時のうねりのはざまにて

歴史小説もどきを書いてみます。作品と解説の二部構成で行こうと思います。

総目次

2010-02-08 23:06:31 | このブログの構成
蒲殿春秋(四百五十九) 2/8 up
福原陣立て(戦闘開始直前)〜一の谷の戦い布陣図〜
福原陣立て 戦闘開始後1

このブログの構成
小説蒲殿春秋目次1 目次2 目次3 目次4
蒲殿春秋解説目次
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日記・軍記物目次 この時代を描いた軍記物や日記等の古典・原典に関するあれこれです
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蒲殿春秋(四百五十九)

2010-02-08 22:58:35 | 蒲殿春秋
一の谷口の平家軍は早くも壊滅状態となっていた。
側面の奇襲と背後からの攻撃を受けているところに、前方から続々と敵兵が侵入してきたのである。
鎌倉勢は炎をかけながら殺戮を繰り広げる。
悪七兵衛景清、越中次郎兵衛盛嗣などの累代平家に仕える猛者たちは何とか踏みとどまり鎌倉勢と組み討ちを挑む。
しかし、この一の谷口にいた兵の多くは近隣から集められた駆り武者の方が多い。
自軍が不利と分かると、蜘蛛の子を散らすかのようにこの戦場を去っていく。

一の谷口に上がる炎を見た海上の平宗盛は兵達を救済すべく小船を須磨の浜に出すよう命じた。
しかし、この救出作戦は見事に外れた。
命助かりたい駆り武者や雑兵が将たちを放り出して真っ先に小船に乗り込んだ。
一つの小船に多くのものが飛び乗った。
そのため転覆したり沈む小船が後を絶たない。
先に乗り込んだものは自分の命を守るため後から乗り込もうとするものを蹴落とした。
そうやって辛うじて転覆を免れた小船に乗ったものだけ船団に乗り込んだ。
弓や刀では死なない者の多くが海に命を吸い込まれていった。

この船への人々の殺到は一人の平家公達の命を奪った。
三草山から只一人福原に戻った平師盛である。
師盛は早めに戦線を抜け出して小船にのって平家の船団を目指した。
命助かりたいと必死に飛び乗った大男によって師盛が乗っていた船は転覆した。
鎧に身をつつんでいた師盛は沈みそうになる体を必死にこらえて波間を漂っていた。
そこへ、東国武士が馬を泳がせて追いすがってきた。
その武者によって師盛の命は奪われた。まだ十四歳だった。

須磨の浜でも一人の若武者が命を落とした。
その若武者が浜辺に来たときには既に小船は殆ど浜にはなかった。
そして船団は沖合いへと去っていく。
遠ざかっていく平家の船団に向かって必死に馬を泳がせている一人の若武者。
上等な鎧直垂を着し、金作りの太刀をはいている。
その若武者はひたすら海に向かって馬を泳がせる。
だが泳がせても泳がせても味方の船に追いつくことはできない。

その若武者を呼び止めるものがいる。
扇を振って浜辺へ戻れと呼び止めている東国の武者一人。
我と戦えという意思表示をしている。
若武者は浜へ戻った。
戻るとすぐに組討ちが始まった。
若いとはいえ公達育ちの少年は、血で血を洗う闘争を繰り返してきた坂東武者には叶わなかった。
すぐに坂東武者に組み伏せられた。

功名にはやる坂東武者はその若武者に止めを刺そうと刀を抜いた。
坂東武者は今討とうとしている敵将の顔を見る。
その時坂東武者の手は一瞬止まった。
討たれようとしている若武者が討とうとしている坂東武者の子と同じ年頃に見えたからである。
━━ 助けてやろうか?
そのような思いが一瞬坂東武者の脳裏によぎる。

だがその時この坂東武者と同様に功名手柄にはやる男達が背後から次々とやってくる。
「御免!」
というと坂東武者は若武者の首に手をかけた。

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蒲殿春秋(四百五十八)

