八ヶ岳山麓の暮らし

標高およそ1,200mの八ヶ岳山麓で、見たり聞いたり経験したことを気ままに書いています。

ブッダ(仏陀)から学ぶこと

2015-12-31 06:55:15 | 日記
 検索した〔日本の仏教〕によれば、日本では統計的に約8,470万人が仏教徒であり、全世界3億数千万人の仏教徒数からみれば一大仏教国だとしている。13の宗派、約7万5,000の寺院、30万体以上ある仏像は、他の仏教国と比べても桁違いに多い。そして世界最古の木造寺院法隆寺があり、最古の仏教古文書も日本にあるという。
しかし私たちに仏教徒の実感がないのは、葬儀や法要や墓や仏壇の前で念仏や経を唱えたり聞いたとしても家族や先祖供養の儀式という思いであって、ブッダの教えや宗派の教えを知って手を合わせているわけではないと思う。開祖ブッダの教えはどうだったのだろう?ずっと知りたいと思っていた。アマゾンで前田専學著「ブッタ その生涯と思想」見つけたので、以下に大切に思えた箇所の紹介を試みた。

1.ブッダとは
 ゴータマ・ブッダ(古い仏典のパーリ語・日本では釈迦)は、インド国境に近いネパール王国の釈迦族王子として、諸説あるが紀元前463年に生まれ、29歳のとき妻子を残して出家し、35歳でさとりを得て亡くなるまで45年間の伝道の旅に出た。ブッダが語った多くの言葉や話は、後世の弟子たちによって編纂され、各国の言葉に翻訳されて伝わった。
ブッダは、指導者になろうとかの意識はさらさらなく、神のような超自然的な奇跡を求めるものでもなく、人間としていかに生きるべきかを考え、ただひたすらに宇宙の理法(ダルマ)を追求し、それを人々に熱心に説き示し続けた。80歳の最後まで、自らの向上に、真実の実現に、宇宙の理法の体現に真剣に努力し、“もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成しなさい”という遺言を弟子たちに残して、安からに息を引き取った。

2.ブッダの教えから
(1)八正道(はっしょうどう)
①正見(しょうけん)正しい見解。真理に関する正しい知識。
②正思(しょうし)正しい考え方。煩悩を離れる、怒らない、傷つけ害しないの三つの思い。
③正語(しょうご)正しい言葉づかい。虚言、そしる言葉、荒々しい言葉、ざれ言を止めること。
④正業(しょうごう)正しい行為。殺生、盗み、愛欲に関するよこしまな行いを捨てること。
⑤正命(しょうみょう)正しい生活。正しい生活にかなった衣・食・住のこと。
⑥正精進(しょうしょうじん)正しい努力。まだ生じていない悪は生じないように努力すること、既に生じた悪はこれを断ずるように努力すること、いまだに生じていない善はこれを生ずるように努力すること、既に生じた善はますます増大するように努力すること。
⑦正念(しょうねん)正しい思念。身体、感受作用、心をよく監察し、熱心で気をつけさらに気づかい、世間におけるむさぼり、憂いを制すること。
⑧正定(しょうじょう)正しい瞑想。もろもろの欲望を絶ち、正しい精神統一の状態にあること。
(2)真理はただ一つ
 万人が認める普遍的な真理が、そして何ものとも矛盾しない宇宙の理法が存在する。真理は一つであって第二のものは存在しない。
(3)ブッダの教えの基本的立場
 時空は有限か無限か、生命と肉体は同一か別か、人の死後は存在するかしないかなど形而上学的問題について、人間の能力では解決できないと考え無益な論争には加わらなかった。ブッダは自分自身の経験に基いて確かめられたものでない限り、何ものも信じてはならないという立場を守り、苦の克服と解脱(生死・輪廻を超越した絶対的境地)を目的とした修行の妨げになる論争には参加せず沈黙を守り通した。
(4)業、輪廻、解脱の思想はインドで成立して発展した。仏教によって日本にも伝来し、日本人の精神に深く刻まれている。
(5)自己と法に頼る道
ブッダは、頼るべきものは他人ではなく、めいめいの自己であり法であることを遺言した。その自己とは我執にとらわれた自己ではなく、普遍的な宇宙の理法に合致した自己であるべきと教えた。この理法をダルマ(人間の行為の規範)と呼んだ。ブッダは真理である法を悟り、それを人々のために示した。
(6)仏教は平和主義の宗教
 仏教は平和主義の宗教である。原始仏教、部派仏教、大乗仏教、チベット仏教、中国仏教、朝鮮仏教、日本仏教においても、仏教徒同士やバラモン教と後のヒンドゥー教、キリスト・イスラム教など他宗教と争うことはなく共存してきた。
(7)人間の平等性
ブッダが活躍する前の時代のインド社会には、バラモン、武士、庶民、奴婢といった四つの階級を認める不平等な身分制度が定着していた。現在のヒンドゥー教でもいまだ身分階級による不平等が存在しているが、仏教ではブッダの時代から、生を受けた生き物の間にはそれぞれに区別があるが、人間の間にはこの区別は存在しない。人間は本来平等であって、生まれではなく行為こそが問われるべきとした。
★読後の感想
 仏教が日本で受け入れられたのは、飢饉、天災、戦乱にあけくれた中世の時代といえるが、ブッダの本当の教えは、現代に生きる我々に求められているように思う。
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病院の転院

