トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

「ガリポリの戦いを教訓とすべきだ」文化観光相

2017年04月25日 | 国際
4月26日 すべての人々が「ガリポリの戦い」で学んだことを胸に刻み、未来の世代に伝えるべきだ」と、ナビ・アヴジュ文化観光相が言いました。

 Hurriyet
100年前、大儀に殉じたトルコ兵たちの墓に参る文化観光相


4月24日、アヴジュ文化相は、チャナッカレ殉教者記念館で行われた式典で、ガリポリ作戦102周年を記念してスピーチしました。第1次世界大戦中、1915年ガリポリで起こった戦いで、トルコ軍は侵攻してきた連合軍と戦い、撤退させました。

「チャナッカレの戦いはトルコの若者たちにとって、命だけででなく、誇りと良心を賭けた戦いでした」と、アヴジュ文化相は言いました。多くのトルコ兵たちが、この歴史的戦争で命を落としました。「チャナッカレの勝利を認識することは国民の義務でもあります」

リチャード・ムーア駐トルコ・イギリス大使は、「ガリポリ作戦は、トルコ人にとって、衰退するオスマン帝国を解体し、新しい国家を創造する、厳しい試練の場だった」と語りました。ムーア大使は、かつての連合軍を代表し、100年前、この地で命を落とした両軍の兵士たちを讃え、記念したいと語りました。

「102年前、私たちは戦い、血を流しました。しかし、いま、私たちは友人として、互いに尊敬と賞賛をもって、ここで会っています。そして、私たちは、この記憶から教訓を得ることができるでしょう」と、ムーア大使は言いました。


盗まれたトーラーがトルコ北西部で押収された

対密売チームが、西部のリゾート地アイワルクで手入れを行い、1500年昔のものと思われる盗品のトーラー(モーゼの五書)を、ヘレニズム時代とセルジュク時代の歴史的美術品とともに押収しました。

 Hurriyet

憲兵隊は容疑者2人を拘束しましたが、執行猶予つきで釈放しました。警察ソースによると、容疑者はイスタンブルと東部ビンギョル県から美術品を持ち出したと思われます。警察からバルケシル博物館に渡された盗品美術品の中に、なめし皮に文字が書かれた古代のトーラーが見つかりました。

美術品の中には、ヘレニック時代の金属製の像や、石刷りの拓本、ブレスレット、イアリングのほか、セルジュク時代に鋳造されたと思われる銀貨と青銅貨もありました。セルジュク帝国はアナトリアの一部をビザンティン帝国から奪取し、12世紀から13世紀初め、最盛期に達しました。


・・・小旅行のため、この頁、2,3日お休み。

   「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

イスタンブルの自動車ショウに3日間で10万人が集まった

2017年04月24日 | 国内
4月25日 20日にオープンした「イスタンブル自動車ショウ」は、3日間で10万人以上の人々が集まりました。テーマは「未来をまぢかに見よう」です。

 Hurriyet

TUYAPと「自動車配給協会」(ODD)の協力で、2年に1度開かれているフェアは、4月30日までつづきます。

TUYAPの経営者イルハン・エルソズル氏は、フェアには120種のモデルが展示されたと言いました。「参加会社はわれわれのコンセプトに従って、モデルを送り込み、インパクトのある、自動車の最新テクノロジーを見せています。たった3日間で10万人以上が訪れました」と、エルソズル氏は言いました。

今年は参加しなかった有名ブランドもありましたが、展示会には19のブランドが参加しました。自動車は、トルコ最大の輸出部門で、トルコ経済で重要な役割を演じています。2017年の自動車の輸出目標は270億ドルだと関係者は言いました。トルコは世界の自動車貿易でより大きなシェアを得るだろうとiいうことです。

自動車は、昨年もトルコ最大の輸出品目で、239億ドルを輸出しました。2015年は213億ドルでした。


シリア移民たちがイスタンブルでレストラン経営を始めた

イスタンブルに暮らすシリア移民たちが、イスタンブルの食文化にさらに彩りを添えはじめました。ここ2,3年、シリア・レストランが市内に次々にオープンしています。

 Hurriyet
シリア・レストランのメッカは、イスタンブル・ファティフ区のアクシェムセッティン通りです。この通りの多くのレストランで、トルコとシリアの料理の“融合”を味わうことができます。シリア・レストランは最初、アクサライのヴァタン通り周辺に集まっていました。移民の多くはアレッポーから来た人々でした。最近はアクシェムセッティン通りにダマスカスからの移民が多く集まり、レストランを開きはじめました。

この通りでは、トルコ語にシリアのブランド名をプラスしたような名の店を見かけます。たとえば、「ザイトオウネオール菓子」(Zaitouneoglu Tatli)というお菓子屋があります。この店はもともとシリアで、1975年から「ザイトウネ」という名で営業していたそうです。オーナーのアブドゥルラフマン・ザイトウネさんは、いま支店を4店出していますが、「戦争が終ったら、シリアに帰りたい」とHurriyet紙に語りました。

