つれづれ

名古屋市内の画廊・佐橋美術店のブログ

下村観山 軸 蜆子 (けんす)

2017年01月03日 | 下村観山

いつの頃からか、私は下村観山の作品が大好きになりました。

特に晩年の歴史的、あるいは逸話のなかの登場人物を描いた作品に

心惹かれます。画家としての素養はもちろんですが、たぶん観山自身が

目指した人としての徳の深さ、心の寛さに憧れを抱いてのことだと思います。

 

以下桑山美術館さん所蔵の観山作「蜆子」の作品紹介から引用させていただきます。

 

 

 

 

  下村観山 「蜆 子」(しもむらかんざん「けんす」) 1921年(大正10)頃

 

 下村観山(1873-1930年)は和歌山市の生まれで幼くして狩野芳崖に入門、のち橋本雅邦に師事し東京美術学校の開校と同時に入学。同級に横山大観、西郷孤月らがいた。卒業後、同校の助教授となるが、岡倉天心の辞職に伴い大観や菱田春草らとともに日本美術院の創立に参加しのちに教授に復職。卓越した技法と東洋画への深い洞察から、穏健な画風による数々の名品を残した。

 画題となる蜆子和尚は中国唐末~五代頃の禅僧で、年中1枚の衲衣(のうえ)をまとい、俗に交わり蝦(えび)や蜆(しじみ)を捕って食したといわれ、片手に蝦を掲げ、他方の手にたも網を持つ姿は禅宗絵画の好画題としてしばしば描かれている。

 

 

 

 

 

当店のこのお軸を先にご紹介させていただいたお客様から

こんなご感想を頂戴いたしました。ご許可を得てご紹介させていただきます。

 

 

作品の人物の表情・服の線描、そして箱書きの書体等、全て観山らしい作品ですね。

落款から、大正後期から昭和初期にかけての感じでしょうか。

とても上品な佳品で心より感動致しております!眼福です! 

 

 

人と人との摩擦のあまりにも多い現代社会では

徳の高い禅僧こそ俗世間にまみれて生きていくのだ 

というこの画題さえも重い理想になってしまうのかもしれませんが

どんな時代にも

人はみなこの作品に描かれているような、深く優しい眼差しを自身に持ちたいと誠実に願い

生きているように私には思えてなりません。

 

 

眼福!

お正月に相応しいとてもよいお言葉を頂戴いたしました。

このお客様には復古大和絵の松岡映丘、浮田一蕙、冷泉為恭、

そして吉川霊華、西郷孤月やこの観山など様々な画家の作品の「見直し」の機会を頂いています。

お客様との出会いが私達に新しい画家、作品との出会いをもたらせてくださいます。

今年もどんな作品に出会えるか?楽しみにしております。

 

 

下村観山 軸 「蜆子」 共箱  143.4×50.2㎝ 東京美術倶楽部鑑定書有り

 

 

 

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