2015-12-30 06:39:11 | 日記
 2015年8月14日、松本にある大学付属病院での最期の診察を受けた。この病院からの転院を決意したのは、主治医の先生が他の病院に転出するのを知ったのが大きい。そして転院先を諏訪湖畔にある病院にしたのは、大学病院からの派遣医師がいることと、そろそろ通院時間を減らしたいという思いもあった。

 降雪や凍結時期に電車を利用したのを除き、車で朝6時前には家を出て片道100分ほど、最初は毎月1回から2回、検査値が安定してからは2ヶ月に1回ほど。通院回数を数えてみたら、合わせて200回近くになっていた。初めは一部区間高速道路を利用したこともあったが、インターを下りた後の不便があった。次に国道20号線(甲州街道)と国道19号線経由で行ったら、交通渋滞で120分ほどを要した。それから人から教えられ、岡谷市郊外から通じる山麓道路を利用した。車の通行も交通信号も少なく、北アルプス連峰を目指しながらの快適な通院コースだった。

 18年も通院すると、診察や治療の目覚しい変革や進歩を経験した。最初は整理番号札だったが、病院の増設、改築に伴い、自動受付、待ち状況や呼び出しの画面表示、会計支払いなどがコンピュータ処理されるようになった。また血液検査やエコー検査なども、短時間化とデータ化が進み、診察前に医師のパソコン画面に届くようになった。採血後の診察待ち時間を利用し、5階の院内レストランで乗鞍岳や北アルプスを眺めながら遅い朝食をとるのも大きな楽しみだった。

 何よりありがたかったのは、最新の治療を受けることができたこと。千葉市の大学病院で受けたがん治療が、移り住んだ翌年再発してまた同じ治療をこの病院で受けた。しかし2年後にまた発病し、臨床実験段階の新しい治療とウイルス増殖を抑制する新薬の服用を勧められた。迷わず受けたのが、もう15年ほど再発や発病もなく過ごせている理由だと思う。

 かつての病院からは、美術館が多い安曇野アートラインに近く、早ければ10時には病院を後にして行くことができた。通った回数順では、田淵行雄記念館、高橋節郎記念美術館、豊科近代美術館、安曇野ちひろ美術館、安曇野山岳美術館、大熊美術館、碌山美術館、大町山岳博物館、池田町立美術館、白馬三枝美術館、菊池哲男山岳フォトアートギャラリーがある。都会のような混雑もなく、大自然の中に溶け込むように存在している美術館で、心ゆくまで時間を過ごすことができた。今回の転院でも、新しい楽しみを見つけて、この病気と上手に付き合っていくことにしよう。
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庭での野菜作り3年目

2015-12-29 06:58:29 | 日記
 肥満もなく畑仕事をしている地元のお年寄りを見て、借りた畑での野菜作りをやめて3年前から庭で野菜作りを始めた。毎年、氷点下や霜の心配がなくなる5月連休前後に野菜苗を植えつけている。冬を越させるマネギ苗は前年の秋に植えつけるが、ジャガイモは5月連休中に種芋を植えつける。この二つの野菜は植えつけ後に比較的手間がかからないので、車で5分ほどの次男宅の庭を借りて栽培している。こちらの畑は鹿対策として、トンネル型支柱の上にネットを張っているが、2年続けて支柱が平らになってしまった。直径8ミリでは雪の重さに耐えられないと知り、12ミリの支柱に代えネットを張り直した。

 去年、タマネギの苗は240本植えたが、残って育っていたのは90%くらい。ジャガイモが芽を出す頃になったら、タマネギ苗保護のトンネル支柱とネットは外しジャガイモ苗の鹿対策として張り代える。そのタマネギとジャガイモの去年は、大雪のためゆえか小ぶりであったがそこそこの収穫が得られた。

 去年の反省から、収穫後の秋口にたっぷり落葉と自家製堆肥を入れ、耕運機で耕作して土作りをしておいた。4月になってからは、購入した腐葉土と地元の人からもらったカンナ屑、それに購入した化成肥料を耕運機で混ぜ込み植え付けを待った。カラマツ林の土壌が、野菜に適するよう少しづつ変わっていくことを期待している。

 今年の5月3日に植えつけたのは、トマト、ミニトマト、キュウリ、ナス、ピーマン、獅子唐の苗と弦なしインゲンの種。トマト、ミニトマト、キュウリには、苗が風で倒れたり曲がるのを防ぐために仮支柱を立てた。出来栄えは、トマトとミニトマトは秋口まで収穫出来たが、それ以外は3年続けての期待外れだった。どうやら土壌の中和に入れた石灰が、多すぎたのではないかと思っている。