「ザイトウネ」の隣りに、1週間前にオープンしたという「ブウゼジェディ」という店があります。この店はウエイターが伝統衣装を着て、ひよこ豆やそら豆の料理だけを出しています。「私たちはシリアに店を持っていましたが、いまは店があるかどうかもわかりません。イスタンブルに来て、出なおしました。伝統的なダマスカス料理をトルコの方々に紹介したいと思っています」と、オーナーのムハムメド・ヌルさんは言いました。

シリア系アメリカ人のジャーナリスト、ダリア・モルタダさん(29)は、シリアの豊かな味を紹介するのを目的とした「シリアを味わう」というプロジェクトを進めています。モルタダさんは2011年、シリアからイスタンブルに逃げてきましたが、いまは戦争で帰れないと言っていました。

「ここに来た頃は、アラブ式のパンがありませんでした。でも、2014年からシリア人たちがイスタンブルで手づくりしはじめました。シリア人たちが、もう家には帰れないことを受け入れはじめた結果でしょう」とモルタダさんはHurriyet紙に語りました。

彼女はまた、「場所が変われば、レシピも変わる」と言い、チキンが割安だから、シリア人たちはビーフのかわりにチキンを使っていると言いました。「ここに来た頃は、シリア・レストランには、フムスゆでたひよこ豆をペーストにして調味した料理)とか、ファラフェル(ひよこ豆やソラマメでつくる中東式コロッケ)とか、ケバブなど、ファーストフードだけしかありませんでしたが、いまはホームメードの料理も食べられます」と、モルタダさんは言いました。

「当店は毎月2回、メニューを変えています。シリアのパンとデザートの工場がイキテリとウムラニエにオープンしたので、材料はフレッシュです」と、「サルジャ」のマネジャー、モハムメド・エイドさんは言いました。

アラブ語のラベルのついたシリアの製品は「シャム市場」(ダマスカス市場〉と呼ばれるイスタンブルの店で買えました。シャム市場のオーナー、サミル・アブダブさんは、「以前はシリアから合法的に仕入れられましたが、国境ゲートが閉まってから、商品もストップしました。それで、イスタンブルに工場がオープンしたのです」とアブダブさんは言いました。


   「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あの“塩ふりシェフ”がフランスの大統領選に、ひと役買った

2017年04月24日 | 
4月24日 最も“官能的な”スタイルで塩をふるシェフとして、ソシアルメディアで世界的に有名になったトルコ人シェフのことは、もうご存知ですよね。フランス内務省は、今度の大統領選に、あの“塩ふりシェフ”ことヌスレット・ギョクチェさんがトルコの国民投票で一票を投じている写真を使って、市民に投票に行くよう呼びかけました。

 Sabah
 
フランス内務省は、ツイッターに、ギョクチェさんがイスタンブルで、得意の塩ふりポーズで投票する写真を添えて、フランス市民に投票に行くように促しました。

トルコのインスタグラムのスターになったギョクチェさんは、“最も官能的”といわれるスタイルで、肉を切り調味するビデオを流して、国際的な有名人になってしまいました。彼の“塩ふり”ビデオは何百万の「いいね」をゲットし、彼の“おもしろ映像”は多くのソシアルメディアに流れ始めました。ギョクチェさんは“塩ふりシェフ”と呼ばれる携帯用のゲームもひろげました。

Sabah

先週金曜、アカデミー賞受賞俳優レオナルド・ディカプリオも、ギョクチェさんのステーキハウス・チェーン「ヌスレット」のドバイ支店に、彼を見に来たそうです。

・・・塩ふりシェフ、おもしろいですねえ! 私、大好き。でも、「選挙に行きましょう」というツイッターに、彼の写真を使うフランスのお役所も、おもしろいですね。


ギリシャ・テサロニキのトルコ領事館に火炎瓶

 ギリシャ・テサロニキのトルコ領事館が、23日早朝、火炎瓶による攻撃を受けたと、ドーアンニュースが報じました。

 Hurriyet

覆面をした小グループが、午前5時半、領事館警備の警官に火炎瓶2個を投げ、そのひとつが発火しました。この攻撃による負傷者も物質的被害もなかったと、ドーアンニュースは言っています。この日はトルコ国会の設立を記念する「トルコ独立記念日」であり「子供の日」でもありました。

領事館前の警官の詰所は、以前から何度も攻撃を受けています。


エルドアン大統領が議長としてAKP復帰の意志をにおわせた

僅差で憲法改正が認められた国民投票が終わり、エルドアン大統領は公正発展党(AKP)に議長として復帰する強い意志を示しました。

Hurriyet
子どもの日に“1日大統領”を務めた4年制のテュルク君と大統領


4月23日の「独立記念日」と「子どもの日」に、エルドアン大統領は、子供との会合の場で、AKPの党首になる可能性について尋ねられ、「なってもいいではないか」と答えました。この質問は、最初、その日、エルドアン大統領にかわって大統領役を務めていた4年生のイーイト・テュルク君に向けられました。

しかし、エルドアン大統領自身が、「いいではないか。今度の改正でその権利が与えられたのだから」と答え、4月16日の国民投票の結果に言及しました。テュルク君は記者会見でエルドアン大統領の答えをくり返していました。