2010-02-04 22:02:41 | 蒲殿春秋
その頃生田口を守る平家の将平知盛は不安を覚えていた。
生田の逆茂木の向こうからやってくる矢の数が一向に減らないのである。

━━ 敵は一体どのくらいの装備をしてきたのか?
ふと弱気が心の内を通り過ぎる。

一方こちらの平家方はといえば矢種がもう尽きようとしている。
逆茂木が騎馬の行く手を阻もうとも、矢が来ないとなれば敵は徒歩の者を使って逆茂木をどける。
矢があるからこそ逆茂木の破壊を防げるのである。

一方生田の東の鎌倉勢も敵の矢種を気にしていた。
生田口の中に進入したくとも逆茂木が騎馬の行く手を阻む。
その逆茂木をどけなければその先へと進めない。
だがその逆茂木をどけようと歩兵を近づけるとその向こうから矢が歩兵目掛けて飛んでくる。したがってうかつに歩兵を逆茂木に近づけさせることができない。

歩兵を守りながら集団になって敵地に侵入を試みるのだが中々逆茂木を撤去するまでには至らない。
そのような戦いがもう既に一刻以上続いている。

だが、矢というものは無尽蔵にあるわけでない。
しかも敵は三方を山に囲まれたところに籠もっているのである。
矢が尽きたら補給はむずかしい。
敵の矢の数が急に減少した時、それが突入の頃合となろう。
源範頼も、梶原景時も、そして大手に属する多くの御家人達がそのように考えている。

しかし、範頼と景時は敵に補給の可能性があることを懸念している。

大和田泊に浮かぶ平家の船団の存在が気にかかるのである。
船は多くの物資を載せることが可能である。
その船に大量の矢種があるとしたならば陸上の平家にそれが補給される。
そうなると平家が放つ矢が尽きるまでには相当の時間がかかる。
逆にこちらの矢種が尽きるであろう・・・

平家方、鎌倉方からは未だに多くの矢が放たれる。
生田口では戦線が完全に膠着している。

一方その頃福原の中央部の湊川近くでは異変が起きていた。
山手口からの敵の侵入を許した平通盛であったが、通盛は手勢を率いて攻め寄せる安田義定や多田行綱らと戦っていた。

だが、その戦いの側をするすると通りすぎる一隊があった。
最初に山手口を落とした攻めて今湊川で戦っているのは山手口の先陣にすぎない。
細い山道を通って行軍する軍勢である。
あとからあとから細い道の向こうから新たなる軍勢が現れるのである。

その後続の軍勢は平通盛には目もくれずに湊川を南に下る。
やがてその軍勢は大和田泊の近くに達する。
彼等は弓の射程距離内に平家の軍船を捕えた。

平家の軍船は平家の赤い旗をなびかせている。
その旗に向かって山から現れた軍勢は一斉に火矢を放つ。
あわてて軍船からも矢が放たれるがその矢を掻い潜るように騎馬武者は走っていく。
そして一番近い船に火矢を、そして松明を投げ込んだ。

大和田泊の近くに泊まっていた船が何艘か炎に包まれる。

それを見た他の船たちは一斉に綱を引き上げ沖へと逃れていく。

船団の損傷を最小限に引き下げるためである。
しかしこのことが平家一族にとって大きな悲劇を産むことをこの時は誰も予想していなかった。

福原陣立て 戦闘開始後1

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蒲殿春秋(四百五十七)

2010-02-03 20:58:45 | 蒲殿春秋
一気に崖を下り落ちる騎馬武者たち。
恐怖を必死の思いで抑えながら下へ下る。途中わずかばかりの平地があり武者たちはいったんそこで休息を取る。
彼等は上を見た。
先ほどまで自分達がいた場所が後ろの絶壁のかなた上にある。
もう上には戻れない。だがまた同じ恐怖を味あわなければ下にたどり着くことは出来ない。

