さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

木島始『本の声を聴く』と、宮本常一『民俗学の旅』

2017年05月11日 | 
 本についての本で、これに並ぶような本は、なかなかないと思う。副題が「書物逍遥百五十冊」となっている。逍遥だから、気の向くままに話題は動く。清潔で自由な言葉の集まりなのだ。

 尻に火が付く、という言葉がある。そんな感じに本を読まなければならないとしたら、それはかなり不幸な状況である。試験前の学生さん、みたいなものだ。本を読む時は、「逍遥」気分が一番だろう。

 だから、この本は幸福な本である。取り上げられている本どもも、きっと幸せなのにちがいない。本の「声」を「聴く」、ということは、要するに私が<傾聴、静聴、謹聴>のどれかに当てはまるような態度で本に接するということだ。本の言葉のうしろには、現実の著者がいる。良く「聴く」ためには、その相手に対する礼節が必要である。

 木島始の本のよろしさは、そのような根本的な礼節が、ひとつひとつの文章から感じられるということである。以下は、小野二郎の著書からの木島始の引用である。

「芸術というものは、生活の必需品であるはずだ。」

「人間にとっての『用』は、絶対に人が人を支配する要素を含んではならない。」

「『美しい』ということも、あるいは『実用性』そのものも、人間社会では、常に他を抑圧する道具になる。だから『用』にはむしろ、『遊び』が含まれていなければならない。」

「自分の発見した人と物の関係が人と人との関係を新しくし、人と人との関係が新しくされれば、物は違った相貌で立ちあらわれてくる。その新しさの感覚、驚きの感動がすなわち快感である。」 
                                     (以上、小野二郎)

 小野二郎は、思想は「趣味」のなかにしかあらわれないという信念を持ってウィリアム・モリスのことを語り続けた人である。「趣味的」という言葉を一段下に見下げるような考え方をとらなかった。だから、真剣な生活の中に「趣味」があり、「芸術」も存在するのだという事である。

 いま不意に中井正一のことを思い出した。それから戸井田道三の名前も。戦後の思想のなかで遺産となるものを考える時、この生活と芸術についての思想が大きな比重を占めるのではないだろうか。

私は平成も後半に入って、日本全体で行政の文化的な企画力と構想力が落ちていると思う。自分の事は棚に上げておいて言うと、まず圧倒的に勉強不足で無教養であり、定見がない。予算が削られてしまっているせいもあるが、その原因としては、基本教養無視の風潮が社会全体に徹底してしまったことがあげられる。インターネットは、それに拍車をかけた。「種子法」の廃止のような大失態を恥じない官僚や政治家が出て来てしまったのも、これと関連する。種子法が、ほとんど話題にならないこと自体が、実に深刻であると思う。改憲の問題よりも、こちらの方が国民の今後の生活に直結している。私は遺伝子組み換えのハイブリッド米など食いたくはない。

宮本常一の『民俗学の旅』という本を起きてから見ていた。大阪府の嘱託になって、宮本は戦中戦後のしばらくの間、府民を飢えさせないために人々の間を歩いて回った。敗戦後の日本をどうしたらいいのか。こんな言葉を残している。

「ただ戦争反対、軍備反対と叫んだだけでは戦争はなくなるものではない。一人一人がそれぞれの立場で平和のためのなさねばならぬことをなし、お互いがどこへ行ってもはっきりと自分の是とすることを主張し、話しあえるような自主性を持つことであり、周囲の国々の駆け引きに下手にまきこまれないようにすることであろう。そしてそれを農民の立場から主張してゆくには、食料の自給をはかることではないかと考えた。食料を自給し得ている国は外国の干渉を排除することができる。それは今日までの歴史を見ればおのずから肯定できる。農民としてなさねばならぬことは、より高い生産をあげ、まず国民の食料を確保するように努力すること。次には国民の一人一人が安定した生活ができるような道をつけていくことだと考えた。」

 これが戦後の初心である。食料自給を真剣に考える事が地域振興につながり、地産地消の徹底が、過疎や高齢化の問題の解決にもつながる。

再び話は三月の国会のことに及ぶが、ただでさえ生物遺伝子の蓄積で遅れをとっている日本が、「種子」の「ほ場」整備のための法律を廃棄してしまったというのは、いったい当局者の連中は何を考えているのか。これは、近世から近代、そして戦後の日本の歴史についての知識がないからだろう。また、民俗学も歴史学も詳しく学んだことがないからだろう。さらに専門分化した学問を収めながら、それを統合して自分の頭でものを考える知性を養って来なかったためだろう。

今こそ宮本常一や、木島始の推奨する本を読んでみよう、ということである。

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