Sagami タイムズ 社説・時代への半鐘

潮流の本質を見極める

何回、被ばくすれば・・・

2017-09-17 19:58:55 | 日記
 安倍晋三首相が今月28日にも召集の臨時国会で、衆院を解散する意向を示唆したと伝えられている。

 加計学園と森友学園に係る首相へのこれ以上の追及を避けるためでもあるだろう。北朝鮮が実験、あるいは、国連制裁に対する報復と称し日本列島の上空を横切る形でミサイル発射を繰り返し核開発も進めている中、武力攻撃をも辞さない米国への追従反対の国民的イデオロギーが形成されない内に衆院を解散しようとするものでもあろう。

 本来ならこの時期、多額の税金を使い国民がどよめくような選挙は避けるべきだし、今の国会議員で腰を据えて議論を尽くし、日本が独自に持つ縁故者ルートやあらゆる外交ルートを使い尽くし、北朝鮮との衝突を避けようとするべきであるが、不敗神話を誇る米国を崇拝する安倍首相は聞く耳を持たないだろう。政局だけをにらみ、野党第1党の民進党の行方が混とんとし新党立ち上げの流れが進まないでいる中、自身への追及を絶ち、戦争反対の機運が高まらない内に連立与党で多数を占めたいとする目論見だ。
 
 日本は、先の大戦で広島、長崎に原爆を投下され想像を絶する民間人の死傷者を生んだ。東日本大震災では、その威力により原発が破壊され福島を中心に多くの犠牲者と数十万人の避難民を生んだ。今後、これ以上の核による犠牲をなくすため最善の努力をしなければならないはずであるが、今の自民党、公明党による政権は、逆に、核による北朝鮮からの国民への威嚇を容赦した格好だ。

 今回、国連の制裁決議にまわったことも遺憾だ。核による悲惨さをどれほど味わえば気が済むのか。対話路線を継続しなければ4回目、5回目の被ばくがあり得る。日本国民が憂え、北朝鮮の若大将がほくそ笑むだけだ。臨戦態勢を整えるための総選挙は危険すぎる。
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愛国心のはざまで

2017-07-20 14:51:43 | 日記
 日本では、仲間の数が多いなど優位性による「いじめ」で多くの幼い命が絶たれている。優秀な日本人の血を引き継ぐものたちだろう、不憫でならない。大人の社会でも、地位と仲間数などを利用して「パワハラ」「セクハラ」「モラハラ」などが横行している。

 融合主義で、古くは中国や朝鮮半島、明治以降は欧米の文化と歴史、人々が生き抜く上での知恵や技術を招き入れながら成長し続け今日の姿を築いてきた日本ではあるが、昨今の国内情勢は、自分たち仲間の主義や主張しか許さないといった風潮が流布するなど、他者を受け入れない萎縮傾向であると言わざるを得ない。

 (個人的で飛躍する意見だが)これは、他の宗教を許さない排他的一仏教(一神教)を掲げるいくつかの宗教が日本を網羅していることに原因があると考える。

 日本人は多神教(多仏教)で、自然のあらゆるものをそのままに、または偶像化し、尊敬の念を祓い暮らしてきた。神社仏閣や行きかう道に供えられている地蔵、道祖神などが地元には必ずあるといったように、その存在は、人々に安寧と平和をもたらしてきた。

 しかし、一仏教は具合が違う。神社や他宗教の寺院、地蔵、道祖神などを許さない。また、一仏教の排他的指導者は、その目的を成し遂げるためには、ヒトラーが行ったような人間の隔離を行い、(他者を追い落とすぐらいの)「優秀な人材だけが残る」とかなんとか言いくるめて従う人たちを育成する。

 結果、世間を差別といじめの連鎖に至らしめ、「子供を産みたくても産めない」といった状況を形成している(いじめで殺されるぐらいなら生みたくないと考える親たちも多いだろう)、少子高齢化の一因とも言える。知性と理性を持つものは決して差別やいじめをしないが、その指導者はこのような地獄絵をも「淘汰の一環だ」と、きっと、言い放つだろう。自分たちの信教者だけが生き残ればいいと考えているからだ。

