人生すべてが「やってみた」

「やってみた」人生を自叙伝にして出版します。
幻冬舎の舘野晴彦取締役が好きです。よろしくお願いします。

◎「AKBはホステス」論

2017年07月15日 | マイストーリー
小室哲哉と秋元康の比較という着目点が私には非常におもしろくって、彼らはほぼほぼ同世代だと思います。小室哲哉が早稲田実業(国分寺)で秋元康も小金井にある高校の出身って聞いてます。つまり彼らの高校時代は、あの辺(=とかいなか)でオタクっぽいエネルギーをひたひたと蓄えていたわけです。
でどちらも、人生の早いうちから時代の寵児となりました。
秋元さんはフジテレビで躍進して、ちょっと静かになって(モーニング娘というのが出てきて)、それから秋葉原からふたたび国民的アイドルを創出しました。
フジテレビでやってたことと秋葉原でやったこと、どこがどう違うのか。わたしが秋元さんのひとひねりに気がついたのは、AKB48が国民的アイドルになってからのことです。家で元夫がフジテレビのバラエティを見てました。めちゃイケです。やべっちがAKB48の握手会に潜入し、ぱるるの塩対応をいじる企画だったんですけど、テレビを見ている秋元さんよりちょっと年下の元夫が、めずらしく、いたく感心してるんです。「こいつらどこ行っても通用する」と!(笑) 。
彼の言う「どこ行っても」の、世界、世間って一体どこなんだろう?といぶかしみながらも(笑)、彼の感心、感動ポイントに私は興味深々です。彼はどうやら「誰とでも握手」に感動し、「総選挙」に感心している、つまりね、秋葉原の地下アイドルは、「デフレが生んだホステスさん」だったんです。
日本の消費が冷え込み会社経費での飲みが消失し、巷のバーがひっそりした時代に、モーニング娘が『ラブマシーン』で「ニッポンの未来は」「世界がうらやむ」と歌いました。それを横目で睨んでいたのであろう秋元さんは、かつて雨の西麻布にたむろしていた会社員たちはあてにせず、秋葉原に出没するオタクにターゲットを絞りました。バーの「おさわり」を「握手会」に変え、バーのひいきの女性への数万円の「ボトルチャージ」を3000円ぽっきりの「CD」に変えました。やってることはめちゃくちゃださいんだけど、ださいに違いないんだけど、発想がすごくないですか? ひとひねり、どころじゃないですね。ふたひねりもみひねりもどろどろになるまでやってる感じ。
小室哲哉の生み出すアーティストはどこまで行っても架空の人物であるかの如くであったのに対し、秋元康の生み出すアイドルは、同じユニット名(ホステスでいうところの「店名」)のままでもどんどん「刷新」され、競争淘汰があって、しかも「会える」「触れる」ようになったのです!


ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ◎秋元康はなぜ沈まない。 | トップ | ◎ここが私のアナザースカイ、... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL