さちこの旅のおすそ分け

存命の喜び、日々に楽しまざらんや

宮城県被災地お見舞い

2017-05-05 | 東北
世界中を震撼させた3.11東日本大震災

既に6年も経過しているのに、被災地は道路や住宅地のかさ上げ工事、植樹等が進行中で、復興には程遠い。

今回訪ねたのは宮城県。宮城県の原発は高台にあったので惨事は免れたものの、海岸近くの住宅は多くが流され、案内してくださった内村さんの実家も流されたそう。

内村さんご本人の自宅は無事だったというけど、明暗を分けたのは、海岸にそって走る高速道路の海側か陸側かの違いだったそうな。高速道路が防潮堤の役割を果たしたということ。


                      

↑の駅は震災後にできた地下鉄。震災当時はこの辺りは一面田んぼ。この駅ビルの中に3.11メモリアル交流館がある。展示資料を拝見してから、現地へ。

まずは、多くの人がテレビで見たであろう、子ども全員が助かったこの学校へ。学校はよそに新築され、被災した旧荒浜小学校は震災遺構として保存されている。GWの間は一般公開され、駅から送迎バスも出ているのだけど、そんなこと知らない私たちは震災語り部タクシーで訪問。


   


  


         

         
               


    


震災前の近辺の様子は↓

    

震災直後

   

それが今は何にもない。防災の植林と土地のかさ上げが進行中なだけ。ぱらぱらと残っている松は、松林の残骸。

自治体は一生懸命、英知を集めて安全なまちづくりに努力している。防潮堤 防災林 かさ上げ道路 さらには住宅地のかさ上げ・・・幾重にも対策を進めなければならないから、復興は時間がかかる。

写真の一番奥の白いのが防潮堤 その手前に防災林育成中 更に手前にかさあげ道路

ペナンではマングローブが植えてある地域では津波を防ぎ、樹が守ってくれない海岸線は甚大な被害を受けたというけど、松林は風はよけても津波対策には弱かったのだろうか?


   


   




              

石碑が割れている。この閖上港辺りも住宅地だったのだけど、築山のような高台にある神社の祠も流されて、宮大工さんががれきの中から資材を集めてきて再建されている。松は震災に耐えて生き残ったもの


    

   

震災直後

  

震災前

                 



廃棄物やがれきを使って、日常はいこいの場として、いざというときには避難場所としてつかえる築山をいくつも作り、それをつないで防潮堤の役割も果たさせようと進められているプロジェクト



               





      

    


   


                   
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