長年、「子供の日」には、「未来は子供たちのもの」というコンセプトで、子供たちが“1日大統領”や“1日首相”を務めるのが恒例になっています。ユルドゥルム首相も23日は、5年生のヤーウズ・ケチェ君に首相の席を与え、ケチェ君は子供たちの内閣を組閣しました。

4月16日、トルコ人は国民投票で、51.4%の得票で憲法改正を認め、エルドアン大統領がAKPとの関係を保持することを許容しました。エルドアン大統領がAKPの議長になるかどうかはまだ不確かですが、国民投票の結果が出た後、大統領は党への復帰を考えているのは確かです。AKPが党の議長変更のための総会を開くのは必至でしょう。


   「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「トルコは独裁体制に変わるわけではない」と副首相が西洋の諸企業に

2017年04月23日 | 国際
4月23日 ワシントンDCで開かれた、西洋の有力諸企業との会合で、トルコのメフメト・シムシェク副首相は、国民投票後のトルコの民主主義に関して懸念なきよう求め、トルコは「独裁体制に変わるわけではない」と強調しました。

 Hurriyet
「西洋の皆さん、心配はご無用です」とシムシェク副首相


アメリカ商工会議所主催の会合には、アボット、ボーイング、カーギル、ハネウエル、ロッキード・マーティン、メットライフ、ファイザー、コカコーラ等の経営者や、NGOや大学の代表たちが出席していました。

「トルコは独裁制に変わるわけではありません」と、シムシェク副首相は言いました。「4月16日の国民投票で、トルコが票決したのは体制の変更ではありません。トルコはいまも民主主義国家です。トルコはいまも世俗主義国家です。トルコはいまも、法によって統治されています。これは変わっていません。確かに、わが国は、いまも緊急事態にあります。しかし、これはわが国の安全保障のために必要なことであり、一時的なものです。トルコはいまも、全世界的な価値観と、民主主義のルール、法と基本的権利と自由のルールを信奉しています」

シムシェク副首相はまた、トルコは西洋世界の一部であることを力説しました。「質問をどうぞ。もっと対話をしましょう。もっと頻繁に話し合いましょう。ほんとうのトルコは皆さんが思っているより、ずっとましな国ですよ」と、最後に副首相は付け加えました。


ハランの遺跡がボランティア考古学者を歓迎

いま、南東部アナトリアのハランの遺跡を訪れる方は、人類史上最古の遺跡のひとつの発掘に参加するチャンスを得られます。

 Hurriyet


ウル・モスク発掘エリアに、新しいプロジェクトの一環として、約30平米の、特別なエリアがつくられました。ハランを訪れた人々は、ここで考古学者たちが埋めた彫像や、陶器の破片や、銅器の発掘にトライできます。

ハランのテメル・アイジャ区長も、この地域の観光に、発掘はたいへん大きな役割を果たすと言っています。ハラン遺跡発掘隊長のメフメト・オナル教授は、「このフィールドでの発掘は、ほんものの発掘のようです。参加者はレッスンを受けてから、発掘します」と言っています。

「参加者は美術品を見つけ、ほんものの考古学者になった気分で興奮します。ここで教育を受けて、古い美術品の保護のために、ここに残る人もいます。私たちにとっても、とても嬉しいことです」とオナル教授は言いました。


収監されていたHDPの2人の議員が釈放された

4月21日、ディヤルバクルの裁判所が、収監されていた野党・人民民主党(HDP)の2人の議員を釈放しました。HDPのディヤルバクル選出のヌルセル・アイドーアン議員とアダナ選出のメラル・ダヌジュ・ベシュタシュ議員は、テロ容疑で裁判を受けていました。

 Hurriyet
釈放されたベシュタシュ議員(右)とアイドーアン議員(左)。写真はHDPのペルヴィン・ブルダン議員(中央)のツイッターから。


ディヤルバクルの第4重罪裁判所は、アイドーアン議員を司法管理の条件つきで釈放しました。「武装テロリスト組織のメンバーであること」「テロ組織の宣伝をしたこと」「犯罪と犯罪者を賞賛したこと」「人々の憎悪と敵愾心を煽ったこと」など、起訴状のすべての容疑を、彼女は否認しました。検事はアイドーアン議員に禁固103年を求刑し、2016年11月4日、彼女は逮捕されました。

テロリストの葬儀に出席した理由について尋ねられたアイドーアン議員は、「宣伝行為はしていない」と言いました。「2010年から2011年、たくさんの遺体がディヤルバクルに届きました。葬儀を行った人々は、わが党で働いていました。私は彼らのほとんどと知り合いで、わが党に投票した多くの人々から、葬儀に出て弔辞を述べるようたのまれました。私は彼らの権利を守るために葬儀に出ました。私は私の属する政党の決定に従って出席しました」と、アイドーアン議員は法廷で答申しました。結局、裁判所は、彼女の釈放要求を受け入れました。

アイドーアン議員の釈放から何時間か後で、ベシュタシュ議員も釈放されました。彼女もディヤルバクル第8重罪裁判所で尋問を受けていました。検事は「武装テロ組織のメンバーであること」「犯罪を犯すよう人々を扇動したこと」などの容疑で、彼女に禁固23年を求刑しています。1月30日に逮捕されたベシュタシュ議員は、尋問ですべての容疑を否認し、シリヴリ刑務所で過ごした81日のうち、33日は独房だったと言いました。