疲労と恐怖にあえぐ武者たち。

そこに朗らかな声が一つ鳴り響く。
「この程度の坂、大したものではないわ。
我が三浦等はこのような坂は日頃馬場の如く駆けておるわ。」
相模国三浦一族の一人佐原義連の発した言葉である。
舟が多く出入りする海と急峻な山を抱える三浦一族にとって急な坂は身近な存在である。

その一言を発して周りの者達を励ますと今度は佐原義連が先頭を切って崖を下り始める。
義連に誘導されるが如く他の武者達も下へと下り始める。

やがて崖の終点が目の前に迫る。

崖を下りきらぬうちに義経率いる一隊は鬨(とき)の声を高らかに上げる。
彼等の発する声は崖を伝って大きく広がり、何千騎もいるかのような声に広がった。

突然の鬨の声に平家方は驚く。
その方角を見るとありえない場所から武者たちが降ってくる。
その近くにいたものたちは何が起こったのかわからなくなっている。
呆然としている平家の兵達に矢の嵐が飛んでくる。

その嵐の向こうから今度は炎の波が押し寄せてくる。
下ってきた敵が火を放ったのである。

たまらずに逃走を始めるものが一人二人とでてくる。
その逃走者たちはやがて集団となっていく。

側面からの不意打ちに動揺する平家方の武者たちは今度は背後からの敵に脅かされる。
一の谷を固める平家勢の背後に回りこんだ別働隊の主力がこの動揺に付け込むかのように一気に攻撃の手を強めたのである。

義経率いる別働隊の主力と険しい崖を下ってきた遊撃軍に翻弄された一の谷口の平家勢は混乱に陥った。
西の木戸口では、未だに土肥実平率いる一の谷攻め主力と戦っている最中だった。
しかし、やがて後方の混乱の影響が現れてくる。

その様子を知った土肥実平は総攻撃の指示を出す。
櫓と逆茂木に固められている一の谷の西の木戸口は鎌倉勢によって一気に打ち破られた。

福原陣立て 戦闘開始後1

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福原陣立て 戦闘開始後1

2010-02-01 05:18:27 | 地図
山手口が破れて、一の谷口で義経が逆落としを決行したと思われる頃。
(「玉葉」にまず山手口が落とされ、次に一の谷口が落とされたとあります。その想像図です。)

戦闘開始直前

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蒲殿春秋(四百五十六)

2010-01-31 05:04:25 | 蒲殿春秋
切り立つ崖の際に佇む源義経はその奈落の下を覗き込んだ。
眼下には平家の赤旗が幾筋も流れている。
この崖の真下に一の谷口の平家の本営がある。

義経はここに着いたとき道案内をしてくれた鷲尾三郎に尋ねていた。
「ここがその獣道か?」
と。
鷲尾三郎は無言で頷いて答えていた。

卯の刻に始まった一の谷口の戦いも間もなく一刻が過ぎ去ろうとしていた。

義経の戦況をじっと見守ってきていた。
その義経は一の谷の東側を見つめている。

やがて一の谷の平家の陣の後方に異変が起きた。
前夜から行軍していた別働隊が平家の陣の背後に回りこみ攻撃を仕掛けてきたのである。
一の谷の西の木戸口にばかり気を取られていた平家の軍勢は東からの現れた軍勢に対して動揺を見せている。
その動揺の中平家は新たなる敵と戦っている。

その時が来た。

義経は彼が率いた僅かな手勢に命じた。
「この道を下り平家に攻撃をする。」

あらかじめ自分達の行なうべきことを聞いていたつわものたち。
だが、夜が開け視界が開けると今から下る道いや崖の険しさをみて慄いた。
坂という程度のものではない。
まっ逆さまに下に落ちていくような「道」である。
その崖を今から下るのかと思うとためらいが走る。

その様子を見て義経は傍らの人物に尋ねる。
「鷲尾三郎。この道は鹿が通るのか?」
鷲尾三郎は返答する。
「はい。鹿はよく通ります。」

その言葉に義経は心強くうなずき、そして兵達を大きな声で励ました。
「鹿が通るならば馬も通れるはずである。
ましてや人が操る馬である。
下れないわけなどあるまい。」

