猫の同居人のつぶやき

猫との日常をつぶやいています。

伸びる力 耐える命

2009年06月12日 | Weblog
ベランダのプランターがほったらかしだった。

やっと生きているだけの時々の水。
天からの、時には過酷な、けれど恵みの光。
季節任せの夜と昼。
季節任せの寒さ熱さ。
冬は凍ってとけ落ち夏には干からびて、やっと命をつないできた植物たち。

どうしても寒さに弱いものは、室内に入れっぱなしの、弱い人工光。
きまりもなくだらだらと続いている昼。


それが、自分自身に一段落のプレッシャーと転機があり、ベランダにも手を入れた。
砂ぼこりに変わるばかりのカチカチの土に細い根を張り巡らして生き延びていたかすかすの多肉の葉が日を追ってふっくらとしてくる。


小さく小さく葉を削って生き延びていたヒオウギは、のびのびと葉を伸ばしはじめ、よく見ると過酷な数年のうちに株を増やしていた。

干からびて干からびて棒きれにペラペラの縮れた葉をやっとのばしていたタマノオは、ママが分けてくれたころのふっくらとした縁に紅を付けた可愛い姿にみるみる戻った。

室内に閉じ込められ年々痩せた月下美人も株元に半分埋まったまま腐らず乾かずあった葉のかけらから根をのばした。

なにも言わない ママのような命

落胆してつぶれたりしない 当たり前のように我慢している ママのような命


世話を忘れるのは、餌をくれという猫と比べたら、簡単だ。

からしてしまっても、しかたがなかった と思うのは、猫を死なかしたときより、簡単だ。

鉢植えがダメになるとき、それはダメになった植物の寿命なんかじゃない。
鉢植えがダメになるとき、それはきっとろくでもない世話をし、必要を感じてやらずに放置した結果だ。

手を抜いてさえ我慢している植物が枯れかけたとき、見て見ぬふりをして枯れ果てるまで手をこまぬいていたり、気づかないふりをしたり、時には本当に気づきもしないで、枯れ果ててからしかたないと思ったり、枯れ果てもしないうちに仕方がないと片づけてしまったり。

そんなことは、どこにでもある。人間の終末にもいくらでもある。。。
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キーワード
プランター
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コメント

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Unknown (はりせんぼん)
2009-06-16 02:02:43
TBありがとうございました.
生きることの
生かすことの
その二つの祈りの関わりが
良く伝わってきました.

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