「国会議員である私が容疑者の席につくことが非合法です。わが党の党員を逮捕するのは政治的作戦です。この状況は国際法において、重大な問題を生み出すかもしれません。マグナ・カルタから800年たっています・・・」と、ベシュタシュ議員は法廷で語り、釈放を求めました。裁判所は、司法管理と海外旅行禁止の条件つきで、彼女の釈放要求を受諾しました。

共同党首2人を含む12人のDHPの議員12人が、PKKとの関連で現在、何百年の禁固刑に直面しています。


   「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

イスタンブルに5本の地下鉄路線が新設される

2017年04月22日 | 国内
4月22日 近い将来、イスタンブルで、新しい地下鉄路線が5本開通すると、イスタンブルのカディル・トプバシュ市長が語りました。

 Hurriyet

新しい地下鉄路線は入札が終わり次第、できるだけ早く着工するということです。トプバシュ市長は市の委員会会議で、「新しい地下鉄は、世界をリードする最新技術で造られる」と言いました。ウスキュダルとウムラニエを結ぶ新しい路線は、無人運転の車両が走るそうです。「無人運転はトルコではこれが初めてです。いま、試験運転が行われています」

市長はまた、他に計画されている新しい路線について語り、まだ1本だけ、落札されていないため、着手されていない路線があると言いました。「バシャクシェヒルとカヤシェヒルの間の路線は6キロになるだろう。バージュラルとキラズル間、キュチュクチェクメジェとハルカル間の路線は、それぞれ9.7キロになる。カイナルジャ=ペンディク=トゥスラの路線は17.8キロ、ウムラニエ=アタシェヒル=ギョズテペの路線は13キロになる」

トプバシュ市長の最後の任期になる2019年末までに、400キロの鉄道が完成するだろうと、市長は言っています。


ナイトクラブのテロ関連のIS戦闘員を米軍が殺害した

イスラム国(IS)のリーダー、アブー・バクル・アルバフダディと近い位置にあり、トルコのナイトクラブのテロと関連があると思われるIS戦闘員が、アメリカの特務機関の地上作戦で殺害されたと、21日、アメリカが明らかにしました。

 Hurriyet
テロ事件直後、警察にかこまれたイスタンブルのナイトクラブ「レイナ」


ウズベキスタン人と思われるアブドゥラクフモン・ウズベキは、4月6日、シリアのマヤディン近くでの地上戦中に死亡したと、アメリカ軍中央司令部の報道官ジョン・トーマス大佐が言いました。ウズベキは空爆では死ななかったと、トーマス大佐は明言しました。ウズベキは新年のイスタンブルのナイトクラブ{「イナ」のテロに助力していたと大佐は言っています。

ナイトクラブのテロの実行犯ウズベク出身のアブドゥルカディル・マシャリポフは、自動ライフルを撃ちまくり、閃光弾を投げて弾丸を詰め替え、床に倒れている負傷者にも発砲しました。このテロで殺された人は、トルコ人もいましたが、アラブ諸国やインド、カナダから遊びに来ていた人々も大勢いました。
「死亡したIS戦闘員がイスタンブルのテロと関係があることは明らかだ」とトーマス大佐は言っています。


「子供たちのよりよい未来のために努力をつづける」エルドアン大統領

トルコは、わが国の、また中東の、世界の子供たちの豊かな未来のために、努力をつづけると、エルドアン大統領は、「独立記念日」と「子どもの日」の4月23日、メッセージを出して言いました。

 Sabah
民族衣装を着た世界の子供たちを公邸に招いたエルドアン大統領


「私たちの未来を保証する子供たちはいま、より大きく、より強く、より豊かで、安定したわが国で暮らしています。トルコは子供たちのよりよき未来のために努力をつづけます」と大統領は言い、「第97回トルコ大国民会議設立記念日」と「子どもの日」を祝いました。

大統領はまた、国会はトルコの独立のシンボルであり、憲法改正によって、国会議員の機能と権力の分離が強化されたと強く言いました。大統領は19日、子供たち、とくに戦争地域の子供たちの苦しみに目をそむけている世界を批判しました。


   「ときどきダイアリ-」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

“Strolling through Istanbul”の著者フリーリイ氏、90歳で逝去

2017年04月21日 | 国内
4月21日 イスタンブルに関心のある方なら、ジョン・フリーリイ著の超ロングセラーのガイドブック“Strolling through Istanbul(イスタンブル散歩)”をきっとお持ちでしょう。


イスタンブルやトルコ、ギリシャに関する多くの歴史や旅の本の著者として知られるジョン・フリーリイ氏が、4月20日、90歳で亡くなりました。フリーリイ氏は長い生涯で、“最高のイスタンブルのガイドブック”といわれる上記の本を初め、40冊以上の本を書いています。

旅の本のほか、フリーリイ氏は、“Storm on Horseback:The Seljuk Warriors of Turkey”(馬上の嵐:セルジュク・トルコの戦士たち)や“Grand Turk:Sultan Mehmet Ⅱ:Conqueror of Constantinople and Master of an Europe”(偉大なるトルコ人:スルタン・メフメト2世:コンスタンティノープルの征服者・ヨーロッパの主)など、歴史の本も書いています。

