今日の続きは、また明日

毎朝、カメラ片手の散歩で撮った写真を気の向くままに・・・

今日は果ての二十日

2016年12月20日 | 徒然なるままに
天気は下り坂・・・薄曇りです。


下弦の月は明日ですね。


ツグミ


アオジがすぐ近くに飛んできました。


ダイサギ


カワセミ、男の子です。・・・昨日もこのあたりで会いました。



カワラヒワ


いつものカワセミ


これは、また別のカワセミ


スズメ


見出しの写真です。


シメ


これも、別のカワセミ、今日の4羽目です。

ダイビングして魚を獲ったんですが・・・写真は撮れませんでした。

ビワの花


枇杷というと初夏に実が熟しますので、夏の季語なんですが、
枇杷の花は、今頃咲くんですね。ということで冬の季語なんです。

「枇杷の花らしからぬこの純白は」(夏井いつき)

「冬の日をひそかにもれて枇杷の花」(菅沼曲翠)

今咲いた花が、半年近くもかかって、実になるんですね。




今日は「果ての二十日」

去年も書いたんですが・・・手抜きでそのまま再掲します。



12月も中旬が終わり、いよいよ歳の瀬ですね。

この[瀬」とは、「淵」の対義語で、淵は水が深くてよどんでいる処に対して、歩いて渡れる浅い処をいいます。

その意味から転じて、「立つ瀬がない」「浮かぶ瀬」「逢瀬」などと、場所、立場、拠り所、場合、機会の意味で「瀬」という言葉が使われるようにもなり、さらに、最後の拠り所ということを指す意味の「瀬」から、1年の最後を「年の瀬」と呼ぶようになったと言われいます。

同様に、12月を師走と言いますが、よく言われている説は、僧侶(師は、僧侶の意)が仏事で走り回る忙しさ(しはす=師馳す)からですが、他にも、「年果てる=年果つ(としはつ)」、四季の果てる月「四極(しはつ)や1年の最後になし終える意味の「為果つ(しはつ)」等から「しわす」に変化したなどという説もあります。

坊さんが走り回るからより、年や四季が果てるからと云うのが情緒がある感じですね。

この12月の別の呼び名に「果ての月」があります。

特に今日は「果ての二十日」と呼び、忌み日として身を慎み災いを避け正月準備や祝事を控えていました。

由来には諸説あるようですが、京都では、この日に罪人の処刑が行われたからというのがあります。

渡辺綱が鬼女に会い,腕を切り落としたといわれる,京都の一条戻橋に罪人が立ち寄り,餅と花を供えて,次にこの世に戻ってくるときは真人間になれと申し渡され、刑場に向った日です。

この日、山の神に深く関る忌み日ともされ、この日に山に入ることが忌まれる地域もあります。

和歌山と奈良の県境の果無山脈では、皿のような目を持つ一本足の妖怪一本ダタラが12月20日の日だけ現れて、遭遇することがあるので、山に入らない忌み日とされています。果無山の果無の名の由来は「果ての二十日」に人通りが無くなるからだともいわれています。

他にも、山姥が洗濯をする日なので山越えはだめとか・・・

諸説ありますが・・・暮れの慌ただしさの中で、一日ぐらい休みを取る、先人たちの知恵なのかもしれませんね。


今日の空です。いかにも「果ての二十日」っぽいでしょう。




では、今日の続きは、また明日(^_^)/~






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