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トルコはイラク地震の被災者支援に乗り出した

2017年11月11日 | 国際
11月13日 トルコは、11月12日、イラクで起こったマグニテュード7.3の地震の被災者たちの支援に乗り出しました。

 Hurriyet

ビナリ・ユルドゥルム首相は、トルコは地震の被災者とともにあると明言し、軍用貨物機が医療品とテント250張りと食料を、北イラクのスライマニヤに届けたと言いました。「トルコは地震の被災者である兄弟たちとともにあることを知ってほしい。トルコは兄弟であるイラクの人々が必要とする医療品と食料の第1便を送った」と首相は11月13日朝、言いました。支援物資と捜索・救助チームをのせた軍の貨物機がアンカラを発ち、13日、北イラクのスライマニヤ国際空港に着きました。

また、エアバスA400Mアトラスが、災害緊急管理局(AFAD)の20人の強力な捜索チームと医療チーム、車輛2台、テント60張り、毛布320枚、医療品を積んで、朝9時24分、エティメスグト空軍基地を離陸しました。陸路でも、捜索・救助チームが送られたと、AFADのメフメト・ギュルオール局長が言いました。

トルコはバグダードの中央政府とイラク赤新月社と連絡をとりあって支援を行っています。トルコ外務省は地震の犠牲者に哀悼の意を表明し、トルコは災害管理局と赤新月社を通じて“支援する用意がある”と伝えました。メヴリュト・チャヴシュオール外相はツイッターに「トルコは捜索・救助チームを組織し、イラク地震の被災者のための人道支援を送った。われわれの思いと祈りはイラクの兄弟たちとともにある」と書いています。

イランも地震に襲われました。トルコのデミルジャン保健相は、「イランからまだ要請はないが、必要ならトルコは助力する用意がある」と言いました。イラクを震源とする激しい地震は、イラク国境に近いイランのケルムナシャ県にも大きな被害を与え、多くの負傷者を出しました。

保健相はまた、40台の救急車の用意があり、多くの病院で4200のベッドと217の集中治療ユニットが用意されていると言いました。

トルコの東部と東南部でも地震は感じられたが、負傷者の報告はないと、AFADのギュルオール局長は言いました。ディヤルバクル、バトマン、マルディン、ハッカリ、ヴァン、ムシュ、シュルナクでは揺れが感じられました。「トルコでは家屋の損壊や負傷者の報告はない」とギュルオール局長は言い、AFADはイラク当局と連絡を取りつづけると付言しました。


「ギュレン送還はアメリカの出かたを見る」ユルドゥルム首相

 ビナリ・ユルドゥルム首相は、10日、「トルコはフェトフラー・ギュレンの送還については、アメリカの出かたに従って対処する」と言いました。ギュレンは昨年の未遂クーデターの主謀者として告発されています。

 Hurriyet

「われわれはアメリカに、必要なこと、われわれが期待していることは、送還問題だと伝えた。アメリカはギュレンの送還に関するトルコの気持ちはわかっている」とユルマズ首相は言いました。「われわれは今後を見て、それによって対処する。われわれの目的はこれ以上の緊張ではなく、関係の改善だ」

ユルドゥルム首相は、「アメリカのマイク・ペンス副大統領とのホワイトハウスでの会談は、非常に実りあるものだった。われわれはさらに関係の改善とにした」と言いました。

ユルドゥルム首相は、首相としての初のアメリカ訪問の最後の日に、アントニオ・グテーレス国連事務総長を訪ねました。「われわれは主として、ラカイン(ミャンマーの州)の状況と、シリアの戦争を終わらせること、恒久的解決を見出すために国連がより積極的な役割を演じるべきことなどを話し合った」と首相は言いました。


イスタンブルのジェムエヴィが襲撃された

11月9日、イスタンブルのアレヴィ派の祈りの家「ジェムエヴィ」が襲撃されました。攻撃者は建物に火を放とうとしました。

 Hurriyet

午後6時頃、スルタンガジ地区のハビブレル・ジェムエヴィに石が投げ込まれ、窓が割られました。攻撃者は割れた窓から、燃えているプラスティックのバケツを投げ込みました。バケツの炎からカーペットに火がつきましたが、ジェムエヴィの職員が火を消しました。

事件で負傷者はなく、警察が現場に駆けつけ検証しました。警察は犯人逮捕のために動きはじめました。ジェムエヴィの職員ハイダル・カラテキンさんは、事件のとき、建物内にはだれもいなかったと言っています。「扉には鍵がかかっていました。私たちが中に入ると、カーペットが燃えていたので、すぐに火を消し、警察に通報しました。なにか液体の入った、小さなバケツがありました」と、カラテキンさんはドーアンニュースに語りました。

「私たちは挑発にのらず、団結を乱されることなく、わが道を進みます」と、事件後、ハビブレル・ジェムエヴィの責任者オルハン・サトゥルムシュさんは言いました。アレヴィ・ベクタシュ連合のゼイネル・オダバシュさんも攻撃を非難して言いました。「私たちはこんなワナにははまりません。私たちはアレヴィ信徒として、民主主義や、共和国や、世俗主義、国旗や国家を持ち出して、私たちの道を、わが国を、統一と団結を傷つけようとする連中を許しません」

