さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

山下一路『スーパーアメフラシ』

2017年05月26日 | 現代短歌 文学 文化
この歌集は、何となくめくって見ているうちに、ほとんど目を通してしまった。

つぎつぎと夜のプールの水面を飛びだしてくる椅子や挫折が

歌のなかに「挫折」なんていう言葉はなかなか使えるものではない。この叙法は本物だと直感する。

ワタシ活用されてマス 新宿の朴さんに李さんに雨の群肝

この作品は、たぶん中野重治の「雨の降る品川駅」を下敷きにしている。「活用」ということばが示唆する内容は、労働疎外や搾取である。

それで解説をみると、かつて「氷原」で石本隆一の指導を受けたとあるから、歌歴は相当古いだろうし、短歌についても一家言ある人にちがいない。あとがきによれば、四十年ぶりの第二歌集だという。自ら語る履歴の概要の部分を引くと、

「学生運動引退後に企業戦士とか呼ばれる社会人となり、歌の世界から20年以上離れていたことや、10年前に歌人集団「かばん」に入会し、3.11以降には口語文体に変わったことも含め、自分にとっては第一歌集のように思えます。」とある。

暗闇に折りたたまれていた鶴をほどくと鉛 三月の空

※「鉛」に「なまり」と振り仮名。

これは少し前に流行した藤原伊織の小説を思い出させる歌で、結句の「三月」にはさまざまな思いがこめられているだろう。こういう作品で押していくこともできるのに、作者があえて選び取ったのは、ユーモアを重んずる「ポップ」な言葉遣いである。しかし、「特養にて」という一連などは、おもしろいけれどなかなかまじめな気持でつくられていて、技術的にも完璧である。

父母への挽歌なども、ユーモアを交えている分、むしろ非情な視線を保っており、その抑制ぶりと感傷拒否の姿勢はあきらかである。ただ、それがいいのかどうかは、わからない。

電力のムダです父さん夜明けまで点けっぱなしでスターチャンネル

南天をついばむ鳥を追うような残尿感で父は逝きたり

  なかなかこうは言えないし、悲しみの吐露を抑制したぶん、後になって次の歌のように滲み出てくるものがある。

 死者との交信はすすんでますか 百円で買った富士山の水
 
 パーマネント・プレスされた父さんの背広を窓にぶら下げてみる

  死者との交信は、何となく埴谷雄高の小説の一節を踏まえているかとも思う。この歌の「父さん」には、「父さん」と呼ばれている自分も入っているかもしれない。

逃げ道が樹海のようにひろがった早朝会議のフローチャート図

  樹海も富士山と関係があるから、作者の想像力が働く時の表現の無意識のようなものと富士山は縁がある。こういういくつかの線をさぐって、この歌集を読んでみる楽しみは、まだまだあるだろう。

さいごになかなか深刻でわさびの効いたアイロニーの感じられる連作三首を引いて拙文の結びとする。

出入り口のおなじ改札がふさがれて乗越え方をだれもしらない

なによりも自分自身は自分で守る憲法違反のようなマニュアル

特快はもうありません酸素ボンベわすれた人は帰ってください

三首めは、近年の介護の等級見直し等に関する国の施策を扱ったものだろう。二首目も渦中の話題である。今は諸大国も含めて一国の首相がブラフを投げる時代だ。このぐらいな辛口の返しがあってもいいのである。  (27日改稿)
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