八ヶ岳山麓の暮らし

標高およそ1,200mの八ヶ岳山麓で、見たり聞いたり経験したことを気ままに書いています。

飼い犬の死

2017-06-30 06:51:45 | 日記
 飼い犬のハナが死んでしまった。朝夕30~50分、私はハナとの散歩が楽しみな日課だった。そうした中、散歩後に5段のデッキ階段を一気に駆け登れない時があったり、後ろを付いてきた筈がいつの間にか引き返し玄関前で待っていたりなど、齢とってきたせいなのかと思うときもあった。

 食事の牛乳やドッグフーズを残すようになった時、散歩時間を少なくした。同じものを続けると食べなくなり、好きなものを食べさせるようにした。それにも限界があり、とうとう何も食べなくなってしまった。それが6月4日、水だけを飲む日が6月13日まで続いた。トイレは、昼夜を問わず抱きかかえて連れ出し抱きかかえて連れ帰った。

 動物病院で診てもらった血液検査では、内臓に疾患はないという結果だった。犬の病院食の缶詰を与えると、6月14日から全部ではないが食べてくれた。仕草でトイレの意思を感じた時は、抱きかかえて連れ出し、地面に下ろすとヨロヨロしながらも自力で尿や便を排泄した。また寝たきりではなく、時おり起き上り姿勢を変えたりもしていた。カロリーを身体の筋肉や脂肪から補っているせいか、抱きかかえた感触が日に日に痩せ細っていくのが痛々しかった。

 立ち続けられずに座り込んでしまう状態となり、6月20日、初めてオムツに排尿した。6月21日の22時ころから、何かを訴えて鳴いたり、起き上がろうとする仕草を繰り返した。私たち夫婦は、ただただ身体を撫でてやることしかできなかった。ひときわ大きく荒い息遣いと四肢を伸ばしたあと、次第に呼吸も弱くなり、2017年6月21日23時41分、とうとう死んでしまった。

 そのハナは2001年4月23日、息子2人がプレゼントしてくれたゴールデンレトリーバーと散歩して来た後を匂いで辿り、庭に倒れていた。左後足を引きずっていたので、動物病院で診てもらうと骨折していた。ギブスをつけてもらい、生後3ヶ月くらいで甲斐犬との混血種ということもわかった。家族には徐々に警戒心を解いたが、他人・特に子供に対しては強く警戒した。後足骨折は、子供から危害を受けたものではないかと推測された。

 慕っていたシーザーが、血管肉腫というガンに罹り9歳で突然死んでしまったあと、2008年4月26日、捨て犬から家族になったカイと名づけた弟ができた。この子は、ブリーダーから捨てられたと推測され(別荘地域では野生で生きていけると思うものか、ペットを捨てていく飼い主やブリーダーがいる)、両目が見えないまだ若い甲斐犬だった。内臓疾患を抱えていたらしく、家族になって1年3ヶ月の短い生涯だった。ハナは犬の兄弟と過ごした歳月は短かったが、私たち夫婦とは16年以上、家族の一員として過ごした。

 ハナは、自分の意思を持った賢い犬だった。毎朝の散歩前、眠っている私のベッド脇まで小走りして起こしに来た。私たち夫婦にとっては寂しいことだが、ハナはきっと兄弟との再会を喜びあっていることだろう。6月22日、庭に作った犬たちの墓に埋葬した。ハナの大好きだったシーザーの眠る墓の隣に。
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“あるヨギの自叙伝から”・断食50年のヨギ

2017-06-23 07:17:12 | 日記
 パラマハンサ・ヨガナンダ(1893~1952)の書いた“あるヨギの自叙伝”は、使命を帯びて生まれてきた不思議な能力を持つ人々の存在と、カルマを作ったり、残さない生き方が、魂の進化に必要であることを教えてくれた。この本の中から、第46章・何も飲食しないで生きている女性ヨギ・ギリバラ(インド)について、ヨガナンダとの会話と各章末尾の注釈の一部を抜き書きして紹介する。

「私は、12歳4ヶ月の時から68歳の今に至るまで、つまり56年以上の間、食べ物も飲み物もいっさい口にしておりません」

「私は子供を持ったことはございません・・・未亡人になったのは、ずっと昔のことでございます・・・睡眠は少ししか取りません。私にとっては、眠ることも働くことも同じでございます。夜は瞑想し、昼は家の仕事をしております・・・私は、季節ごとの気候の変化をほとんど感じません・・・病気にかかったことも、からだの具合が悪いと思ったことも、一度もありません。ときたま怪我をしたとき、少し痛いと思うことはありますが・・・排泄物は全くありません・・・私は心臓の鼓動と呼吸を制御することができます・・・私はちょいちょい、自分の師や、他の大師たちのお姿を幻に見ることがございます」

