さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

『桂園一枝講義』口訳 233-240

2017年06月18日 | 桂園一枝講義口訳
事につき時にふれたる
□此の部立ては何の例もなきなり。されども、見やすきためにしるしたり。
○この部立ては、何の先例もないことである。けれども、見やすいために記した。

233 
しのすだれおろしこめたる心をもうごかしそめつ春の初風
四四六 しの簾おろしこめたる心をもうごかし初(そめ)つ春のはつかぜ

□「東風暖入簾」の題をよみたるなれども、一等下りたるは、この部に入れたるなり。
何分上の四季の間は正風なり。此の部は一等下るなり。下るは、時が当世に近よるなり。さて詞書は選集にかたあるなり。それはこゝに煩はしきなり。それをさらりとはぶきたるなり。「しのすだれ」、以篠作る所の簾なり。畢竟小竹すだれなり。「うごかしそめつ」、すだれをあくる心になるなり。うかれてのどかになるは、簾につきて出たる詞なり。「万葉」に「わが宿のすだれ動かし秋の風ふく」とあるなり。此のすだれを動かす縁より心をうごかすにかけるなり。
「しのすだれ」、岡崎辺の山家のいやしきさまなり。「す」は、あみたる名なり。それを垂れる故に「すだれ」なり。

○「東風暖入簾」の題を詠んだのだけれども、一等下った歌は、この部に入れたのである。
何ぶん上の四季の(部の)間は、正風である。この部は一等下るのだ。「下る」というのは、時(代が)が当世に近よるのである。さて詞書は選集に型がある。それはここで(は)煩わしいのである。それをさらりと省いたのだ。「しのすだれ」、篠をもって作る簾である。畢竟小竹すだれである。「うごかしそめつ」は、すだれを開ける心になるのだ。うかれてのどかになるというのは、簾に付いて出た詞だ。「万葉」に「わが宿のすだれ動かし秋の風ふく」とある。このすだれを動かす縁から、心を動かすということに掛けるのである。
「しのすだれ」は、岡崎辺りの山家の下々の家の様子である。「す」は、編んだ時の呼び名である。それを垂れるので「すだれ」という。

234
都人とひもやくると松の戸をあけたるのみぞやどのはるなる
四四七 都人とひもやくると松の戸をあけたるのみぞ宿の春なる 文化二年 二句目 とフヤトケフハ

□岡崎にてのふるき歌なり。いつも門をさして居たりしなり。さすが元日にはあけたるなり。「松の戸」、松を以て作りし板戸なり。山家のさまなり。

○岡崎での古い歌である。いつも門をしめて居たのである。さすがに元日にはあけたのだ。「松の戸」は、松で作った板戸だ。山家のさまである。

235
音たてて氷ながるゝ山川にみゝもしたがふはるは来にけり
四四八 音たてて氷ながるゝ山水に耳もしたがふはるは来にけり 文政十年

□六十の春の歌なり。よき天気にして元日塾中の人と白川吉田辺を遊覧したりし事ありし。その時折にふれたるうたなり。「耳も順ふ」、耳につくは即ち耳に順ふなり。

○六十の春の歌である。よい天気で元日に塾中の人と白川吉田辺を遊覧した事があった。その時、折にふれてできた歌である。「耳も順ふ」というのは、(川の水音が)耳につくのは即ち「耳に順ふ」のである(そういう表現のあやというものだ)。

※三句目「山川に」は誤記か。

236
けさもなほまがきの竹に霰ふりさらさら春のこゝろこそせね
四四九 けさも猶まがきの竹に霰ふりさらさら春の心地こそせね

□早春さえかえりて霰ふりたりし時なり。岡崎の家、竹づくめなり。「さらさら」、霰の声にかけてさらさらとつかふ也。「古事記」に竹葉に霰ふりだしふりだしとあり。後にさらさらと云ふなり。いせの歌に「竹の葉にあられふる夜はさらさらにひとりはぬべきこゝちこそせね」。此れ等、さらさらの始めなるべし。

○早春に冴え返って霰が降った時である。岡崎の家は、竹づくめである。「さらさら」は、霰の声に掛けて「さらさら」と使うのである。「古事記」に「竹葉に霰ふりだしふりだし」とある。後に「さらさら」と言うのである。伊勢の歌に「竹の葉にあられふる夜はさらさらにひとりはぬべきこゝちこそせね」。これなど、「さらさら」(の用例)の始めであろう。

※「冴え返る」は歌語の一つ。春に寒さがぶり返すこと。
※。「伊勢」とあるが、和泉式部の歌のまちがい。二句目もことなっている。「竹のはにあられ降るなりさらさらに独はぬべき心地こそせね」「『和泉式部続集』三三〇。なお「竹の葉にあられふる夜」は、「新撰朗詠集」に「竹の葉に霰ふる夜の寒けきに独はねなむ物とやは思ふ 馬内侍」とある。両者を混同したか。念のため「夫木和歌抄」にはない。景樹の覚えちがいの歌には「夫木和歌抄」のかたちのものがあった。

237 
限なくまたせまたせてあらたまのことしぞふれるこぞの初ゆき
四五〇 限りなくまたせまたせてあら玉の今年ぞふれる去年の初雪 享和三年

□此れは正月七日の大雪のありし時の歌なり。冬の内にはとんと大雪なしに、春にこえてからふるなり。
「あらたまの」、「こ」にはかゝらぬなり。「とし」にかゝるなり。又「年」にいひなしたるよりして、「あらたまの春」ともつかひなれたり。みつね、はじまりなり。あらたま、足曳の、(山の)かなたこなた、足乳根の、(母の)おや、はぶきてとばすなり。年の春と云ふを、春と(ママ)とばすなり。