義経は兵達の顔を見回した。
「方々、我に続かれよ!」
そういういうと義経は馬首をめぐらして一気に崖を駆け下りた。
颯爽と下る将に佐藤兄弟が、伊勢三郎が、武蔵坊弁慶が、そして東国の武者達が続いていった。

福原陣立て 戦闘開始後1

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蒲殿春秋(四百五十五)

2010-01-28 22:51:20 | 蒲殿春秋
それは山手口で起きていた。
この口は甲斐源氏安田義定、そして摂津国住人多田行綱に率いられている。

夜明けと共に山手口目指して義定らは山道を着々と進撃する。
その進撃の早さに山手の将平通盛、侍大将越中次郎盛俊は狼狽する。
━━ 隠し兵は何をしている。

彼等はそれを疑問に思った。
山道を越える敵軍に山中に隠しておいた兵達が襲い掛かるはずだった。
細い山道をほぼ一直線に進軍する軍勢には側面からの攻撃が何よりも有効。
そのための隠し兵。
敵は分断され大混乱に陥るはずだった。
それがかなわずとも敵の足止めにはなるはずだった。足止めしている間に次の策を講ずることができる。
しかし、何の障害も無かったかのように敵は進撃してくる。

一方安田義定はゆうゆうと兵を進める。
前夜のうちに隠し兵がいそうなところに自軍兵を送り夜明けの前にその隠し兵を全て切り殺していた。
従って現在進軍する義定らを襲う兵など皆無である。
山の戦に慣れている安田義定、地元の地勢に詳しいものを沢山配下に加えた多田行綱にとって
平家が用意した隠し兵の場所を察知して事前に始末しておくことくらいはたやすいことだった。

義定は敵陣の近くに来ると兵の歩みを止めた。
山からは下りない。
山中の足場の良いところに兵を送り山麓に陣を構える敵陣目掛けて一斉に矢を射掛けた。
平家も矢を放って応じるが、低い場所から打ち上げられる矢は山上にいる敵には届かない。
片や高さを生かした安田勢が次々と山の下に放つ矢は誤り無く敵兵を射殺す。
低いところから放つ矢は高いところには届きにくい。
一方高いところから射抜く矢は落差も加わり威力を増して敵陣に届く。
山の戦い方を知り尽くした義定が率いている攻撃軍。戦う前にすでに勝敗がほぼ決まっていた。

平家の防衛線は次第に後ろに下がっていき遂に、通盛、盛俊らのいる本陣も敵に脅かされてる。
そして大音声を放ちながら甲斐源氏そして摂津源氏の兵達が山から下ってくる。
彼等は手に手に赤赤を燃える松明を手にしている。

平家の山手口本陣はたちまち紅蓮の炎に包まれる。

平家の軍勢はたまらずに海に向けて撤退を始める。
だが、平家の戦意が消失したわけではない。
湊川沿いに撤退したものの大将軍平通盛らは途中で踏みとどまり、
山から攻めてくる敵を食い止めようとしていた。

その軍勢に対して安田義定と多田行綱は再び挑みかかる。
戦いはしばらく続く。

一方、一の谷口の近くの山上にいる源義経は自らがそろそろ動く頃合いが近いことを予感していた。
義経は戦況をじっと見守っている・・・・

一の谷布陣図

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蒲殿春秋(四百五十四)

2010-01-26 21:42:06 | 蒲殿春秋
一の谷口も夜明けと共に戦闘が開始された。

そこでも先陣争いが起きていた。
武蔵国住人熊谷直実は先陣をとらんと前夜から敵陣に乗り込んでいた。そして夜中に先陣の名乗りを上げていたのだが敵からは応答がなく、彼の先陣を証言する味方もいないため一旦敵陣の外に出た。
平山武者所季重は成田五郎と様々な駆け引きをしながら夜明け前に敵陣の前にたどり着いた。
この熊谷、平山の両者は夜明けと共に我こそは先陣をつとめんと敵陣向かって突進していく。
前夜から先陣の名乗りを上げた熊谷直実にあきれながらも平家の武者達がこの先陣を争う二人の相手をする。
平家方の武者が出撃する為に一瞬逆茂木が開く。その僅かな刹那に平山季重が敵陣に飛び込む。

