ランドマーク探しⅢ

2012年から出張先での風景や社寺仏閣、由緒を訪ねて記録してきました。2016年からは自分の足で散策し、記録しています。

心光院(心光教院)江戸名所図会めぐり

2017年07月11日 10時10分33秒 | 江戸名所図会めぐり

暑い中「飯倉熊野神社」から「心光院」に向かいました。今の心光教院は東京タワーの下にあります。

というのは昔はここは隣の瑠璃光寺の境内でした。瑠璃光寺といえば山口県を思い出しますが、それと関係があるようです。山口では数回散策していますがブログはこちら山口・瑠璃光寺にアップしています。

★ランドマーク瑠璃光寺: 瑠璃光寺は、五重塔で有名な山口県の瑠璃光寺に縁のあるお寺として、慶長年間の1614年に開山されました。 大江戸線「赤羽橋駅」徒歩5分の、瑠璃光寺墓地へのお墓参りの際は、東京タワーを墓所内からご覧になることができます。また、周囲はロシア大使館をはじめとして、各国の大使館、寺院が立ち並ぶ閑静な地です。

 平成7年に新築された境内は、東京タワーを背景に、コンクリートと木のぬくもりが見事に調和した、洗練された趣きとなっております。(墓地の案内)

古地図でみると渋谷川の赤羽橋の近くにありました。金地院とのところで説明しましたが、東京タワーのある場所は向は金地院の敷地だったようです。江戸名所図会に描かれているのは渋谷川に面していたころのものです。

★ランドマーク心光院:当院は増上寺の学寮として開設され、増上寺が貝塚(現・千代田区紀尾井町あたり)から現在地へ移転した時に、切り通しの涅槃門付近(現・芝高校あたり)に配置されました。宝暦十一年(1761年)九代将軍徳川家重霊廟造営のため赤羽橋北詰西側に移転、昭和ニ十五年(1950年)現在地に移りました。

ということで1761年から渋谷川沿いに、昭和25年にに現在のところに移ったようです。私の彩(いろ)「江戸名所図会」大人の塗り絵より

増上寺から渋谷川、赤羽橋のところは錦絵にいろいろと登場します。有名なのが

広重の名所江戸百景  増上寺塔赤羽根です。広重 江戸名勝図会 赤羽根 こちらは反対側からの絵のようです。

心光院は左手前あたりあったのではないでしょうか。

今のキューバ大使館の下あたりあったのでしょうか。

赤羽橋には15年1月に行っています。渋谷川は首都高速の下に流れています。江戸名所図会

キャプション:鳳城南赤羽の浜/郊天晴れ近くして五雲新たなり/芝山の樹は銀台の色を擁し/麻谷の流れは碧海の春を侵す/客裡家を攜(たずさ) え白髪を羞ぢ/人間地を卜して紅塵を避く/少年車馬相汚すことを休め/沐し罷りて聊か裁す地上の巾 南郭

この山門の右手の壁にと書かれていました。文化庁の登録有形文化財となっています。

見上げると東京タワーです。増上寺の塔の代わりではないですが、塔が建っています。

中に入ってみました。本堂です。

昭和25年に移転してきたということで、古いものは山門だけのようです。墓地は扉があったので入りませんでした。

あまりに暑かったので、向側の緑地(児童公園)で涼んでいました。水色の線のように歩いて会社のある所に行きました。

公園には木槿が咲いていました。抜けるような青空、暑さが感じられるでしょうか。

 

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