山と絵画の放浪記

ただ見て、ただ感動して、ただ単純に、ただ赴くままに

伝統は継承されなければならない(2)

2008-02-10 15:52:53 | Weblog
では早速ですが問題です。

問1:以下の地名が何県にあるかを当てよ。
A.みどり市
B.北杜市
C.中央市
D.雲南市

問2:以下の地名のうち実在しない市はどれか?
あ.甲斐市
い.甲州市
う.山梨市
え.武田市




いかがでしょう?
問1の地名はえらく漠然としている、または意味不明な地名でこんな市名を選定した人の気がしれません。

ちなみに合併はなくなりましたが、南セントレア市という究極の意味不明な名称を付けようとした地区もありました。
ばかか??

正解は
(A.群馬県 B.山梨県 C.山梨県 D.島根県)
ほかにも意味不明の地名として「ひらなみ市」(岐阜県)「四国中央市」(愛媛県)「高原町」(愛媛県)「あさぎり町」(熊本県)などがある。




問2はもちろんすべて山梨県の市名です。
問1.の解答も含めて見ていただけば一目瞭然だが、山梨県は市町村合併でいちばんへんちくりんな名前をこぞって付けている。
もっともお気に入りの県がこのありさまなのは正直嘆かわしい。
問2.問1B,Cの具体的な位置を白地図で書き込める人はほとんどいないであろう。(私も自信ない)

正解は
(え.武田市は実在しない)である。
ちなみに山梨市は1954年からあり、その中に山梨村も含まれているからまっとうな地名である。

武田市に関しては候補に挙がった地区はあったようだが、所詮は「武田信玄」にあやかってつけようとした地名だ。
(信玄市も候補に挙がったことがある)
ただし武田市が存在したとしても、甲府市(武田氏館跡付近は武田という地名)や韮崎市(武田氏発祥の地、武田八幡宮あり)の2市であればあまり違和感はない。改称してほしくはないが。




参考までに
みどり市:公募、単に自然が多いことを強調(新田郡笠懸町・大間々町・勢多郡東村)
北杜市:公募、完全な造語(北巨摩郡長坂町・高根町・大泉村・白州町・武川村・須玉町・明野村)
中央市:公募、山梨県、日本の中央部に位置+中央自動車道(中巨摩郡玉穂町・田富町と東八代郡豊富村)
雲南市:公募、出雲の国の南にあるから、中国雲南省とは一切関係はない(大原郡大東町・加茂町・木次町と飯石郡三刀屋町・掛合町・吉田村)
甲斐市:公募、山梨の旧国名「甲斐」より(中巨摩郡竜王町・敷島町・双葉町)
甲州市:公募、山梨の俗称「甲州」より(塩山市と東山梨郡勝沼町・大和村)

ちなみ上記に多数登場した山梨県であるが、その中で多数登場してくる「巨摩郡」の「巨摩」を引き継いだ市はない。
その理由もかなり嘆かわしいもので、巨摩は高句麗からの渡来人が入植したという差別的地区の意味を含んでいたからともいわれる。ちなみに南アルプスのシンボル的存在である甲斐駒ケ岳(信州名:東駒ヶ岳)はこの“巨摩”が由来と言われている。


そもそもこの悪しき名称の引き金は「南アルプス市」からはじまる。
旧長谷村や旧高遠町(現伊那市)や大鹿村などで「南アルプス」の名称を使われるのではないかという危惧もありつけられたともいわれている。南アルプス市の中で最大面積であった旧芦安村は南アルプス大部分を占めているわけでまったく的外れと迄は言わない迄も、元々「日本アルプス」とは明治期に鉱山師ウィリアム・ゴーランドや宣教師ウォルター・ウェストンが『日本案内記』の中で上高地などの景観を“Japanese Alps” という表現したのがはじまりで、小島烏水が「北アルプス」「中央アルプス」「南アルプス」と加えたものである、そもそもは「北アルプス/飛騨山脈」を指す言葉なのである。

せめて「鳳凰市」(鳳凰三山/信仰の対象)とか「白峰市」(白峰三山/日本第二の高峰)と名乗った方が明確にその地区を表し、なおかつ秀麗な地名だったのではなかろうか?



さいたま市に見沼区というひじょうに由緒ある地名があります。
しかしその地名に対してなんの見識のない人たちはこの地名を忌み嫌い「緑区」(注:さいたま市の別地に同区名あり)にすべきだとさけんでいた始末です。
「見沼」という地名は私のような埼玉県民にとってはもっとも歴史上の意義のある地名です。
江戸時代、幕府の干拓事業で見沼は埋め立てられてしまうのですが、利根川より誘引した「見沼代用水」という水路がつくられ、水路と川を利用した水運事業(見沼通船堀)など重要な役割を果たした名前なのです。

たしかに見沼は見沼区だけではなく大宮区や緑区なども含まれる訳であるが、地名というのはその地区の生きた歴史そのものなのだ。それを響きや聞こえがいいという理由だけでつぶしてしまうものの気が知れない。

それに地盤が弱い印象を受けるなどの意見をいう人もいたらしいが、正直言い訳以外に感じない。
同時期に干拓された印旛沼や牛久沼でそのような意見が挙ったというはなしは聞かないし、八郎潟市でもそのような議論はあったのか?

それをいうなら本当に埋め立て地である、日比谷や銀座の地盤でも心配しろ!といいたくなる。
※そもそも江戸は隅田川の干潟を干拓してできた都市であり、地盤は著しくもろいのだ。







話が少々それてきたのでそろそろタイトルの内容に戻ろう。
「伝統の継承」とは技術や文化など教科書にでてくるものだけではない。

我々が生きている中で、もっと身近な歴史は地名だ。
地名はその土地にかかわるあるものをさしたものが多いのだ。
たとえば私の出身地である「所沢」は在原業平が伊勢物語のくだりで「野老(ところ)の沢」と記載したのが文献に残る最初と言われている。野老とは野草の名称でありそれが生い茂る土地という意味だ。

このように地名とはその土地の特徴を表すものとしてつけられたものであり、継承されてきたものである。

しかし昨今の市町村合併はその歴史のすべてを藻屑と化すのと同じ結果をもたらした。
その新たな地名が継承されればいつしかそれも歴史となるかもしれない。
しかしその新たな歴史が過去を潰す、しかも言葉の響きだけで決められたのであれば何千年継承されようがそれは恥の継承にしかならない。

私がここに記述しているのと同様のことを警鐘するする人は決して少なくはない。

今からでも「公募や投票」の多数決で決められてしまった名称を審査する機関をもうけるべきであり、その地区を表すのに不明瞭な名称は再改称を命令すべきである。
今後合併する自治体は地域の郷土史などを研究する有識者(けっこういるはず)による名称選定委員会を設けて、多数決ではない“歴史を継承”した名前をつけるようにするべきだ。

ただ、それ以上に重要なのは市民が自分の住処に“誇り”をもつべきである。
日本人は世界でもっとも“愛国心”のない国だといわれている。(たぶん敗戦の影響なども大きい)
それは自分の住む市町村に関しても同様である。


私ですか?私は自分のすむ所沢も日本も大好きです。
ただし、会社や組織、母校に対する愛着はまったくないので人のこといえませんけどね。
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