八ヶ岳山麓の暮らし

標高およそ1,200mの八ヶ岳山麓で、見たり聞いたり経験したことを気ままに書いています。

金子みすヾ詩集から

2017-03-31 06:38:58 | 日記
「お魚」

海の魚はかはいさう。

お米は人につくられる、
牛は牧場(まきば)で飼はれてる、
鯉もお池で麩(ふ)を貰ふ。

けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたづら一つしないのに
こうして私に食べられる。

ほんとに魚はかはいさう。

「巻末手記」

―できました、
できました、
かはいい詩集ができました。

我とわが身に訓(をし)ふれど、
心をどらず
さみしさよ。

夏暮れ
秋もはや更(た)けぬ、
針もつひまのわが手わざ、
ただにむなしき心地する。

誰に見せうぞ、
我さえも、心足らはず
さみしさよ。

(ああ、つひに、
登り得ずして帰り越し、
山のすがたは
雲に消ゆ。)

とにかくに
むなしきわざと知りながら、
秋の灯(ともし)の更(ふ)くるまを、
ただひたむきに
書きて来し。

明日よりは、
何を書こうぞ
さみしさよ。

 本名は金子テル、明治36年山口県大津郡仙崎で金子家の長女として生まれた。早くに父を亡くし、金子家は文具も扱う本屋を営んで生計を立てていた。大津高等女学校を卒業後、下関の書店に勤務した。白秋、八十、雨情など、活躍していた童謡詩人の影響も受け大正12年、20歳で童謡を書き始め、この年6月頃から雑誌『童謡』に投稿を始めた。9月号にこの「お魚」と他一編が掲載された。大正15年、結婚して一女をもうけたが昭和5年2月に離婚。愛娘と引き離されたことも理由と推されるが、同年3月10日、睡眠薬自殺した。享年26歳。

 尊敬していた西条八十に送った発表分を含む三冊の遺構集には、第一童謡集『美しい町』大正12年から13年にかけての172編、第二童謡集『空のかあさま』大正14~15年にかけての178編、第三童謡集『さみしい王女』昭和2~3年ころまでの162編が収められていた。解説はDULA出版局【金子みすヾ全集】に収められていた矢崎節夫著“金子みすヾノート”から要約した。なお掲載した詩は、詩集全編の中から二編を書き出してみた。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 編笠山の雪形 | トップ | 家紋と名字の歴史考 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL