ラヂオアクティヴィティ[Ra.] 第二部・国境なき恐怖 121エジソンと放射性障害 放射線障害という文字が画面にでる。理知的な女性のナレーター。 「エジソンの助手ダリーの毛髪は抜け、皮膚には潰瘍ができていました。そこでエジソンは、この電球はだめだ、この光はよく知られているものとは異なった種類のものだと結論し、開発を中止しました。しかし、ダリーは、皮膚の潰瘍に対して考えられるあらゆる治療を受ける一方で、一八九八年いっぱいまでX線の仕事を続けました。どんな治療も効果がなく、ついに病んだ腕に足の皮膚を移植する手術さえ受けましたが、不成功に終わったのです」 ナンシーは、またレイデのことを思い出していた。 「なんて、ことなのよ!」 悲しい声をだした。 静かなナレーターの声が深い悲しみを感じさせる。 「被害はそれだけでは止まりませんでした。X線の仕事をしていた多くの人々は、高度の専門的で人道的な期待を抱かせているX線が有害でもあることを、信じたがらなかったのです。一八九八年夏、X線に熱を上げていたハーバート・ホークスというコロンビア大学の学生がニューヨークのデパートや公共の場でX線装置の公開実験を行い、ホークスはX線を彼の顔に集中させ、スクリーン上の彼のあご骨を観衆に見えるようにしたのです。数日たったとき、光線は彼に大きな影響を与えていたことに気づきました。彼の頭髪の一部ははげ落ちて、眉がなくなっていたのです。爪は伸びず、眼は充血し、視力が落ちていたのです」 アニメはホークスを表現していた。 無知というのは、恐ろしいものだと、誰しもが思っていた。 だが、そのころの第一線の科学者でさえ、無知だったのだ。 あの天才エジソンでさえそうだったのである。 感情をおさえた女性のナレーションが続いてる。 「胸は服を通して熱傷し、体の中で最も多く被爆した手は炎症をおこし腫れあがっていました。後に彼は『電気技術者』誌に論文を書いたが、その中で彼の障害を軽視し、光線そのもののせいではなくて、何か不思議な電気的な効果のためだと述べています」 ナンシーは 「考えられないわ!」 と驚いている。 博士は 「それほど、魅力的な現象だったのだろう」 と残念そうな顔をしている。 もし、この時代に博士が生まれていたら、同様のことをしていたかも知れないと、唇をかんだ。 それほど魅惑な物質であったことが博士には理解できた。 輝代の白い目は光りを放った。 スタジオは暗くなった。 祭田ドンドコがアップされる。 「では、この後、彼はどうなったでしょう」 李がスイッチを押した。 祭田ドンドコの顔を青白い光をうけて、するどい冷たい目になっていた。いつもの祭田とは感じが変わっていた。 「ミス・リー、プリーズ……」 「歴史は得意なのよ。一九○四年、エジソンの助手ダリーは三十九歳で、放射線被曝のため死んだ最初の人間となりました」 すごみのあるどすのきいた声で、祭田は間延びして語る。 「正解です。ダリーのすぐ後には、レントゲン線による科学の殉教者たちの途切れない流れが続きました。一九〇八年のアメリカ・レントゲン線協会の年次総会で会員たちは、放射線の毒作用を五十例以上あげた論文報告を黙って聴いていました。論文の著者は、多くの犠牲者が皮膚移植を受けに行くポーター博士で、聴衆に向かってこう語ったといわれています。これら患者の受ける痛みは、通常は非常に激しいものですが、いろんな症例があります。私の経験と患者の手紙とで、炎症を起こしたX線障害の苦しみは、他の病気に比べられないほど激しいものと、私は信じておりますと語りました」 照明は元に戻った。 客席の勇気は呟く。 「それなのに、原爆を作ったっていうの……?」
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