「私は先生から、この秘密を漏らすことを固く禁じられております。創造に関する神様のご計画にむやみに干渉することは、先生のお望みにならないことでございます。もし私がその方法を人々に教えたら、お百姓たちはさぞ私を恨むことでしょうし、おいしい果物も、地面に落ちて腐るばかりです。不幸や、飢えや、病気は、私たちに人生の真の意義を探求させるための、カルマの鞭ではないでしょうか」

「私が選ばれたのは、人間は霊的に向上するにつれて、次第に、食べ物ではなく、“永遠の光”によって生きられるようになるということを証明するためでございます」

 【パラマハンサ・ヨガナンダによる解説】
「ギリバラの“食べずに生きていられる”能力は、パタンジャリのヨガ・スートラ3章31節に述べられている一種のヨギの能力で、これは幽体脊髄の第五中枢であるヴィシュッダ・チャクラに影響を及ぼす、ある種の呼吸法を用いることによって得られるものである。喉の後ろ側にあるこのチャクラは、肉体細胞の原子の内部空間にまで浸透している第五要素のエーテルを制御するため、このチャクラに意識を集中することによってエーテルのエネルギーで生きていられるようになるのである」

【1933年5月17日、メンフィスで開催された医学会の席上、クリーヴランドのジョージ・クライル博士による講演】
「我々が食物から摂取しているのは放射線であって、このエネルギーこそが真の食物なのである。この放射線は、身体の神経系統という電気回路に電流を流す働きをするきわめて重要なものであるが、これは太陽光線によって食物に与えられるのである。・・・
 原子は太陽系と同じである。原子には、太陽の放射エネルギーが無数の圧縮されたコイルバネのように充満しており、こうした原子に含まれたエネルギーが、食物から摂取されるのである。体内に入った食物の原子は、そのエネルギーを人体細胞の原形質の中で放出し、それが新たな化学エネルギーとなって、電流のように全身に供給されるのである。・・・諸君のからだは、このような原子によってできているのであって、筋肉も、脳も、目や耳などの感覚器官も、みなそうなのである」

【ウィリアム・ローレンスがニューヨークタイムズに寄せた記事】
「現在のところ、自然界で太陽エネルギーを捕獲する能力を持っていることが知られている唯一の物質は、クロロフィル(葉緑素)である。この物質は、太陽光線に含まれるエネルギーを捕獲して、その植物体の中に蓄える。このエネルギーは、あらゆる生物にとって必要不可欠なものである。
 我々は、植物性食品や、植物を食べた動物の肉を食べることによって、その中に蓄えられた太陽エネルギーから、生命の維持に必要なエネルギーを摂取しているのである。また我々が利用している石炭や石油のエネルギーも、植物中の葉緑素が何百万年も前に太陽エネルギーから吸収したものである。つまり我々は、葉緑素の働きを通じて、太陽のエネルギーで生きているのである。人間が直接太陽エネルギーによって生きる方法が、いずれ科学者によって発見されるであろう」
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報道の矜持(きょうじ)失った「読売」

2017-06-18 05:52:43 | 日記
 2017年6月18日付“しんぶん 赤旗 日曜版”の【メディアをよむ】という連載コーナーに、頭記タイトルの記事が掲載されていた。白神 優理子弁護士による記事内容は以下のとおり。

 加計学園の獣医学部新設をめぐる疑惑で、一部メディアが権力と軌を一に、内部告発者の人格を攻撃するという異様な事態が起きています。「読売」(5月22日付)は、「総理のご意向」などとした内部文書の存在を告発した文部科学省前事務次官の前川喜平氏について「前川前次官 出会い系バー通い」と報じました。

 この報道を受け菅義偉官房長官は記者会見で「教育行政の最高責任者がそうした店に出入りし、小遣いを渡すようなことは到底考えられない」(同27日付)と攻撃しました。「朝日」(同31日付)は「告発者への個人攻撃」と指摘。「菅官房長官は・・・証言した前川氏の人間性の問題にすり替え、おとしめている」との識者の見解を掲載しました。

 地方紙・ブロック紙からも、「組織の不正を告発した人を守る公益通報者保護法と相反する」(「東京」6月3日付)、「問題のすり替え」(西日本新聞社説、2日付)などと批判が相次ぎました。

 これに「読売」(3日付)は、東京本社社会部長の署名記事で「不正な報道であるかのような批判が出ている。・・・こうした批判は全く当たらない」と反論。まるで官房長官のセリフです。「これからも政権・行政の監視という報道機関の役割を果たしていく」といいますが、やっていたことはアベコベ。「読売」は政権を告発した人を「監視」したのです。

 一方、『週間文春』(15日号)は「奢るな!安倍」の特集。「読売『御用新聞』という汚名」「首相との会談30回でダントツ」の見出しが躍りました。「バー通い」は掘り下げがない、「報道機関としての矜持を持ってちゃんと説明して」というOB記者の言葉が重い。