○これは正月七日の大雪のあった時の歌である。冬の内にはとんと大雪がなくて、春に年をこえてから降るのである。
「あらたまの」は、「こ」には掛からない。「とし」に掛かる枕詞である。また「年」に言い慣らしたことから、「あらたまの春」とも使い慣れた。みつね(の歌が)、はじまりである。「あらたま」は、「足曳の」が、(山の)かなたこなた(という語を)、「足乳根の」が、(母の)親(という語を)省いてとばすのである。「年の春」と言うのを、春をとばすのである。

※「とはすなり」、「問はずなり」もあるか。
※凡河内躬恒の雑体の部の歌、「冬のながうた」から末尾「白雪の つもりつもりて あらたまの としをあまたも すぐしつるかな」

238
青柳のいとのたえ間に見ゆるかなまだとけやらぬ大比えの雪
四五一 青柳の糸の絶間(たえま)にみゆるかなまだ解(とけ)やらぬおほ比えの雪 文化十四年

□此の歌は二條の橋にてよみたる歌なり。木や町より岡﨑へ帰る時、橋の上より川ばたの柳の間に比えの高ねがみえたるときの実景なり。「青柳」は、春云ふ名なり。夏も青柳なれども春を宗としていふなり。なれども、夏にもかりて云ふことあるべし。まだ芽をふかざる内よりして枝に青色を出すなり。それ故に青柳と唱へそめけるなり。「たえる」、糸よりきたる詞なり。糸は絶えるものなり。たえるは、きれるなり。「まだとけやらぬ」、糸より引つぱりていふなり。

○この歌は、二條の橋で詠んだ歌である。木屋町から岡﨑へ帰る時、橋の上から川ばたの柳の間に比叡の高嶺が見えたときの実景である。「青柳」は、春に言う名だ。夏の間も青柳だけれども、春を主として言うのである。そうであるけれども、夏にも(この詞を)かりて言うことがあるだろう。まだ芽を吹かない内から枝に青色を出すのである。それだから青柳と唱えはじめたのだ。「たえる」は、糸から来た詞である。糸は絶えるものだ。「絶える」というのは、切れるのである。「まだとけやらぬ」は、糸の方から引いて言った。

※どなたかこの景色の写真を送ってください。

239
山里のしのゝすだれの東雲にひまみえそめてうめが香ぞする
四五二 山里のしのゝ簾のしのゝめにひま見えそめて梅が香ぞする 文化八年

□此れも岡崎の歌なり。梅だらけにして桜の少き所なり。三十年も前には岡崎梅とて人々見に来りし事なり。時代のかはるは早きものなり。何分梅にふさはしき所なり。又古き所には岡崎の葡萄の棚といふこと、浄瑠璃あるなり。さればむかしありしと見ゆるなり。又ふぢの棚のこともあるなり。梅もその通なり。「しののすだれ」、即ちしのすだれなり。
しのゝめにかけるために「しののすだれ」を出すなり。此れなどは、かけずともよけれども歌はしらべにある事ゆゑに歌らしくするなり。
「しのゝめ」は目のあくることなり。目をさましたる所の名なり。其の人の目をかりて空のけしきにするなり。「万葉」には「しぬのめ」とあるなり。万葉時代には「の」が「ぬ」なり。今の都になりては、「の」になりたるなり。天然言語のうつりかはるならひなり。
「しの」「しぬ」は、物のしなびたる貌なり。「しぬの目のあけゆく空」とつかひたり。畢竟「あくる」といふことの枕詞なり。死ぬとふさぎたる目のあくることなり。それよりして色々と転じたるなり。延喜時代には、「あくる」の枕なり。「古今」には両様になりたり。

○これも岡崎の歌である。梅だらけで桜の少ない所だ。三十年も前には岡崎梅といって人々が見に来た事である。時代の変わるのは早いものである。何分梅にふさわしい所である。また古い所では岡崎の葡萄の棚ということが、浄瑠璃にある。だから昔はそれがあったとみえる。また「ふぢの棚」のこともある。梅もその通り(それと同じようなもの)である。「しののすだれ」は、即ち「しのすだれ」のことだ。
「しののめ」に掛けるために「しののすだれ」を出すのである。これなどは、(無理に)掛けなくてもいいのだけれども、歌は調べにある事だから歌らしくするのである。
「しののめ」は、目のあくことだ。目をさました所の名である。その人の目をかりて空のけしきにするのである。「万葉」には「しぬのめ」とある。万葉時代には「の」が「ぬ」である。今の都になっては、「の」になったのだ。天然に言語の移り変わるならいである。
「しの」「しぬ」は、物のしなびた相貌である。「しぬの目のあけゆく空」と使った。畢竟「あくる」ということの枕詞である。死ぬとふさいだ目があくことだ。それ以後色々と転じたのである。延喜時代には、「あくる」の枕詞であった。「古今」時代には両様になった。

240
みやこ人出でゝこぬまに山ざとの梅のさかりはうつろひにけり
四五三 都人いでゝこぬまに山里の梅のさかりはうつろひにけり 文化四年

□少しあたたまらぬと都人はこぬなり。岡崎実景にありしことなり。
○少しあたたまらないと都の人は来ないのである。岡崎の実景にあったことである。

※ここの「都人」は、景樹の仕えた貴顕の人々であろう。
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