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随筆「文、ぶん、ブン」の(三)

2016年10月14日 | 随筆

“そこに立つ”

 毎年夏には石見の地へ。暑い京都を避けるのか、逃れるのか、とにかく「避暑や」と格好づけしながら、そそくさと高速を400キロ西へ移動する。海沿いの、それこそ立派な“田舎”であるが、昔、国府が置かれ、国分寺も近くに残り、歴史がある。木造二階建て、大きな石垣の庭が日陰を作り、浜風を呼んでくれるので過ごしやすい。実際には窓を締め切った木造建築はすべてを開け、風を入れてやらないと、いっぺんにやつれてしまう。だから管理を兼ねて避暑しているのであるが、この集落には同じように独特の光沢のある赤や黒の“石州瓦”を葺いた大きな家が何軒も空き家で放置されている。いま、東京近辺でも、全国あちこちに見られる空き家問題。ここもそうなのだ。“ええ加減な空き家の持ち主”、それを言われるのも癪なので、“うちは、放置じゃないぞ”と一か月以上滞在している。             ◇

 着くなり、すべての扉の類を開け放ち、浜風を通す。拭き掃除をしてやると、それまでムッとした空気に窒息しそうだった障子や襖、畳に柱たちが喜んでいるようだ。特に二階の八畳には海辺からの風が気持ちよく入ってくる。クーラーなんぞなし。蚊帳を吊って大の字になって安眠できるのである。これが楽しみで来ているのかもしれない。もう一つの楽しみが、早朝のキス釣りである。ここでは朝五時にはサイレンがなる。ワクワクするのである。かなり大きな音で、人々を起こす。漁村の名残なのか。

時報と言えば昼前の十一時と夕方の六時にはチャイムが鳴る。昼は、大人たちにランチ用意を促し、夕は外で遊んでいる子供たちに「もううちに帰りなさいよ」とドボルザークが告げているのかも知れない。しかし、漁師は減って港に十隻に満たない船。日暮れまで道端や浜で遊んでいる子は皆無である。子供の姿はめったに見ない。数が減っている上に家の中で、液晶画面を見ているのかもしれない。ここへは三〇年ほど前からだが、この三つの時報はすでにあった。非常に正確であったが、ことしは、一分以上ずれていた。係の人が時計の調整にずぼらをこいているのかな、と思ったりした。

 釣り人は夜明けが勝負なので、サイレンが大事なのである。鳴ってから起床してはいい場所は確保できない。鳴ったら、それは出かける時、いや浜に出て海況を確かめる時である。八月になるとまだ薄暗いのにである。                                                         (つづく)

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