 Hurriyet

イスタンブルについて書くために、フリーリイ氏は長年イスタンブルに住み、ボアジチ大学がロバート・カレッジと呼ばれていたときから、教鞭をとっていました。

彼はニューヨーク大学で、物理学で博士号を取り、その後、オックスフォード大学で、アリステア・キャメロン・クロムビー氏(オーストラリアの科学史家)の下でさらに学び、中世ヨーロッパ科学史の研究者のパイオニアになりました。

博士号取得後は、彼はイスタンブルのボアジチ大学で物理学と科学史を教え、ニューヨーク市、ボストン、ロンドン、アテネ、オックスフォード、ヴェネツィアで過ごした後、1993年、ボアジチ大学に帰ってきました。彼はイスタンブルのほか、ヴェネツィアやアテネなど、南欧の都市に関する本も書いています。彼の父親は作家で翻訳家のモーリーン・フリーリイ氏です。


親クルド政党HDPのオズカン議員が逮捕された

人民民主党(HDP)の議員が、4月19日、“テロリスト組織のメンバー”容疑で、東部アナトリアのムシュで逮捕されたと、ドーアンニュースが報じました。

 Hurriyet

HDPのブルジュ・チェリキ・オズカン議員は、19日、警察に拘束されました。彼女は医療検査を受けた後、非合法組織クルド労働者党(PKK)のメンバーである容疑で逮捕され、ムシュの刑務所に送られました。HDPはクルド問題に取り組んでいる政党です。

起訴状によると、ムシュ議員は、2015年6月7日、ムシュで、村の警備員をターゲットにした選挙の前にテロを煽るようなスピーチをしたとして告発されました。HDPは、セラハッティン・デミルタシュ共同議長とフィゲン・ユクセクダー共同議長を含む13人の議員が、PKK関連で、何百年の禁固刑に直面しています。オズカン議員が逮捕されて、収監中のHDP議員は14人になりました。  

裁判所はHDPのユクセクダー共同議長を、テロリスト組織の宣伝を行ったとして逮捕しましたが、4月11日、第22イスタンブル重罪裁判所は、彼女を態度良好として減刑し、禁固1年の判決を下ししました。彼女は2016年11月、トルコ当局に逮捕されていました。


「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

国民投票に抗議して、全国で49人が拘束された

2017年04月18日 | 国内
4月19日 4月16日の国民投票の結果に抗議して全国でデモが行われ、少なくとも49人が拘束されました。

 Hurriyet

アンタリヤ県では、14人のプロテスターが警察に拘束されました。アンタリヤでは選挙民の大半が国民投票に“ノー”と言っています。4月17日の夜9時、50人ほどの人々が、アンタリヤの中心「ハドリアヌスの門」の前に集まり、国民投票の結果に抗議しました。

4月16日、トルコ人の多くは、議会制を大統領制に変えるか否かを決める国民投票に投票しました。“イエス”が僅差で勝ちましたが、“ノー”の投票者たちは結果を拒否しました。多くの野党グループは、選挙は反則と不正が行われたと言っています。

最高選挙委員会(YSK)が、投票当日、不意に、封印されていない投票用紙を有効として受けつけると決めたことが、反対派の怒りをあおりました。警察はプロテスターたちが声明を読みあげたり、スローガンを叫ぶことを禁じ、デモは認可されていないとして、解散するよう警告しました。デモ隊が去らずにいると、警察は催涙ガスと水砲を使って散会させました。


J.グッドゥィンの「イエニチェリの木」がTVと映画化

ジェイソン・グッドゥィンの小説「イェニチェリの木」は、日本でも「イスタンブールの群狼」という題名で早川書房から訳書が出ましたから、お読みになった方も多いでしょう。

Sabah

ハベルテュルクによると、英国の有名作家ジェイソン・グッドゥィンの小説「イエニチェリの木」が、ハリウッドでテレビ・シリーズになり、イスタンブルで映画化されるそうです。グッドゥィンの小説は、オスマン時代のイスタンブルを舞台にしたミステリーで、ヤシムという名の宦官が探偵役を務めます。

1830年代、堕落し暴徒化したイエニチェリは、西洋式の軍隊にとってかわられます。イエニチェリ制の廃止によって起こった混乱の中で、ヤシムは次々に出てくる死体の謎を解明しようとします。

プロデューサー、エムレ・シャヒン氏によると、シリーズはトルコで撮られ、脚本は英語です。シャヒン氏によると、配役はトルコと外国の俳優のミックスにし、“世界的な映画”にするつもりだと言っています。主役はハリウッドスターになる可能性が大きいそうです。

Sabah
イスタンブルのスルタナメット広場に立つグッドゥィン氏


シナリオライターは、TVシリーズ「シャーロック」をヒットさせたステファン・トムプソン氏で、脚本製作に着手しています。シャヒン氏は「イエニチェリの木」のほかにも、オスマン帝国史を題材にしたTVシリーズを企画していると言っています。

