にやまかぜぞふく

一〇二 ちらずともぬさならましを神垣のみむろのはなに山かぜぞふく 

□「ぬさ」今ははやらぬなり。古はやりて、今はやらざるなり。古は郡県で天下を治めたり。封建になりしは御当代なり。専郡県で天下を治めしは、日本の古き所なり。都より諸国へ治めに遣はさるゝなり。今は御代官のやうなものなり。其年限の三年、四年にて交代せしなり。貫之土佐に行かれしは、あしかけ五年なり。又重任のことあり。手柄なる事なり。かくのごとく守ては交代するなり。今は大名が一国一城のやうになりたるなり。さて昔の郡県の時は三、四年ぶりに守がかはるなり。その小役人亟(※極の右側の活字)助などは、一年半年にもかはるなり。いよいよ小役人になりては、年中旅住居をするなり。それゆゑ一向治りかげんがちがふなり。畢竟軍がなき計にて道中は甚物そうなり。そこで道の神を専祈る事なり。さいの神なり。それにぬさを奉るなり。かならず山道が大事なり。ゆゑに山には必神があるなり。これを手向の神といふなり。「手向」とは何なりとも神に奉るなり。それゆゑに「峠」は「手向」の事なり。手向の神ある處といふ事を、「手向」となりたるなり。「手向」はいひにくき故「たうげ」といふなり。さて手向山は奈良の手向山、最往来しげきなり。それ故山の名となりたるなり。又端ものなり。て歴々の人は「たゝみぬさ」といふなり。又中分の人はきれを上るなり。下々の人は「きりのぬさ」とてちさくきりて上るなり。それよりして「きりぬさ」がはやる故に「ぬさ」といふものは散らすものゝやうに転じたるなり。此きりぬさが絹布類をやめて又紙にしたり。古は餞別にぬさ袋をおくる事もあるなり。
此歌は山風が心得たがひして、不案内に散らさねばならぬやうに思ふかいとなり。「ましを」、「ましものを」、なり。「神垣の三室」、どこの神垣でもいふべきなれども大和のが名高きゆゑに三室山。
「垣」はかぎりなり。玉垣をかこひて神の三室があるなり。大和の三室山は、大汝の神なり。三室の内では第一なり。それゆゑに三室山といひたり。

○「ぬさ」は今は流行らない。昔流行って、今流行らないのである。昔は郡県で天下を治めていた。封建(の世)になったのは御当代のことである。専ら郡県で天下を治めたのは、日本の古い所だ。都から諸国へ治めに(役人が)遣わされるのである。今だと御代官のやうなものである。その年限の三年、四年で交代したのだ。貫之が土佐に行かれたのは、足かけ五年だ。また、重任ということがある。(これは)手柄な事である。このようにして守っては交代するのだ。今は大名が一国一城のやうになった。さて昔の郡県の時は三、四年ぶりに守が替わるのだ。その小役人の亟(※極の右側の活字)助などは、一年、半年の間にも替わるのである。いよいよ小役人になると、年中旅住居をするのである。それだから一向治まり加減が違うのである。つまるところ軍備がないばかりに道中はたいそう物騒なのだ。そこで道の神を専ら祈る事(となる)のだ。賽の神である。それにぬさを奉るのである。必ず山道が大事だ。だから山には必ず神があるのだ。これを手向の神と言うのだ。「手向」とは、何なりとも神に奉ることである。それだから「峠(たうげ)」は、「手向(たむけ)」の事である。手向の神がある処、という事を「手向」となったのである。「手向」は言いにくいので「たうげ」と言うのだ。さて、手向山は奈良の手向山(のことで)、最も往来が頻繁である。それ故に山の名となったのである。(それからこれは)また、端もの(※布の切れ端の意)(のこと)だ。「て」(※「卿」のくずし字か。)歴々の人は「たゝみ幣(ぬさ)」というのだ。又中ぐらいの身分の人は「きれ」を献上するのだ。下々の者は「切りのぬさ」といって小さく切って献上するのだ。そういうことから「切りぬさ」がはやるために「ぬさ」といふものは、散らすもののように転じたのである。この切りぬさが、絹布類をやめて、又紙にした。古代には餞別にぬさ袋をおくる事もあったのだ。この歌は、山風が心得ちがいして不案内に散らさねばならぬように思うかい、と言うのである。「ましを」は、「ましものを」(という意味)だ。
「神垣の三室」は、どこの神垣でもいうべきであるけれども、大和のが名高いので三室山(とここではいった)。
「垣」は「かぎり」だ。玉垣を囲って神の三室があるのだ。大和の三室山は、大汝の神である。三室の内では第一(の神)である。それゆえに三室山といった。

53 河上花
大井川かへらぬ水にかげ見えて今年もさける山ざくらかな

一〇三 大偃河(おおゐがは)かへらぬ水に影見えてことしもさける山ざくらかな

□此歌は解きにくき歌なり。強ひていはんに、水は行くなりに行くなり。返らぬものなり。時に其水にやはりうつりてあるなり。昔の花がうつるではなきなり。「返らぬ水に影見えて」、返つたやうに見ゆるが風景なり。今も昔に見ゆるなつかしみなり。感情自然にあるなり。

○この歌は解説がむずかしい歌である。強いて言うと、水は行くなりに行くのである。返らないものである。(その)時にその水にそのまま(花影が)映っているのである。昔の花影が映るというのではないのだ。「返らない水に(花)影が見えて」、(つまり)返ったように見えるのが風景というものだ。「今」も「昔」に見えるなつかしみである。感情自然(じねん)に、(つまり、おのずからそのように)あるのである。

※景樹畢生の名歌のひとつ。今日の目で見て一番人の心に伝わりやすそうな歌が、本人に言わせると「解きにく」いというのは、おもしろいことだ。江戸時代の一般読者のレベル(もとめる「解」のイメージ)というものもあるかもしれない。
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