トルコのトピックス

トルコの新しい話題をご紹介しています

まもなくイスラムの聖月ラマザンが始まります

2011年07月30日 | 文化
7月30日 ラマザン(断食月)が7月31日の日曜の夜から始まります。
ラマザン中、世界中の厳格なムスリムたちは、夜明けから日没まで断食します。
人々は夜明け前に起きて朝食をとり、夕刻の祈りの時間まで水も飲まず、その後、イフタルという断食あけの夕食をとります。

Hurriyet

ラマザンはイスラム暦によるので、毎年、11日ずつずれてきますから、ラマザンが夏のことも冬のこともあります。
今年は真夏ですから大変です。水も飲まないのですから熱中症で倒れるヒトも出そうですね。思えば、1982年夏、旧友アルパッサンとその友人たちと初めてカッパドキアへ行ったときも、ラマザン中でしたっけ。

今年のラマザンは8月1日から30日まで。わかりやすいですね。ラマザンが明ければ、シェケル・バイラム(砂糖祭)、3日間のお祭で、ご馳走食べて、学校もお休み。

写真はメヴラーナのセマー(旋舞)を踊るデルヴィッシュ(修行僧)。
本物はメヴラーナゆかりの地コンヤで古式ゆかしく行われていますが、近頃はイスタンブール旧市街の中心スルタナメットなどで、観光客のための簡略なショウも行なわれています。

ちなみにデルヴィッシュとはトルコ語で修行僧。アラブ語・ペルシア語ではダルヴィッシュ。野球のダルヴィッシュは「修行僧」という意味の姓です。

さらに、ちなみに、日本では断食月をラマダンと言っていますが、ラマダンはアラブ語。トルコ語はラマザンです。
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バーのオーナーたちが市の屋外テーブル除去に抗議デモ

2011年07月30日 | 国内
7月29日 私個人としては、店の外の席、つまり屋外テーブルで飲んだり食べたりするのがイスタンブールの大きな楽しみなんですけど。
でも、市当局は、飲食店が道に椅子やテーブルを置いて営業するのを禁じているのです。
先日、イスタンブールの中心ベイオール地区で、突然現れた警官たちが屋外の椅子やテーブルを持ち去るという“事件”があって、バーやレストランのオーナーたちは大憤慨。「食事をしているお客さまを立たせて、椅子を持ってったんですよ」と怒っています。

 Hurriyet

水曜、タクシム、アスマルメスジト、ジハンギル、ガラタ地区のオーナたち約500人がイスティクラル通りをデモしました。
彼らは市の責任者が会見し説明するよう求めたのに、返答はなかったと言っています。
ベイオール・バー娯楽場協会(BEYDER)のタルカン・コナル会長は、「私たちはテーブル2つを道に置いただけですよ。この荒っぽいやり方には裏があります」と言っています。

「もうじきラマザン(断食月)なのが理由ですよ。断食月に外で飲酒させたくないという首相の陰謀だというメディアもあります」(エルドアン首相は熱心なイスラム教徒です。)
「私たちはそんなことどうだっていい。これはベイオールの問題、私たちの店とパンの問題です」

最大野党CHP(共和人民党)の議員数人も、このデモに参加していたそうです。その1人、ギュルセル・テキン議員は「屋外テーブルの除去はバーのオーナーたちだけでなく、何百万のイスタンブール市民を困惑させます。ベイオールは多くの市民が社会生活を営む場所です。屋外テーブル禁止法は受け入れられません」と言っています。

警官たちは持っていった椅子やテーブルを返さず、壊してしまったと憤慨するオーナーもいます。市長、出て来い!


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発掘されたレリーフから古代戦車レースの詳細がわかってきた

2011年07月28日 | 文化
7月28日 テロの話より古代遺跡の話のほうが楽しいですね。今日も古代遺跡です。

南トルコのミューラ県の古代都市ストラトニケイアの発掘現場で、2000年前の戦車レースの場面や剣闘士の名を描いたレリーフが発見され、このエリアがスポーツ・イベントの重要な場所だったことが確認されました。

 Hurriyet

「戦車レースのレリーフによって、スポーツ活動について知ることができるだけでなく、当時の馬車や馬具についても情報が得られます」と、パムッカレ大学発掘チームのリーダー、ビラル・ソーウト博士は言っています。

この古代都市はBC3世紀に建設され、その後、ギリシア領、ローマ領になりました。
発掘現場では、7つの大学の学生と学者45人と、30人の作業員が働いています。2009年にも、戦車レースのレリーフのあるブロックが発見されましたが、今回のものとは違う建造物に使われていたものと思われます。

「戦車レースは古代、非常に重要なイベントで、葬式にも行なわれました。剣闘士たちはここに暮らし、彼らの墓もここにあることがわかっています。剣闘士たちが戦った建物も発見できると信じています」とソーウト博士。