製作会社はLAにある「カルガ・セザン映画」。レッド・アロウ・エンタテイメント・グループに所属するエムレ・シャヒン氏と共同で設立された会社だそうです。

・・・早く映画できるといいなあ。私、本、読んでいますから、早く見たくて、うずうずします。


イスタンブルの歴史的鉄道駅で、ティー・フェスティバル

 4月29日、30日、イスタンブルで「第1回ティー・フェスティバル」が行われます。“お茶好き”たちが歴史的なハイダルパシャ駅に集まるでしょう。

Hurriyet

2日間、イスタンブルっ子たちは、世界のさまざまなお茶を味わい、さまざまなお茶の作法や習慣を体験するチャンスに恵まれます。フェスティバルには世界のお茶生産会社が参加します。フェスティバル中は、お茶文化のワークショップやパネル・ディスカッション、パーフォマンスなどが行われ、いろいろなお楽しみイベントもあります。


「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

国民投票勝利後、エルドアン大統領は指導者たちの墓に参った

2017年04月18日 | 国内
4月18日 憲法改正国民投票で、トルコ国民の多くが大統領制支持に投票した翌日の17日、エルドアン大統領は、3人の指導者たちの墓参りをしました。

 Hurriyet

大統領はイスタンブルで、トゥルグト・オザル元大統領とネジメッティン・エルバカン元首相、アドナン・メンデレス元首相の墓を訪れました。大統領はまず、イスタンブルのトプカプ地区で行われた、オザル元大統領の没後24年記念式典に出席しました。大勢の高官たちも、式に出席しました。

イスマイル・カフラマン国会議長、イブラヒム・カルン大統領府報道官、ベラト・アルバイラク・エネルギー相、カディル・トプバシュ・イスタンブル市長ら、多数の高官たちのほか、オザル大統領の妻セラム・オザル夫人と親族らも、式に出席しました。式典の後で、オザル夫人は、大統領制の問題を最初に提案したのは、なくなった夫だったと語り、国民投票の結果が、トルコのために吉兆となることを願うと言いました。

その後、エルドアン大統領は、メンデレス元首相の墓を訪れました。メンデレスは10年間首相を務めた後、1960年にクーデターで投獄され、1961年9月17日、絞首刑に処されました。墓を去る前、エルドアン大統領は、霊廟の天井の湿気に処置を施すよう、トプバシュ市長とゼイティンブルヌのムラト・アイドゥン区長に言いました。

エルドアン大統領一行の3番目の目的地は、いまはない福祉党(RP)のリーダーで、6年前に亡くなったエルバカン元首相の墓でした。その後、12時15分頃、エルドアン大統領はエユップ・スルタン・モスクに到着し、堂内で礼拝しました。


最大野党CHPが最高選挙委員会に国民投票の無効を要請

最大野党が、4月16日の国民投票中、広範な不正が行われたと、憲法裁判所と欧州人権裁判所(FCHR)に明言し、選挙監視団を非難し、最高選挙委員会(YSK)に国民投票の結果を無効にするよう要請しました。

 Hurriyet

「国民投票を無効にしない限り、国民投票の正当性を問う議論は終わることはない」と、共和人民党(CHP)のビュレント・テズジャン副議長が、4月17日、記者会見で語りました。テズジャン副議長は、YSKは投票日に、封印されていない投票用紙を有効として受けつけたと非難し、「わが党は国民投票を無効にするために、YSKに提出する書類を用意している」と言いました。

「必要なら、わが党は憲法裁判所とECHRに申請する」と、テズジャン副議長は明言しました。彼は記者団にビデオ映像を示し、これが不正手段の証拠だと言いました。ビデオは、投票箱が開けられ、カウントが始まった後で、選挙職員が投票用紙にスタンプを押している映像でした。「今回の国民投票は、違法行為として歴史の暗い頁に残るだろう」と、彼は言いました。

「最高選挙委員会(YSK)は公正な選挙を行わなかったし、行えなかった」とテズジャン副議長は言いました。選挙法では封印されていない投票用紙は無効であるのに有効としたYSKを、CHPは告発しています。


トランプ大統領がエルドアン大統領に電話で勝利を祝った

アメリカのトランプ大統領が、17日、エルドアン大統領に電話で国民投票の勝利を祝いました。外交情報筋によると、両大統領は4分半の“楽しい”会話を交わしたということです。

 Sabah

トランプ大統領は電話で、エルドアン大統領の強力なリーダーシップを讃えたそうです。情報筋によると、両大統領はシリア危機についても話し合い、テロリストISとの戦いで協力してゆく意志を確認し合いました。

16日の国民投票では、イエス側が51.41%の票を得て勝利しました。大統領制のための条項を含む18か条の議案の採択が始まるでしょう。この改革によって、大統領に行政権が譲渡され、首相の職は廃止されます。大統領はまた、政党との関係を保持できるようになります(いままでは、大統領は政党に属することができませんでした)。エルドアン大統領は公正発展党(AKP)に再入党することになるでしょう。


「ときどきダイアリー」ヘ




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「国民投票はトルコのすべての人々の勝利だ」エルドアン首相

2017年04月17日 | 国内
4月17日 国民投票の結果 イエス票 51.47%(25,156,860票)
                   ノー票  48.59%(23,777,014票)

