磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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坂本龍馬とその一族

2009年12月16日 | 読書日記など
『坂本龍馬とその一族』
   土居晴夫・著/新人物往来社1985年

検索してみると、著者は東京龍馬会の顧問でもあるようですね。



裕福な家に生れたという。
--しかし、差別を受けていたようだ……。

碑「坂本龍馬先生先塋(えい)地

明智光秀の子孫と伝えられてきたという。下「」引用。

「坂本家では、太郎五郎は明智光秀の一族で近江の国坂本の城主明知左馬之介光俊(光春とも、あるいは弥兵次秀満ともいうが、本稿では光俊に統一する)の子であると伝えてきた。-略-この説は坂本一族に根強く信じられていた。
『汗血千里之駒』(坂崎柴瀾)をはじめとする龍馬伝説書や研究書は、すべてといってよいほど皆この「明智後裔説」を採っている。-略-」

明智光俊の妾腹の子・太郎五郎。下「」引用。

「昭和初期に入ると『坂本龍馬海援隊始末』が出た。著者は後に龍馬研究の第一人者となり、あまたの著書、論文で多くの研究者が深く学恩をこうむった平尾道雄氏である。-略-既往の龍馬伝をそのまま踏襲しているが、才谷村に住みついたと伝えられる明智光俊の妾腹の子を太郎五郎とし、ついでに彦三郎、太郎左衛門の名を挙げたのは平尾氏が最初である。-略-」

それを否定する説もあるという……。

土佐の階級制度。下「」引用。

「土佐では一口に藩士といっても、階級制度は複雑であった。まず大きく士格と軽格に分ける。士格は上士ともいい、主に山内家譜代の家臣で、家老・中老・馬廻・小姓組・留守居組に格付けされ、藩の重要な役職を独占した。上士を一般に「お侍」と呼ぶ。軽格は下士ともいい、郷士・用人・徒士・組外・足軽に分け、後には士格と軽格の中間に白札(しらぶた)という階級が設けられた。」

土佐藩の郷士制度でも、いろいろあるようだ。
・慶長郷士、百人衆郷士、百人衆並郷士、譲受郷士、幡多新規郷士、仁井田・窪川郷士、民兵郷士、特殊登用郷士……。

坂本兼助の場合は、「譲受郷士」か、「新規郷士」かは論議の分れるという。
……坂本家の場合、商家出あるから、「町人郷士」などと卑しめられたという。

妻妾同居で我慢できなかった姉・乙女。下「」引用。

「夫の暴力にも姑の激しいいびりにも耐えた乙女だが、妻妾同居にはどうしても耐えられなかったのである。-略-」

龍馬の脱藩が原因で岡上家を出たのではないという。

明治31年、坂本直寛一家をあげて北海道へ。

「龍馬の子孫」龍馬の跡目をついだ高松太郎。下「」引用。

「明治四年(一八七一)八月二十日、朝廷は坂本龍馬、中岡慎太郎の功績をたたえ、後嗣が無いのをあわれみ、龍馬の甥小野淳輔、慎太郎の甥中岡代三郎に跡目相続を命じた。」

龍馬家系譜

「龍馬家を再建した直道」







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2 コメント

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坂本弥太郎さんについて (こうじまん)
2010-01-19 00:22:47
はじめまして
坂本家7代目当主坂本弥太郎さんの実家のものです。
弥太郎さんについて調べています。
何かご存じないですか?
今のところ、わかりません。 (磯野鱧男)
2010-01-19 07:22:43
すみません。

僕も教えてもらいたいくらいです。

なかなか、興味をそそりますね。

http://www.ryoma-kinenkan.jp/community/weblog/2009/03/2009320.php

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