ジェムエヴィを攻撃するのは野蛮なイスラム国(ISIL)の連中だと、オダバシュさんは付け加えました。「イスラム国や、アレヴィとスンニーの間にいる野蛮な連中が、陰謀を企て、人々を悪しき方向に導こうとするのを、私たちは許しません」

・・・アレヴィーは、簡単にいえばイスラムの1宗派ですが、半ば文化的、半ば民族的コミュニティとも言えます。トルコ人のほとんどはイスラムのスンニー派に属しますが、アレヴィはシーア派の一派とも言われます。アレヴィ派の人はモスクに行かず、断食もしませんから、アレヴィはイスラムではないとも言われます。「ジェムエヴィ」はアレヴィの集会所、祈りの場です。トルコ国民の10~20%がアレヴィと言われています。


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トルコはアタテュルク没後79年を記念した

2017年11月11日 | 国内
11月12日 10日、トルコは、共和国の創設者ムスタファ・ケマル・アタテュルクの没後79年を記念しました。トルコ人は国内外で、2分間の黙祷を捧げました。

 Hurriyet

首都アンカラにあるアタテュルクの霊廟アヌトゥカビルには、共和国初代大統領を敬愛する多くの人々が訪れました。午前9時5分、アタテュルクが亡くなった時刻に、サイレンが物悲しく鳴り渡りました。1938年11月10日、アタテュルクは57歳で、イスタンブルのドルマバフチェ宮殿で亡くなりました。

毎年、この日には、サイレンが鳴らされ、半旗が掲げられます。街路を行く人は足を止め、職場にいる人は無言で起立して、近代トルコの創設者を想います。アヌトゥカビルで行われた公式の式典には、エルドアン大統領も出席し、アタテュルクの墓前に花輪を捧げました。「私たちは、いまふたたび、初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクを記憶します」と、エルドアン大統領は記念帳に記しました。

イスマイル・カフラマン国会議長や、最大野党・共和人民党(CHP)のケマル・クルチュダルオール議長のほか、高官たち、軍幹部も式典に出席しました。


ユルドゥルム首相もNY領事館のアタテュルク記念式に参加

11月10日、ビナリ・ユルドゥルム首相は、ニューヨーク領事館で行われた、トルコ共和国創設者ムスタファ・ケマル・アタテュルクの没後79年記念式典に参加しました。

 Hurriyet
前列右端がメヴリュト・チャヴシュオール外相、その隣がユルドゥルム首相


ユルドゥルム首相は、10月7日、アメリカ公式訪問に出発し、9日、アメリカのマイク・ペンス副大統領と会談しました。首相はその日遅く、ニューヨークへ向かいました。


トルコ首相とアメリカ副大統領の会談は関係改善を誓いあった

両国間に亀裂が生じているなか、トルコのビナリ・ユルドゥルム首相とアメリカのマイク・ペンス副大統領の会談で、トルコとアメリカは両国関係の新しい時代を誓いました。

 Hurriyet
アメリカのマイク・ペンス副大統領(左)とトルコのビナリ・ユルドゥルム首相


「両国首脳は、この会談がアメリカとトルコの関係の新しい頁を開くのに役立つことを望むと希望を表明し、友好国として、また同盟国として、建設的な対話が必要という見解で合意した」と、ホワイトハウスは10月9日のワシントン会談後、声明で発表しました。

「会談は予定よりのび、1時間半に及んだが、非常に実りのあるものだった。両国は対話をつづけることにした」ユルドゥルム首相は言いました。「われわれは諸問題を誠実に、真摯に話し合った」と首相は会談後、記者団に語りました。「問題を解決するために電話で話し合うことで合意した。副大統領はトルコに対してポジティブに見ていると思った」

YPGについて
両国間の重要な案件のひとつは、アメリカが「シリア・クルド人民防衛隊」(YPG)を支援していることです。YPGは非合法組織クルド労働者党(PKK)とリンクしているため、トルコは彼らをテロリスト集団と見ています。アメリカはイスラム国(ISIL)との戦いで、YPGを支援しています。

「われわれはYPG問題について、ざっくばらんに話した。アメリカはこの問題に関するトルコの気持ちを理解した」とユルドゥルム首相は言いました。「ISはいま、ほとんど敗退したのだから、アメリカはYPGへの支援を止めるべきだ」首相は言い、YPGに送られた武器がPKKの手に渡る懸念をくり返しました。トルコのヌレッティン・ジャニクリ防衛相も、同日朝、アメリカのジム・マティス防衛相に強く訴えました。

ユルドゥルム首相によると、ペンス副大統領は、YPGとの協力は“短期間だけ”だと言い、アメリカは武器の流れをしっかり見張っていると言ったそうです。

ビザ危機について
ユルドゥルム首相のアメリカ訪問前に、両国は相互のビザ危機を緩和する決定をしていました。ビザ危機は、イスタンブルのアメリカ領事館で働く2人のトルコ人の逮捕から始まりました。ユルドゥルム首相は、会談ではこの問題は控えめに扱い、“問題は正常にもどすこと”だと言いました。

アメリカ領事館職員のメティン・トプスが、フェトフラー・ギュレンのネットワークとの関連で告発されたことから、ビザ発給の中止が始まりました。ギュレンは2016年7月の未遂クーデターの最重要容疑者です。


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