 自重が軽いので耕作時に力を加える必要はあるものの、3年前に購入した重量19kgの耕運機は、車のトランクで運べるのでとても重宝している。この二つの庭での野菜作り、気軽に様子を見たり手入れしてやれるので長く続けられそうだ。それに挑戦する気持ちと試行錯誤の楽しみがあるのが嬉しい。
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二つ目のガン

2015-12-28 07:12:20 | 日記
 それは去年6月、町の住民健康診断で見つかった。以前、任意で受けた大腸ガン検査では異常がなかったが、男性に多いとされる前立腺ガンの任意検査を軽い気持ちで受けてみた。その血液検査によれば、ガンの疑いを判別するPSA検査数値が正常値の十数倍もあった。間違いであることを願い、再検査してもらったが同様の結果だった。次に精密な組織検査が必要といわれ、松本にある大学病院に紹介状を書いてもらった。

 1泊2日の検査入院をして、前立腺の組織検査を受けた。採取した10ヶ所の検体中から、6ヶ所にガン腫瘍が見つかった。その後に骨や内臓への転移有無を調べる画像検査も受けたが他への転移はなく、服用薬と通院する際に注射を受けるという治療方針が決まった。薬服用ひと月経過後の血液検査では、発見当時のPSA値から1/4ほどに減少していた。手術を受けるほどではない早期発見だったことに、正直のところ安堵した。ちなみに現在の検査値は、正常範囲内で推移している。

 既に肝臓ガンを発病していたので、新たに発病するガンはすべて肝臓ガンからの転移だと思っていた。それは大きな間違いで、それぞれの臓器から発病する方が多いことを知った。ガン腫瘍の検査技術が進歩した結果、転移に至らない初期ガンの早期発見ができるようになったといえる。但し一回の血液検査で、全てのガンの発見ができるかというとそうではないらしい。

 肝臓ガンは、食べ物を見ただけで吐き気がするという自覚症状があり、病院に行って見つかったが、今回は自覚症状が全くなかった。今は検査技術も進歩しているので、早期発見ならば転移で手遅れになることも、身体に負担のかかる治療をすることもなく、今回の私のように投薬と注射でガンの進行を抑制することもできる。頑張ったり無理をしたりしないで、市町村でしてくれる住民健康診断を軽んじてはいけない。自分の身体は自分で守ることが大切なのだから。
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就寝前の音楽

2015-12-27 07:02:37 | 日記
 ポータブルCDを購入したのがキッカケで、就寝前にベッドでヘッドホンを付けてCD音楽を聴くようになった。音楽を聴く機会が少なくなったことへの反省もあるが、寝つきが悪くなったことへの対応という意味合いもある。フルオーケストラによる交響曲などのクラシックは疲れる心地がして、聴いているのは次のような軽音楽のCDである。

 プラネタリウムムービーとして評判になった「銀河鉄道の夜」は、加賀谷穣・玲兄弟による映像と音楽である。その中で井上ヒロコさんとMIGAさんが歌手として参加しているが、学校の音楽教師としか紹介されていないMIGAさんの声には深く惹きつけられた。宮沢賢治作詞作曲の“星めぐりの歌”は、高倉健さんと夫婦役で競演した映画「あなたへ」で田中裕子さんが歌うのを見て知った。YouTubeでも多くの歌手が歌っているが、私にはMIGAさんの歌が一番気に入っている。

 夏に小淵沢のペンションに滞在して小さな演奏会を開いている古澤巌さんのヴァイオリンのアルバムは、人から教えられて買い求めた。そのたぐい稀な技巧と伸びやかな演奏は超一流だ。藤沢蘭子さんのタンゴは、アマゾンで中古CDを買い求めた。彼女は、2013年8月、引退後の余生をひっそり過ごしていた新潟県長岡市で死去したが、タンゴの女王として一世を風靡した。藤沢蘭子さんの公演は夫・早川真平とオルケスタ・ティピカ東京との共演ステージで、そしてアルフレッド・ハウゼ楽団の公演は、どちらも東京だったか横浜だったか日本各地に当時存在した【労音】という音楽組織の公演で聴いた記憶がある。

 ロス・インカス楽団での気に入りは“コンドルは飛んで行く”“花祭り”“ラ・バンバ”などで、チャランゴとケーナ(骨や芦で作った笛)による独特の演奏が魅力的だ。二胡は越中八尾のおはら風の盆と月の盆を見に行った時、その哀愁を帯びた音色に惹かれた。その後、諏訪市内で二胡の楽器販売と演奏教室を構える劉鉄鋼さんの演奏を聴く機会があり、CDを買い求めた。“蘇州夜曲”など聞き覚えの曲もあり、私の新たな好きな音楽対象となった。 そしてペレス・プラード楽団のマンボ、ニニ・ロッソのトランペットなど。

 もう何十年も前に聴き親しんだレコードがCDとして蘇り今に聴ける喜びに加え、新たに心惹かれる音楽を見つけた喜び。私にとって就寝前のひと時は、俄然、楽しみな時間になった。その夜の気分で聴くCDを選び、気に入ると何日も繰り返して聴く。そんな風に就寝前は、楽しみの時間になっている。
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