熊谷直実と平山季重の後ろからも功名手柄をたてんとはやる坂東武者たちが続々と現れる。
狭い道を掻き分けながら鎌倉方から数騎ずつ押し寄せ、迎え撃つ平家かたも名だたる勇者が少しずつ逆茂木の向こうから狭い道に現れる。
一の谷口の戦いは、横一線に双方から大勢が押し寄せる生田口の戦い方とは違い、両陣営の間を結ぶ細い道において両陣営から数十騎づつ現れ少ない人数で戦うことになる。

平家が陣を構える一の谷口と土肥実平率いる軍勢が滞在する塩屋の間にある道は生田口と違って山が海の近くまでせり出しており大勢の武者が一気に押し寄せることができない。
よってこちらは大手のように双方とも大集団で押し寄せて戦うというわけにはいかないのである。
さらにその狭い道に平家は逆茂木や櫓をたてて敵の侵入を防ごうとしている。
狭い道に矢が飛び交い山と海がすぐそばに迫る場所で源平両者が赤旗白旗をなびかせながら血みどろの戦いをしている。
こちらも鎌倉方、平家方双方譲らず互角の戦いをしばらくつづけることになる。

その様子を険しい山上から一の谷口の大将軍源義経は見つめていた。
その義経に突き従うものはわずか三十騎ほどでしかない。
道幅の狭い場所を攻めあぐねている自軍の様子を義経は静かにながめる。
けれども義経はまだ動かない。
時が来るのを待っている。
彼が当初引き連れていた別働隊の主力は現在山の中を動いている。
その別働隊の主力はやがて一の谷の平家の陣の背後に回りこむことになろう。義経はその時を待っている。

生田口、一の谷口双方は暫しの間一進一退の戦闘を続ける。
が、その二口と違う場所ではその頃大きく戦局が変わろうとしていた。

一の谷布陣図


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蒲殿春秋(四百五十三)

2010-01-23 05:46:07 | 蒲殿春秋
景時は今度は完全に我を失っていた。
「源太!」と叫びながら死に物狂いの形相で敵の中へと突っ込んでいった。
その迫力に敵も一瞬ひるんだ。
瞬間景時を通す道が出来る。
景時は息子の元へまっしぐらに進んでいった。

その息子は只一人で敵に囲まれ、兜を失いざんばら頭のみとなって必死に敵に対して抵抗していた。息子は今にも敵の手にかかりそうである。
景時はいそいでそこに駆け寄ると息子に手をかけようとする敵を次々に倒す。

「源太!」
その声の方向を息子は見上げる。
「父上!」

だが危機はまだ去っていない。
名高い梶原親子を討ち取ろうと言わんばかりに敵が多く寄せてくる。

その敵に対して立ち向かおうとする梶原父子。

だが敵は梶原父子を素通りして逆茂木の向こうへと去っていく。
やがて逆茂木は再び閉じられた。

敵の後ろから景季の弟達や梶原の郎党らが現れた。
さらに後から範頼の郎党の当麻太郎と吉見次郎が多くの手勢を率いてやってきた。
呆然を立ち尽くしている梶原父子を連れて彼等は後方へと下がっていく。

景時は大将軍源範頼の近くへ呼び戻された。

「梶原殿、なんという無茶をなさる。」
範頼は景時をたしなめた。
「面目ございませぬ。ただ、せっかく先陣をつとめた河原兄弟をみすみす見殺しにしてそのままにしておくというのは全体の戦意に関わることと思い・・・」
「それはわかるが、何ゆえに二度も敵陣へ。」
「一度目は意地を見せて戻ればよいと思っておりました。
しかしながら、敵陣に倅が残されたと知ったときは我を忘れ敵陣へ飛び込んでしまいました。
親というのは愚かなものでございまする。何があっても我が子は守ってやりたいものゆえに。」
「・・・・・・」