 現実をみると、日本人の減少は続いていて、現在、1億2000万人の人口が83年後の2100年には三分の一の4000万人になっているという推計もある。明らかに日本人は絶滅危惧種だ。淘汰の結果、国すら失うのなら本末転倒だ(おそらくその指導者は、そこからが新しい日本の始まりだ、みたいなことを言うだろうが信じない)。

 このままでは国家が成り立たない。危機を体感したことがない人たちも多いと思うが、安倍首相には憲法改正よりも少子化・高齢社会対策(最先端の獣医学部創設は広い意味では含まれる)、それを支える税収政策、さらには、本当の日本人を取り戻すための宗教のあり方を考える検討会の創設などに力を注ぎ、次世代へ、豊かで暮らしやすい日本を引き継いでほしい。宗教法人・団体などからもきっちりと税金を徴収するべきだ。
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全否定では糸口が見えない

2017-07-06 20:21:35 | 日記
 東京都議会議員選挙の最終日、安倍首相が秋葉原に訪れることを見越してか、青年団が大挙して集まり「安倍帰れ」や「安倍辞めろ」のシュプレヒコールを繰り返した。

 一方、安倍首相は、(選挙期間中の)いきなりの強圧的なコールには断固とした態度を示すといわんばかりにマイクを通しその声を否定し続けた。

 弾圧的コールを浴びせる側も、「これこれ、こうだからあなたの政策には疑問があり、そのことについて明確な説明がなければその政策には反対です」とか、「こんな風に(国民は)考えているのに、何一つとして受け入れてくれないではないか」など、その根拠を示す必要があったのではないか。冒頭からの全否定は最たる人権侵害だ(私たちが日本で暮らすうえで規範となる憲法に反している)。
 
 首相も、「このような人たちは自民党にはいない」などとそのコールには応えようとはせず、まったく意に返さない後ろにいる石原伸晃氏の「そうだ、そうだ!」に押され、蔑むかたちで演説を終える手段しかなかったのか、賛否両論だ。なぜ、そのようなことを言うのか、どうして、このような行動に出るのかの本意を質す必要があったのではないか。

 想うに、どちらにも正義感があり、おそらくは、それぞれが「日本のためには俺(私)たちの方が必要だ(あるいは正しい)!」と考えてのことだろうが、意見すら聞かず(言わず)、どちらも相手のことをはなっ端から否定していることがとても気にかかる。

 はなっ端からの否定、すなわち、全否定は、その存在を理由もなく無きものとする所業と同じことだ。そこには、生命体が暮らす地球において、弱肉強食という必要性の中でも、共立共存をしてこそ生きる価値を見いだせるといった命題が埋もれてしまっている。

 肉食動物は、時には、けがをしたり幼かったりする草食動物を追っかけまわしたり食べたりもするが、必要以上を捕らえることは決してしない。それは、地球の環境を守り、生きとし生けるもののそれぞれの繁栄を考えた故のことだ(いわゆる食物連鎖)。

 人間だけがし得る媚び諂い(忖度)ではなく、動物がする、地球環境や共立共存への配慮をして(慮って)こそ成し遂げられる偉業があるはずだ(実は、動物にもまれに媚び諂いはあるが、それは、弱肉強食を生き抜く手段)。我々人間が暮らす社会も弱肉強食であって良いのか、悪いのか?残念ながら、その答えを導き出せるのは安倍首相しか今の日本にはいない(一強他弱)。
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未来への扉を開くため

2017-06-29 13:07:03 | 国際・政治
 政府は、昨年(平成28年)度税収の決算額を55兆5000億円とする見込みだ。当初予算では輸出企業に支えられ、前年(27年)度より3兆円余り多い57兆6040億円になる見通しを示していたが、昨年(28年)夏以降の円高で法人税収の落ち込みが避けられないと、今年1月の第3次補正予算案では税収は当初の見込みより1兆7440億円少ない55兆8600億円にとどまると修正していた。

 来週にもまとめる28年度決算案(前の年の決算案を承認するかは、次の年の9月、10月に開かれる議会で行うのが慣例)では、(NHKの取材により)税収はさらに4000億円程度減り55兆5000億円となり、前年度(27年度)を下回ることが分かった。

