さちこの旅のおすそ分け

存命の喜び、日々に楽しまざらんや

札幌 紅葉を求めて1 開拓村

2016-10-07 | 北海道
北海道と言えば明治政府の方針で進められた開拓使の足跡を見ないわけにはいかない。
アイヌの人たちに対しては侵略でもあったのだろうから気が引けないわけではないけど、北海道大学で案内戴いたボランティアガイドさんの説明では、かつてアイヌとの交易をしていた日本人は随分と汚いひどいことをしたそうで、アイヌの中には和人に対する不満が鬱積していたとか。
そこにロシアが目をつけ、日本より有利な条件を提示すればロシアがアイヌに受け入れられ、蝦夷地を手に入れることができるかもと準備をしていることをキャッチした明治政府が、日本の領土としての地位を確固たるものにしようと国策としてすすめたのが蝦夷地開拓だそう。

昨年北海道は十勝で暮らす人々と多少話をする機会を得られた際、 薩摩・土佐からの移民3代目という方が多かった。明治維新で失業したのは薩摩・土佐・長州だけではなかったろうに、ずいぶんと遠くから来られたものだと思ったけど、国策なら真っ先に協力せざるを得なかったのだろうか。


開拓使のシンボルマークは北極星。札幌のあちこちで見るこのマーク。サッポロビールも使っている。

                    

開拓村は新さっぽろ駅からバスですぐ。駅前のホテルでランチしてから行こうとまずはホテル最上階へ。31Fレストラン座席からの眺望

   

開拓村は、奥の緑の中にある。上左の写真の右端に白いものがかすかに見えるのが下のこれ↓。原生林の中にあるから半日歩きっぱなしかと思ったら、あちこちから開拓当時の建物を移築したところだった。いわば野外博物館。多くの木造建物は分解して運び組み建てなおした。しかし、派出所はレンガ造りで分解できなかったのでトレーラーに乗せ運んだのだそう。途中屋根瓦が壊れ葺き替えてある。

    

    
奥まで馬車でも行ける。でも500mくらい乗るだけ。車を引いてくれる馬はどさんこ。北海道の厳しい寒さに耐えられるように、品種改良されて非常に体力のある馬になったのだとボランティアガイドさんの説明。

      


一番奥にある農家。大家族が住んでいた大きな家。屋根の上にあるのはあかり取りの天窓? 煙突代わりの煙抜け? 釘を使わず軸組みたいなやり方で建てている。屋根の上には石。

  


      


これは、庭で放し飼いしている鶏が、夜熊や狼に食われぬように、自分で入る鶏小屋。危険な場所で暮らせば鶏でもわが身を守る術を身につけるということ。もちろん設置してやったのは人間。

               

駅舎・役所・散髪屋・キリスト教会・小樽新聞社屋・等いろんな建物が移築されている。

   


     

  

    
  

 

   

            
  
有島武郎のおうちも。薩摩出身の父が親しくしていた新渡戸稲造の家に下宿して札幌農学校に通い、のちにニセコに広大な農場を所有したり、札幌農学校に勤務したり、貧しい若者が学ぶための夜学校の校長になったり、札幌とかかわりの深かった
人。

  

       


  
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