 僅差でイエス票の勝利となりました。


「わが国の統治システムを大統領制に変える憲法改正に関する国民投票は、トルコのすべての人々の勝利となった」と、エルドアン大統領は選挙後初の記者会見で発言をしました。

Hurriyet

「4月16日は、8000万の人々、81の県、789,000平方キロの国土を持つトルコの勝利の日であり、投票したすべての人々の勝利の日です」とエルドアン大統領は、イスタンブルのフベル宮殿で行われた記者会見で言いました。「国民投票では東部の人たちが2500万票を投じてくれました」

エルドアン大統領はまた、新しい統治システムの決定を歴史的決定と呼び、新しい大統領職を支持した市民の支援に感謝しました。「今日、トルコは、200年間討論されてきた統治システムについて歴史的決定を下しました」と大統領は言い、イエスかノーかにかかわらず、投票に行ったすべての人に謝意を述べました。

「憲法改正は通常の変化ではありません。これには非常に意味があります。完全に市民の手で統治システムを変えるのは、初めてのことです。その意味で、今回の投票結果はとても重要です」とエルドアン大統領は言いました。「今回の国民投票で、既成のものを守るの容易ですが、変化させるのは困難です。神の恵みで、われわれは困難なことを達成しました。私たちは最も重要な統治改革を、国民の支持を得て実現しつつあるります」大統領はまた、東部と南東部の諸県の票がとりわけ重要だったと力説し、南東部のすべての県で、支持票が10~20%増加したと言いました。大統領はまた、すぐに首相とMHPの党首とともに、死刑の復活を討議したいと言いました。

「首相もバフチェリ氏も支持すると思う。クルチュダルオール氏(CHPの党首)も、支持すると言っている。みなが支持すれば、私も承認する。でなければ、この問題について、また国民投票をしてもよい」と、エルドアン大統領は言いました。


クルド系が大半の東部でイエス票がのびた

親PKK(クルど労働者党)の人民民主党(HDP)は、国民投票でノー票を支持していましたが、クルド系市民が圧倒的に多い東部、南東部で、イエス票がのびました。

 Sabah
ディヤルバクルで投票するクルド系女性


HDPが強いハッカリ県で、イエス票が32.35%を占めました。2015年11月の総選挙では、AKPとMHPの得票は合計14%でしたから、17.6%も激増したことになります。シルナク県ではイエス票が28.41%でしたが、2015年11月の総選挙時のAKPとMHPの合計にくらべると、16.29%の増になります。

ムシュではイエス票が、僅差ながらノー票に勝ち、50.60%になりました。2015年11月の選挙では、AKPとMHPのトータルで35.2%でしたから、これは15.4%の増加になります。東部のアール県では、イエス票は43%でしたが、2015年には27.4%でしたから、15.6%増の大躍進といえます。


トルコ全土でキリスト教徒たちが復活祭を祝った

 トルコ全土で多くのキリスト教徒たちが復活祭を祝ったと、ド-アンニュースが報じました。

 Hurriyet

ミサが多く行われたのは、南部ハタイ県、メルシン県、マルマラ地方のエディルネ県、南東部のマルディン県です。イスタンブルでは、多くのキリスト教徒が、フェネル・ギリシャ正教会のディミトリ・バルトロメオス総主教が主宰するミサに出席するために、アヤ・ヨルギ教会に集まりました。マルディンのシリアク・キリスト教徒も、国民投票をすませた後、クルクラル教会で復活祭を祝いました。

エルドアン大統領は、4月16日、復活祭を祝うキリスト教徒たちに「ハッピー・イースター」のメッセージを送ったと、アナドル通信が報じました。「わが国民が、自分の宗教、文化、伝統に従って自由に暮らせることに、われわれは重きを置いている。文化や民族の差異こそが、トルコの豊かな遺産だ」と大統領は言っています。「この国で何百年もつづいてきた異なる宗教の共存が世界の模範となることを願う」

Sabah

ユルドゥルム首相は文書でキリスト教徒たちに、復活祭の祝いを送りました。「トルコでは何百年間も、教会とシナゴーグとモスクが同じ通りにあった。これこそが平和と寛容のシンボルだ」と首相は言っています。ナビ・アヴジュ文化観光相も、16日、復活祭の祝辞を文書で送っています。アヴジュ観光相は、異なる文化、伝統、信仰を尊重することの重要性を力説しています。

トルコには現在、約15万人のキリスト教徒がいると思われます。キリスト教徒は、イエス・キリストが十字架に架けられた後、よみがえった日を復活祭と考えています。


   「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

党首たちも国民投票に1票を投じた

2017年04月15日 | 国内
4月16日 16日、政党の党首たちも、現在の議会制を大統領制に変えるか否かを決める国民投票に一票を投じました。

 Hurriyet

ビナル・ユルドゥルム首相はイズミル県で投票。「今夜、投票箱が開けられれば、結果はわかる。結果がどうであれ、われわれは喜んで受け入れる。わが国民の決定がベストな決定だ」と、ユルドゥルム首相は、メンデレス地区で投票した後、記者団に語りました。「私は投票によって、市民の義務を果たした」