 経済成長によって税収を増やすことで財政を再建しようとしてきた政府。それとは裏腹に、日本銀行に紙幣を増刷させ市中にいくら金を注ぎ込んでも、為替の変動により、税収が乱降下してしまう状況を打開するためには、新たな政策でただちに対応しなくてはならない。
 
 物価が高止まりすると物が売れなくなるのはどこの国においても同じだが、ならば逆に、物価が高止まりしても売れる商品、いわゆる、人々を喜こばす、すなわち、人類にとって必要な物や技術がきっとあるはずだ。

 それは、地球環境を保護する上で必要な技術であるかもしれないし、人類の不治の病に対する医薬品やサプリメントかもしれない。また、人々の関心を集め、グローバルなつながりを構築する上で必要なネットワークかもしれない。アメリカを皮きりに世界を席巻したIT革命、クローンやドローン、AI技術の開発はその端緒だろう。

 人類が未来永劫として地球で暮らし、それぞれが幸せを享受するためには、新たな発明や現在の生産過程における技術の革新も必要だ。「人材開発プログラム」の中には、未知の世界や現代の技術を守り挑戦する若人を育てる学びの宿舎を創っていくことも必要だ。特区は一部にだけ必要なのではない、改革は日本全土に必要だ。単に獣医学部だけを増やせばいいといった話ではない・・・(農学部出身なので)。
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人権蹂躙を平然と行う人々

2017-06-22 23:36:46 | 社会・経済
 衆議院議員などのいわゆる政治家は、「弱きを助け、強きを挫く」に代表されるように勧善懲悪で清廉潔白であるべきと望んでいる国民が多いが、また、そのような人たちを選んでいるつもりでいる国民も多いが、実は表裏一体で、政治家にはその握った力を弄び「弱い者いじめ」をする人たちが多い。
 
 今回の自民党議員の案件はその象徴だ。車に限らず事務所など閉ざされた空間の中で、権力を持つ人は衆人の目が無いことをいいことに、政治家との関係で弱い立場の秘書たちに対し傍若無人な振る舞いを時に行うと聞く。
 
 その振る舞いを挙げると、例えば、後部座席に座り空のペットボトルを握りしめ運転席の背もたれをたたきながら、「もっと早く進め」や「その道より、こっちのほうが早いだろう!」とか、(交通費などの)「事務所経費は(お前が)立て替えておけ」など、いとまがない。ただでさえ集中力を要される運転中に、後ろからポンポンやられたら事故が起きるだろう。また、安月給の上、必要のないお金を支出したらその月の生活に悪影響を及ぼすかもしれない。
 
 普通は、「事故が起きたら車の修理代がかかる」とか、(立て替えをさせることは借金と同じことなので)「利子がかさむ」と考え、そのような振る舞いを差し控えることが賢明であると考えるが、金をも弄ぶ政治家は平然とそれを行う。反抗したら解雇され「家族が生活していくことができない」と想う弱みに付け込んでもいるし、何よりも現行憲法で保障されている人権を侵している。
 
 弱肉強食の世界で生きる肉食動物が、怪我をしたり幼かったりする草食動物を大草原で追い掛け回す場面がテレビによく映っている。捕らえた息絶える前の獲物を(最後まで)「ガブッ」とはいかず木につるしたり、しばらく食べずに引きずったりするシーンもある。動物の持つ習性かもしれないが、我々は人間だ。権力や優位性を鉾に、弱い立場にいる者の権利への侵害を行ってはならない。

 日本では全国各地の小学校や中学校でいじめにより幼い命が絶たれている。現在は、仲間の数が多いなど、数の力の優位性を利用して行われることが多く、「いじめられる側にも責任がある」など、とんでもない主張をする親の子供たちがいじめを行っているケースがほとんどだ。

 今回の案件を自分のこととして捉え、反省することができる大人たちがいるのか、逆に、馬耳東風的な大人たちの方が多いのか。根本から「弱い者いじめ」をなくす、すなわち、日本に蔓延る人権蹂躙的な風潮を絶やす努力をしなければならないのは小学生や中学生たちではなく、それを行う子供たちを育てた選挙権を持つ大人たちだ。現行法すら守れずに、憲法改正などはありえない。

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