裁判員法の廃止を求める会

我が国の刑事司法を崩壊させる裁判員法の廃止を求めます

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

裁判員法を廃止しよう (2/2)

2008-06-26 03:08:16 | Weblog
〔1/2より続く〕

〔裁判員制度は刑事裁判のワイドショー化である〕
いわゆる「セレブ妻殺人事件」など到底「数日」(最大五日ということ)で終わらない。ああした裁判の裁判員に選ばれてしまったらどうする?。MSN産経ニュースは、ネット上で裁判の実況中継なるものをやり、それらを元にネット上で「あなたの判決」を募集した。これは裁判のワイドショー化であるが、こそ、裁判員裁判の実態である。逆に言えば、そうしなければ、専門的訓練も知識経験も何一つなく、資質による選別も制度上認められていない裁判員が裁判をするなど、不可能である。

〔最高裁ともあろうものが、こんなデタラメを言っていいのか〕
裁判員制度の広報をみると、事実認定は難しくない、誰しもが日常やっているのと同じことだ、という説明がある。我々はあの人はこうだ、あの取引先はああだ、といった判断を確かに日常的に行っている。しかし、それが自分の仕事にかかわることであれば、そのリスクを自分が負う。誤判による不利益は自分が負う。だから真剣になる。仕事なら経験の蓄積がある。

一方近所の噂話は全く無責任だ。間違えたところで、誰も責任を負わない。その噂話で人を傷つけても誰も咎められない。
(意図的なデマは名誉毀損の訴えをおこされるかもしれないが)。裁判員は、判決書を書かず、署名もしない。名前も公表されない。全く無責任なのである。つまり、裁判員となって法廷に出て、評議において有罪無罪、有罪なら刑は、という議論をするとしてもそれは基本的には近所の噂話しをするのと、責任においては変らないのである。

〔最高裁は、国民の司法への信頼を裏切った〕
3300件の背後には、それ相当の被害者があり、最低同数の被告があり、それぞれの背後に家族関係者がいる。その人たちの人生が、また国家社会の秩序がかかっている、重大刑事裁判を、あたかも弄ぶがごとく扱うことが許されるか。

裁判員法第一条は、制度の趣旨を「司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に寄与する」こととしている。まるで重大刑事裁判を国民学校のように扱っている。真実の発見、適切な刑罰、それらによる正義の実現、人権の保障、といったどれ一つとっても、厳粛な事柄が「民主主義の学校」といった感覚で扱われている。冒頭に述べた最高裁の不正も含め、裁判員制度は司法の権威、国民からの信頼を著しく損なったといわなければならない。

特に、実施のための実務的事項をつめれば詰めるほど、制度矛盾が露呈し、広報すればするほど国民から嫌われている制度である。附則二条二項を利用して、実施を凍結することも可能であるのに、無理して強行しようとするのは、面子以外の何者でもない。そういう最高裁の体質は、国民の司法への信頼を失いこそすれ、高めるものとは決してならない。

しかも裁判員制度は、違憲の巨塊である。違憲立法審査権を有する最高裁自らその制度推進の旗振りをして国民を騙すなど、許されてよいことではない。

〔保守と呼ばれる人たちの陥りやすい誤りについて〕
保守の人たちは自衛隊違憲論を思い出して、違憲論を正面からかかげて裁判員制度に反対することに躊躇するかもしれない。しかし、憲法の規定如何にかかわらず、国防そのものは憲法以前の問題であり、高度に政治的な課題である。自衛隊問題は、敗戦に伴う国際権力構造のなかで自国の独立を維持するというまさしく政治そのものにかかわる問題である。

裁判員制度は、それを実施しなければ国家が崩壊する、という問題ではない。制度導入の趣旨をみても、いまの刑事裁判がどうしようもなく駄目だから、社会秩序、正義、人権擁護を実現するために導入する、とは書かれていない。むしろ導入することが国家秩序の崩壊の端緒となる制度である。そうした制度をどうして憲法に違反してまで導入するのか。

現憲法への評価とは別であることが認識されなければならない。
ことは立憲制の危機なのである。
国家機関の権力行使の手続き、限界を定め、国家機関相互の関係を定め、国家権力の恣意的行使を許さないことで、個々の国民と民族共同体の有機的存続と権利保障を確実にする智慧である立憲制の危機でもあるのだ。

今年の日弁連会長選挙では、裁判員制度廃止を主張する高山俊吉氏が7049票を獲得した。去年は3698票だったことを思えば、裁判員制度への反対票が積み増されたとみるべきだ。弁護士会でも疑問の声が挙がっている。裁判官、検事も本音は反対のはずだ。司法の専門家なら裁判員制度が成り立つはずのないことはわかるはずだ。

実施三年後の見直し規定があるし、変な判決になっても高裁があるからそこで是正される、という密かな思いがあるのではないか。しかし、その三年間、被害者と被告と関係者および裁判員とその候補者は最高裁・法務省・日弁連の顔をたてるためだけに苦しまねばならない。また裁判員の加わった地裁判決は高裁では考慮しなくてよいのなら、何のための一審なのかわからない。

前述の高山俊吉氏は、元青年法律家協会の議長である。つまり左翼だ。これをもって裁判員制度は左翼が反対しているから、国のためには良い制度ではないか、という人がいる。ではNHK受信料不払いはどうか。中村燦元独協大教授が取り組んでいるが、共産党もやっていたではないか。部落解放同盟と一番戦っているのは共産党ではないか。鳥取県で人権擁護条例ができたとき、これに正面から反対したのは鳥取弁護士会だがこの会長は共産党である。

たしかに物事には、あの人たちが賛成するなら、反対するなら、こちらは反対だ、賛成だ、ということで片付けていいものもある。しかし、左右の立場は違うが共に反対、賛成というものもある。裁判員制度はそのよい例である。

紙数の関係で、違憲論を詳しく述べることはできなかった。私も一員として加わっている「裁判員法の廃止を求める会」は、今年の憲法記念日を前に、『国民よ、裁判員制度の宣伝にだまされるな』と題する小冊子を発行した。一部200円(送料別)

この小冊子で指摘した違憲論をすべて克服しない限り、裁判員制度は最高裁が自己の職分である司法において、率先しておこなう違憲の公権力行使となる。ご一読をたまわれば幸である。

連絡先 電話 03―3263―6041 高池法律事務所
*****引用終了***********************************

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 弁護士の隣に被告席 | トップ | 裁判員制度を廃止しよう (1/2) »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL