磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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平和は歩いてこない

2008年10月27日 | 読書日記など
『平和は歩いてこない』
   法政平和大学・編/勁草書房1984年

朝鮮戦争が日本に与えた影響を経済だけでみる人もいる。
--しかし、それさえ、麻薬でしかないものである……。
だけど、朝鮮戦争が日本に与えた影響はそれだけではない……。



明星学園で始まったという。下「」引用。

「こうした思想に立つ法政大学の源流は、東京・三鷹の明星学園で五年間続けられた「明星学園大学」であり、その精神的支柱は故遠山啓さんだった。遠山さんが亡くなり、明星学園もそうしたものとは疎遠な存在に変質していくなかで、明星自由大学は姿を変えて法政大学となった。一方、明星自由大学の“廃校”を惜しむ地域の“常連”たちは、その思想を受け継ぐ「武蔵野自由学校」をつくり、活動を続けている。」

マルクスのメッカだという……。下「」引用。

「法政大学はマルクス経済学のメッカとして自他ともに認めるところである。」

この人たちの平和は「ローマの平和」である可能性が高いと思う。
--この本を読んでいても、ロシアや中国の非難はない。

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通信教育……。下「」引用。

「通信教育として毎回の講義録を発送することと決まっていたが、こうした問い合わせにその旨を回答したところ、早速入学の申し込みが相次いだ。この通信教育では、毎回の模様や受講者の声などを掲載した「法政大学通信」も送付し、関連資料の入手やフィルムの借用などについても、さまざまな便宜も得られる「学生証」も発行している。一方、年間通して受講もし講義録も入手希望という人たちには、通学過程を開いたところが、これまた申し込み続出である。通学過程も通教家庭も、六五歳以上と障害者については、一切無料というとにしている。」

法政大学の通信教育は今でもあるようです。

「天皇陛下のために」という教育を受けたという。下「」引用。

「その年の四月、三年生になって手にした国語の本が「大日本、大日本、神の御末の天皇陛下、われら国民九千万をわが故のようにおぼしめされる」こういうくだりで始まる。これは修身の本ではございません、国語の本です。こんなぐあいにして、小さいときから“天皇陛下のおん為に”軍人になるのは、ごくあたりまえという教育を受けました。」

「平和は歩いてきてくれない--東京大空襲と私--」早乙女勝元・著。下「」引用。

「平和は空気みたいなもの
 -略-私に言わせるならば、ちょうど空気みたいなものでして、空気はそれが存在するうち、ありがたいと思う人はいないのではないかと思います。空気がたっぷりあるときお生まれになって、その中で成長されてきた若い方々にとってはなおさらのことではないでしょうか。」

積極的平和ではなく、消極的平和……。
このころも、そんな空気はいっぱいではなかった……。
早乙女さんのようなセレブな方にはそうだったのだろう……。

「池田・ロバートソン会談」というのがあったという。下「」引用。

「一九五三(昭和二八)年のことです。終戦の年から八年目です。その年に、池田・ロバートソン会談という会談が行なわれました。それは、アメリカが日本に経済援助をするというMSA協定を結び事前相談の会談で、そこで決められたことが、池田・ロバートソン会談として注目されるのです。
 朝鮮戦争が休戦になって、アメリカが要らなくなった軍事物資を持って帰てもしょうがないから、日本にやって再軍備させよう、というのが主な目的だったとみられる協定でした。ちょうどその頃、日本は警察予備隊を占領軍の命令でもつことになる、つまり軍隊を持つことに踏みきったのです。-略-ところがだいたい、相手に物をやったり、お金をやったりするときに、相手の名にの反対給付も求めないということは、ほとんどありえないのです。」

フランスを問題に……。下「」引用。

「フランスは今日、NATO軍事機構から離脱しています。それは、ド・ゴールが「アメリカ人は、パリのために心中してくれるはずはない。だから、アメリカの戦略のもとに統合されているというのは危ないことだ」ということで、NATO本部をパリから追い出し、独自の道を歩むことになった結果ですが、そのフランスが持っている核兵器を廃絶させないかぎり、実はヨーロッパの反核運動は本質的には広がっていかないわけでする。」










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