大将軍と軍目付がこのような問答をしている間にも敵味方両陣営から放たれる矢うなりの音が絶えない。
「とにかく河原兄弟のような無茶はもうさせぬよう伝令を出す。
敵陣に襲い掛かるときは大勢で突入せよ、と。」
範頼は軍目付に言い渡した。

その後大手軍はいくつかの集団が敵陣に近づく。
しかしその都度逆茂木とその前に流れる生田川に阻まれ、逆茂木の向こうからやってくる矢に耐えかねて撤退する。

平家の方も幾人か逆茂木を空けて鎌倉勢に襲い掛かってくるのであるが
そちらも鎌倉勢がしつらえた逆茂木に阻まれて先へ進めない。
生田口では暫くの間一進一退の戦いが繰り広げられることになる。

一の谷布陣図

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蒲殿春秋(四百五十二)

2010-01-21 23:49:11 | 蒲殿春秋
やがて寿永三年二月七日の夜が明けた。
卯の刻(午前6時頃)を迎える。
かねてから決めていた通りの矢あわせの時刻となった。
福原の東側生田では鎌倉勢、平家勢双方から矢が飛び交いあっている。

その飛び交う矢の下をくぐるように二人の男が馬にも乗らず低い姿勢で敵陣目指して走っていく。
河原太郎次郎の兄弟である。
途中河原兄弟は後ろを振り返った。
兄弟の真後ろには梶原勢がいる。軍目付梶原景時がそこにいることが分かる。
兄弟は薄ら笑いを浮かべた。これで軍目付に自分達の働きを目の当たりにしてもらえるはずである。
二人は矢の雨を潜り抜け生田川を越え、その先にある平家が設えた逆茂木によじ登りそれを乗り越えて敵の平家の陣に侵入した。
そして大声で叫ぶ。
「生田口の先陣は武蔵国住人河原太郎私市高直、同じく次郎盛直なり。
方々しかと見届けられよ。」
河原兄弟はただ二人敵陣の中へと入り込んだ。

だが、その二人につづくものはいない。
逆茂木の先は敵しかいない。
二人は散々に矢を浴びてやがて倒れ首を取られた。

その様子を梶原景時は見つめていた。
「勇ましく先陣をつとめたものを見殺しにしてしまった・・・
これは鎌倉方の名折れぞ!ものども我に続け!」
そう言うといつもの冷静さを忘れたかのように敵陣へと飛び込んでいった。

逆茂木の向こうにある平家の人々は勇み立った。
鎌倉勢大手の軍目付が自ら出陣してきたのである。
梶原平三景時の名は平家方にも知れ渡っている。
その梶原景時がこちらに向かってくる。
多くはない手勢を率いた梶原景時に向かって平家方は逆茂木を空けて大勢の軍を発動させた。
たちまちに景時らは囲まれた。

だが、景時は文武に優れた武者である。
少数の手勢を率いて大軍で襲ってくる平家の兵と暫くの間激しく戦って一歩も引けをとらない戦いをした。
飛んでくる矢、そして次々と襲い掛かる刀剣を上手くかわして敵を退ける。
だが、多勢に無勢・・・暫くたつと梶原勢の劣勢は徐々に明らかとなる。

ここで景時は急遽退却を命じる。
誰もがここしかないという見事な潮時で兵をまとめて後ろへと下がっていった。

敵から少し離れた頃景時は自分の周囲を見回した。
その時景時は異変に気が付く。
嫡子景季の姿が無いのである。
その時郎党が叫ぶ。
「源太様は未だに敵の中に!」
「なんと!」
景時は顔色を変えた。

一の谷布陣図

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