「“過去を知らずして未来を知ることはできない”と歴史は教えている」という名のプロジェクトを推進している教育省も、この発掘を支援しています。
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古代都市クサントスの遺跡発掘にトルコ人考古学者が着手する

2011年07月27日 | 文化
7月27日 トルコ南海岸、いまのアンタリヤやミューラの辺りが古代リキア(Lycia)です。古代都市クサントス(Xanthos)はBC2世紀、リキアの首都であり、文化と商業の中心でした。
クサントスはいまのアンタリヤ県のクヌク村。古代都市遺跡が残っています。

Hurriyet

この遺跡の発掘は60年前からフランスのボルドー大学が行なうことになっていたのですが、作業は遅々として進みません。で、このほど、アクでニス大学の考古学者たちが正式に発掘を引き継ぐことになりました。
クサントスの古代遺跡は1988年以来、ユネスコ世界遺産に入っています。

ヘロドトスによれば、ペルシア軍がクサントスを包囲したとき、リキア人は自らアクロポリスを破壊し、妻子や奴隷を殺し、ペルシア軍に決死の突撃をして全滅したそうです。
包囲を逃れた80家族を残して、クサントスの全住民は消え去りました。
 
アクデニス大学の考古学者チームは2か月間で発掘を終え、モザイクを修復し,遺構もきれいにすると、チームのりーダー、ヴァルクヴァンチュ教授は言っています。

遺跡で発掘されたオリジナルの彫刻やモニュメントは大英博物館に展示されています。(返しなさい!)


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暑さと応急手当の知識不足で溺死者が増えている

2011年07月27日 | 国内
7月26日 日本でも毎夏聞かれる聞きたくないニュースですけど、トルコもいま暑さのピークで、イスタンブルでも、この週末、8人が溺死したそうです。
日曜、イスタンブルのオメルリ・ダムの貯水池で、1家族の4人が溺死するという悲しいj事故もありました。

 Hurriyet

「みんなのための緊急健康サービス協会」のユルキュメン・ロドプル会長は「みなが応急手当の知識を持つべきです。子供だけで泳がせてはいけません」と言っています。

「ひとを助けようとして溺死する人が多いのです。救助の訓練を受けていない人は、すぐに飛び込むより、溺れている人に木の枝や、上に乗れるものを渡すことを考えてください」

「先進国の溺死のケースはほとんど個人宅のプールですが、トルコの溺死のケースはほとんどダムの近くか、川か、プールです」とロドプル会長。(あらあ、日本は先進国じゃないですね。)

「近年、溺死者の数は急増しているのです。人口の増加、プールの増加、応急手当の知識不足、飲酒後の水泳などが溺死増加の原因ですね」

毎年、トルコ全土で900人が溺死しているそうです。悲しい夏にならないように、日本人も気をつけましょうね。
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トルコを訪れる外人ツーリストは今年も増えつづけています

2011年07月26日 | 経済
7月25日 トルコを訪れる外国人ツーリストは増える一方。6月の外人ツーリストは昨年同月より8.02%増えて、378万人に達しました。
文化観光省は金曜、6月は5月より4.28%増えたと発表しました。

 Sabah

2010年、トルコを訪れたツーリスト総数は、前年より5.74%増えて、286万人に達しました。
2011年の1月~6月のツーリスト数は昨年同期より12.58%増えています。
外国からのツーリストはトルコに貴重な外貨をもたらせてくれます。トルコ経済にとっては大いに喜ばしいことですが、ホテルは高くなるし、名所旧跡は混むし、私たちにとっては、あまり喜ばしくないですね。

東南部ではPKKのテロリストが暴れ、支持派と反対派の衝突が民族的対立を招くと懸念されるこの頃ですが、エーゲ海岸や地中海岸のビーチ・リゾートでは外人ツーリストがのんびりと夏の休暇。それもこれも現在のトルコです。


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東南部でまたも兵士3人殺害。いい加減にしろ、PKK

2011年07月25日 | 国内
7月24日 土曜夜、東南部マルディン県のオメルリ地区で、3人の軍人が不法テロリスト集団PKK(クルド労働者党)のメンバーと思われる集団から待ち伏せ攻撃を受け殺されました。
エルハン・ギュル将校、サドゥク・ギュリュ将校、アリ・オズテュルク特務軍曹の3人は、夕食の招待から駐屯地へ帰る途中でした。

 Hurriyet

急襲を受けた3人はその場で息を引き取りました。あたら若い命をと、痛ましく悲しい限りです。

マルディンのトゥルハン・アイワズ知事は、襲撃者逮捕のための作戦は始まっていると語りました。

相次ぐテロに、エルドアン首相は、「われわれは悪意ある人々に善意を持つことはできない」と怒り心頭。
テロと戦うために、政府は憲兵隊と軍の混成の新組織をつくると発表しました。
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PKK反対派と支持派がイスタンブール・ゼイティンブルヌで衝突