最大野党・共和人民党(CHP)のケマル・クルチュダルオール党首は、首都アンカラの学校で投票を済ませました。「われわれはトルコの運命に関わる投票をした。すべての市民は責任を感じながら投票をするだろう」とクルチュダルオール党首は記者団に言いました。「われわれはすべての市民を受け入れ、尊重する。よい結果が出ることを望んでいる。われわれはみなとともに、トルコの基本的な問題を話し合う機会を得るだろう」

 Hurriyet

愛国者運動党(MHP)のデヴレト・バフチェリ党首はアンカラで投票しました。「市民としての義務を果たせて嬉しい。トルコの政治は未来へ向かって新しい構造になるだろう」とバフチェリ党首は記者団に語りました。

 Hurriyet

エルドアン大統領および現政権・公正発展党、MHPは“イエス”票を支持し、MHP内の反体制派、CHP,野党の人民民主党(HDP)は“ノー”票を支持しています。

メフメト・シムシェク副首相は南東部ガジアンテプ県のシェヒカミル地区で投票しました。投票後、副首相は市民としばらく雑談しました。「決定は国民にかかっている。キャンペーンは終わった。今日まで、われわれは努力してきた。最後の判定は国民がする。國民がどう決めても、それがわが国にとってのベストだ」と、シムシェク副首相は記者団に言い、この国民投票は共和国の歴史で最も重要な決定になる」と付言しました。

メヴリュト・チャヴシュオール外相は南部アンタリヤ県のアランヤで投票しました。

 Hurriyet

「国民がトルコの未来を決める。今日は、トルコの未来への重要なターニングポイントだと思う。トルコ全土で、国民が民主的権利を行使した。これが民主主義だ」と外相。

シュレイマン・ソイル内相は,黒海地方のトラブゾンで投票し、ヌマン・クルトゥルムシュ副首相はイスタンブルで投票しました。「国民投票が行われたことは、トルコの民主主義にとって大きな進展だ」と、クルトゥルムシュ副首相は記者団に言いました。

 Hurriyet

HDPのセラハッティン・デミルタシュ共同党首の妻バシャク・デミルタシュさんは、南東部ディヤルバクル県のカヤプナル地区で投票しました。デミルタシュ共同党首は2016年11月4日に逮捕され、現在も西部エディルネ県の刑務所にいます。


トルコの漁業シーズン終わる

 全国的な漁業禁止令によって、トルコの漁業は9月1日まで休業になりました。

Hurriyet

トルコ農業者会議所のシェムシ・バイラクタル会長は、4月14日、声明で、「漁業禁止令は、より健全で、持続性のある漁業のために必要だ」と言いました。「魚の生命を守るために、禁止令に従うことが大切」とバイラクタル会長は力説しました。環境保護主義者たちは漁業禁止令を10月までのばすよう要請し、4月から10月までの期間は、魚が産卵するのに最も重要なときだと言いました。

バイラクタル氏は、「トルコの魚消費量は世界平均より少ない。消費を増やすために、新しい対策が必要だ」と言っています。「年間1人当たりの漁獲量は、世界的には20キロですが、トルコでは7キロです。消費を増やす対策をとらなければなりません」

世界では年間、1億1000万トンの漁獲量がありますが、そのうち2500万トンは養殖場から来ます。トルコの場合、養殖場から来る魚は70万トンです。


歴史的隊商宿がバーから博物館に変わる

シュレイマン壮麗王が、母后アイシェ・ハフサ・スルタンのために、マルマリスに建てたキャラバンサライ(隊商宿)は、現在、一部がバーとして使われていますが、歴史家で作家のタルハ・ウーウルルエル氏は、「何百年も前に、神のために建てられた建物が、バーや娯楽場になっているのは嘆かわしいことだ」と言いました。

 Hurriyet

アイシェ・ハフタ・スルタン・キャラヴァンサライはロードス島征服の3年後、1545年に完成しました。碑文には「スルタン・セリム・ハンの息子、陸と海のスルタン、アラブとペルシャの王たちの主、スルタン・シュレイマン・ハンが、1545年、このメンジルハネ(休憩所)を建てた」と書かれています。

この由緒あるキャラヴァンサライのアーチの中に、バーが造られ、一部地元民の顰蹙を買っていましたが、彼らは首相府のコミュニケーション・センターに申請し、この建物を国が接収するよう要請ししました。その結果、文化・観光省がこの建物を博物館に変えることになりました。

キャラヴァンサライは私有財産ですが、当局がこの建物を接収し、修復していると、ムーラ県のアミル・チチェキ知事は言いました。キャラヴァンサライの80%を管理しているギルギンチ家の人々は、歴史的建物が博物館になることは喜ばしいと言っています。マルマリスの市会議員でもあるアルズ・ギルギンチさんは、キャラヴァンサライは昔から私有財産だったが、地元の人々がバーより博物館になることを望んでいると言いました。

「この建物は私の家族が株主になっていますが、国家の管理が必要でしょう。この建物が私たちの祖先から私たちへの遺産であるなら、私たちはこの遺産を地域の人々に残さなければなりません」とアルズさんは言いました。「キャラヴァンサライは接収され、復活し、国の管理下で地域のものになるべきだと思います」


   「ときどきダイアリー」ヘ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加