博多高等学校校長ブログ

博多高等学校校長「八尋太郎」によるブログ

第75回 「呉善花(お・そんふぁ)先生の講演を聞いて」

2010年05月13日 | Weblog
 先日(5月11日)、呉先生の講演を聞くことができました。非常に興味深く、日本人としての自信が湧き出てくる気がするとともに、日本人としてもっとがんばらなければならないという気持ちにさせてくれます。講演にきている人が、自分のことは鏡に写さなければ見えないのと同じで、呉先生は日本人の鏡のような人だと言っていましたが、まさしくその通りだと感じました。
以下に講演の内容を少し紹介します。

・ 現在の欧米的な社会、大陸アジア的な社会は限界にきている。
・ これからの世界の未来性は、日本的発想が必要とされるのではないか。
・ 欧米的な社会も大陸アジア的な社会も、自然的な要素、社会的な要素からみて、侵略や征服等、争いの歴史がある。すなわち、勝つか負けるかの社会
・ 日本は、自然的な要素から、侵略されたことのない歴史、争うことよりも協力する必要があった。そのため、「和」「共生」「自然信仰」「受け身社会」が日本の社会を表す表現として使える。非常に特異な国である。
・ 世界の多くの国では、自然は征服しなければならないものとして扱われるが、日本では神が宿るところ、神聖なもの、信仰するもの、畏敬するものとして扱われる。
・ 日本的な考えとして、受け身、自己主張を抑える、譲る、反省思考、罰点主義等があるが、これはけっして「主体性がない」等のマイナスなことではない。この受け身、受け入れる器がこれからの世界に求められる考え方ではないのか
・ 日本人が、争うこと、勝ち負けの世界をDNAとして持つ、欧米人や中国人に議論してかつことは到底、無理なことである。
・ それよりも、日本人は「和」「共生」「自然信仰」「受け身社会」によって、技術大国日本、犯罪率の少ない日本、格差の少ない日本を実現してきたことを世界に示す義務があるのではないか。(犯罪や格差が増えてきたといわれる日本であるが、世界の先進国と比較して、もっとも犯罪率が低く、格差がすくない社会であることは確実である)
・ 世界の限りある資源、温暖化等の環境問題、戦争、テロ、貧困、等の世界中に起こっている問題は、欧米的な発想では決して解決しない。日本的な発想でしか解決しないと確信している。
・ 日本人にとって、自慢したり、他の国の人よりも優れた国民だと思うことは、みっともなく恥ずかしいことだという認識があると思うが、ぜひ、日本人であることに自信を持ち、日本的な考え方を世界に提示してほしい。

 以上が呉先生の講演の概略でした。聞いてきた内容をまとめましたので、言葉が少し違うところもあるかもしれませんが、主旨は間違っていないと思います。みなさん、どうでしょうか?日本の欠点といわれることが多い点が、実は世界を救うかもしれないといわれてどう思いますか。呉先生にいわれるまでもなく、私自身も日本人の持っている資質や発想力が欠点のはずがないと思っていましたが、その反面、自信がない部分もあったのは確かです。呉先生のしっかりした分析、知識等で整理されている話を聞くと本当に自信がわいてきます。今後も、福岡で年、4回の講演が予定されていますので、かならず参加しようと思っています。ぜひ、「日本の曖昧力」等の呉先生の著書を読むことをお勧めします。
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日本の社会
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