さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

真中朋久歌集『エフライムの岸』

2016年10月25日 | 現代短歌
以下は、昨年「うた新聞」に掲載したものを転載する。

苦悩と調べの試行                 さいかち真 

第四歌集である。転職に伴う葛藤を背景として、一集の随所に他者との緊張したやりとりがあらわれている。そうした生活上の苦悩の中から、くもりのない意識を持って現実を観照し、清潔な倫理感のようなものをにじませる多くの歌が生まれた。

・水槽のちかくの椅子に呆とをれば金魚が小石をねぶり吐き出す
・解雇告げるこゑ隣室にしづかなりしづかなればなほ響きくるなり

沈痛で、うっすらと疲労感をまといながら、あくまでも求心的にあろうとする姿勢が、印象に残る。たとえば右の二首目を分析してみると、「解雇告げる  こゑ  隣室に   しづかなり。しづかなれば  なほ   響きくるなり」と、底にくぐもった五・七調を、句をまたがらせることによって、逆の七・五の外見で包み直すという、異化した調べを見せている。

二〇〇六年から一〇年までの集成のうち、私は〇七年の「焚火」「光」などの一連に読み応えを感じた。そこから引く。

・冬の時雨いくたびか過ぎ傘持たぬままに来たりぬ 火花の苦悩
・合流する川その上流に橋ありき橋ありて橋ありて田野暗し
・手をのばせば届くと思ふくらがりにひとの気配はうつむきてありぬ

一首のなかに幾度も屈折し、屈曲して行く調べをあえて呼び入れながら、重層的な心象表現を追求し、試行している。三首めの初句と、結句の「うつむきてありぬ」の鈍重な字余りは、現実の作者の心身が抱え込んだものを暗示して、哀切極まりない。くらぐらとした時代の空気を呼吸しながら、歌は静かに闘っている。

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