 「毎日」(3日付)の編集委員コラムは警鐘をならします。「私的な時間まで官邸に監視され、最高レベルの意向に逆らえば、前川氏のような目に遭いかねないと恐れる官僚たちは政権を全力で支えるだろうか」

注記)矜持;誇り、プライド 
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東京メトロ

2017-06-16 07:06:55 | 日記
 そう呼ばれるようになった時期は不明だが、私が当地に移り住んだ1997年以降のことだと思う。利用していた頃は、営団地下鉄とか都営地下鉄と云っていた。当時の路線は、銀座線、丸の内線、日比谷線、東西線、千代田線、有楽町線、半蔵門線の7路線、そして経営の違う都営地下鉄三田線と新宿線だった。それに地下鉄ではないが、“ゆりかもめ”という東京港沿いを走る鉄道も存在した。

 それが今は、私鉄と地下鉄の相互乗り入れは更に進み、路線も増えただけではなく、郊外への延長や、乗り換えも便利になっている。東京メトロの増えた路線は、南北線、副都心線、都営地下鉄では都営浅草線と都営大江戸線の2路線。地下鉄ではない“りんかい線”と地下鉄副都心線と都営浅草線は、私が当地に引っ越し後に所用のおり利用した路線だ。

 東京に1泊の用事があり出かけた時のことだ。利用した地下鉄は、東西線と大江戸線、習慣で一部JR線を利用してしまったが、確かめたら地下鉄だけでこと足りた。東京丸の内が職場だった現役時代よりも、ずっと乗り換えが便利になっている。例えば大手町駅はJR東京駅と地下鉄の5路線が地下通路で繋がっているし、東西線と大江戸線との乗り換えに利用した飯田橋駅は、JRも含め5つの路線と乗換えできるようになっていた。

 行き先を地下鉄路線で調べ、SUICAなどのICカードと地下鉄路線図のコピーを携帯すれば、大都会の便利さをわがものにできる。地上を歩くよりも、時間がかからないし迷うこともない。ただし地上への出口を間違えると迷子になることもある。東京メトロの名称に惹かれるのは、都会生活時代の郷愁のようなもので、年に数回であっても首都東京の変遷ぶりと息遣いのようなものに触れる機会があるのは嬉しい。
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山からの贈り物(春の山菜)

2017-06-09 07:08:35 | 日記
 3月半ばのフキノトウから始まった妻の山菜採りは、カンゾウ、トトキ、オケラ、コゴミ、ウコギ、タラノ芽、コシアブラ、行者ニンニク、ヤマミツバ、山ウド、ワラビなどと進み、最後にヤマフキを迎える。タラノ芽については私も散歩の折々に収穫することにしていて、今年の採りごろは5月連休と重なった。定住住民の特権とまではいかなかったが、それでも何回かは摘み採って持ち帰ることができた。

 山菜の一般的な調理法はテンプラや煮物、お浸し、吸い物などだが、わが家の定番になっている調理は、ワラビのお浸し、山フキの茎から作るキャラブキとフキノトウのフキ味噌である。初めは妻が地元の友人(元料理人)から教えてもらったものだが、自分なりに工夫を加え、今ではひいき目に見てもなかなかの味になっている。

 妻から聞いた調理のポイントは、ワラビのお浸しのアク抜きには重曹、フキ味噌の味噌には白味噌と普通の味噌を混ぜて使う。キャラブキはアク抜きに僅かな重曹と味覚に山椒の実や昆布を入れる。そして柔らかくするために、弱火ないし中火で3時間煮てひと晩放置、翌日同じことを繰り返して3日目にできあがる等々。教わったワサビの花茎のお浸しは、酒と砂糖をふりかけ、熱湯をさっと掛けあら熱がとれたら麺つゆに浸す。これはピリ辛味が何とも絶妙な味である。

 コゴミのカツオ削りブシ和え、ワラビのお浸し、トトキ(ツリガネニンジン)のゴマ和え、フキ味噌、キャラブキなどは、白米飯のおかずや酒・ビールのつまみに実によく合う。また庭の行者ニンニクの葉を刻んで入れる自家製ギョウザも、季節限定の味といえる。2017年の今年は、庭の山椒の若葉をテンプラにした。食べると、喉越しにさわやかな山椒の香りが広がり新たな味覚に加わった。

 どこに何があり、いつ行ったら採れるか?庭で採るものもあるが、妻は自分だけの場所を知っていて、そこを回って採取して来る。山菜は、場所や時期などによって味や柔らかさなど微妙に違うので、それらを勘案して調理するのだと云う。都会に住む子供、妹、知人だけでなく、地元の知人に喜ばれることもあって、日に何度か採りに出かけることも多い。秋のキノコもそうだが、食べる、見つける、工夫して調理する、人に喜んでもらえる・・・・・これらの楽しみと喜びは、ぜんぶ山からの贈り物だ。
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