2011年07月22日 | 国内
7月22日 水曜夜、イスタンブールのゼイティンブルヌ地区で、不法テロリスト集団PKK(クルド労働者党)の支持グループと反対グループが衝突しました。
先週、東南部で13人の兵士がPKKの襲撃で殺されたことに対する抗議から起こった事件です。

男性皆兵のトルコでは、兵隊さんはフツーの青年たちです。兵隊さんは自分たちの息子であり夫であり兄弟です。卑怯なやりかたで理由もなく兵隊さんを殺す輩を許せないと思うのは当然でしょう。

 Hurriyet
 
騒ぎは夜中に始まり、朝までつづきました。PKKに抗議する集団が、クルド系の政党BDP(平和民主党)の支部に石を投げたのです。
PKK支持派が応酬。混乱の中でアパートやオフィスの窓が割られました。
結局、警察が来て、コショウ・スプレイを噴射、騒ぎは収まりました。

フツーのトルコ市民としてフツーに暮らしているクルド系の人々は「クルド系の人々とPKKはべつもの。いっしょにしないでくれ」と思っているのです。
PKKは国連もアメリカも、もちろんトルコも、テロリスト集団と認定している非合法テロ組織です。
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ヘイベリアダの著名な作家の屋敷が修復されて博物館に

2011年07月22日 | 文化
7月21日 イスタンブールの沖合いに浮かぶ5つの島「皇子たちの島々」。トルコ人は単にアダラル(諸島)と呼んでいます。
いちばん遠くて、いちばん大きいビュユックアダは、日帰りできるリゾートとして、イスタンブールっ子にも旅行者にも人気です。

5島のひとつヘイベリアダは、私、ステイしたことがありますが、ビュユックアダより静かで落ち着けます。
そのヘイベリアダの丘の上に、この古く美しいお屋敷があります。トルコ共和国の初期に活躍した著名な作家で政治家だったヒュセイン・ラフミ・ギュンプナル(1864~1944)の家です。

 Hurriyet 

住む人がいなくなってから、浮浪者が入り込んだり、家は荒れるにまかせていましたが、地もと高校の教師と学生が修復し、2000年から博物館として公開されています。
家の所有権は1964年、作家の後継者からイスタンブール県に移されました。

先週、イスタンブール県庁は、この屋敷を建築家の手によってきちんと改装し、りっぱな博物館にすると発表しました。
しかし、「皇子の島々」では夏季の改築・建設工事はいっさい禁じられているので、工事が始まるのは10月になると思われます。

作家ギュンプナルは、晩年は幼なじみの友人とこの家に住み、ほとんどの著作をこの家で書いたそうです。

いまは女性管理人が住み込みで、見学者の世話から清掃、メンテナンスまで一人で仕切っています。
りっぱに改装される前に、この美しく荒れ果てた木造の家を見に行きたいなあと思います。


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テロリスト集団PKKの実態に初の学術的調査が行なわれました

2011年07月20日 | 国内
7月20日 悪名高いクルド労働者党(PKK)、なかなか根絶できそうもないけれど、そもそもどんなヤツが、どこからやってきて、どんなわけでメンバーになるのか。

「トルコ経済政策調査団」(TEPAV)が北イラクのカンディル山脈に巣食う461人のPKKメンバーを対象に徹底調査しました。

カンディル山中を移動するPKKメンバーたち Hurriyet

PKKの勧誘は15歳くらいから始まり、参加する平均年齢は男性19.3歳、女性17.2歳。新入りメンバーの相当数が18歳未満といいますから、子供を騙してテロリストに仕立てるようなものですね。

若者をテロリスト集団に走らせる要因は、低就学率、10代女子の強制早婚、社会的プレッシャー、巧みなプロパガンダなど。とくに抑圧された女子は自由を求めてPKKに走るようです。

メンバーの89%が男性、11%が女性ですが、驚くべきは彼らの寿命の短さです。メンバーになってから、男性は6.9年、女性は7.2年で死んでいます。山中での死者の平均年齢は、なんと26.3歳。
軍との衝突で死ぬ者も、劣悪な生活環境から死ぬ者もいるでしょう。痛ましくなる数字ですね。
 
PKKのメンバーの25%は外国人で、トップがイラン人、次がシリア人。トルコ人メンバーは東南部のハッカリとマルディン出身者が最多ですが、5000~5500人といわれるPKKぜんぶでいうと、イスタンブール出身者が最多だそうです。

「テロリストを根絶するためには、彼らは何者か、どこから来たのか、なぜフツーの生活を捨ててPKKに参加したのかを知る必要があるでしょう」と、この調査に携わったニハト・アリ・オズジャン博士は言っています。


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