磯野鱧男Blog [平和・読書日記・創作・etc.]

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かえれビキニへ 原水爆禁止運動の原点を考える

2008年05月05日 | 読書日記など
『かえれビキニへ 原水爆禁止運動の原点を考える』
   三宅泰雄・著/水曜社1984年

原水爆禁止運動は生活や生命にかかわることなので、起きた運動ですね。それをイデオロギーの問題にすりかえてしまった人たちがいるとボクも思います……。



帯に書かれてあります。下「」引用。

「名著として定評のある岩波新書『死の灰と闘う科学者』を大幅に増補・改訂した上、新しく原水爆禁止運動の30年について書き下ろし、つけ加えた。
今日の原水爆禁止運動に鋭く問題を提起。」

世界平和協議会というのがあるという。下「」引用。

「国外でも、日本の原水爆禁止署名運動に呼応して、世界平和協議会が「原子戦争準備反対の訴え」(ウィーン・アピール)を出し、全世界で実に六億人にのぼる署名を得ました。」

第五福竜丸の医師団。下「」引用。

「三月一七日、東京大学医学部の中泉正徳(まさのり)教授、筧弘毅(こうき)講師(放射線科)、三好和夫(内科、血液学)ほか二人の医師と、理学部の化学者三人が焼津をおとずれた。船員たちは、五人の医師の診断をうけ、全員が協立病院とその分院の北病院に入院することになった。
 東京では、都築正男博士(日本赤十字中央病院長、東京大学名誉教授)を中心として、東大医学部部長内村祐之教授、同付属病院長美甘(みかも)義夫、清水健太郎、中泉正徳らの緒教授および、隠せんもん分野の医師によって、第五福竜丸船員を治療し救済するための医師団が組織された。」

医師団は病気「急性放射能症」としたという。下「」引用。

「医師団は、第五福竜丸の船員の病気を「急性放射能症」とよび、広島、長崎の「原爆症」から区別することにした。しかし、そのいずれもが放射線障害であることには少しも違いはなかった。」

アメリカはマグロ缶詰の輸入を一時ストップ。下「」引用。

「のちに、日本人は“放射能アレルギー”にかかっているとか、放射能をおそれるのは非文明人だなどという議論が、アメリカ人からも、また日本人のなかからも出た。しかし、放射能にたいするアメリカの市民の敏感な反応ぶりをみれば、“放射能アレルギー”は、むしろ文明国民に共通な放射能にたいする拒絶症状だとみるべきであろう。」

原子力を推進したい人たちが造られた用語のようです。
--むしろ、その人たちの“放射能無神経・拝金名誉欲症”のほうが恐ろしいですね。

科学者といってもいろいろいるものだ。下「」引用。

「東西の冷戦を是認する立場にたつ発言の例としては、四月八日(一九五四年)の毎日新聞にのった中谷宇吉郎教授(当時北海道大学理学部、物理学)の文が、代表的なものであろう。氏は当時、アメリカに滞在していたが、その文は「ちえのない人々--ビキニ被災をアメリカでみて」と題されていた。アメリカ政府が第五福竜丸の船員に、すぐ、たくさんの見舞金を出し、船も即刻買いとってしまえば、日米おたがいによいのではないか、ことをおこせば、水爆の秘密はもれ、よろこぶのはソ連だけだ、というのがその文の趣旨であった。
 これにたいして、物理学物で科学評論家の菅井準一氏は、「彼がアメリカにわたるとき、『民族の自立』という書物を書き、祖国日本の人々に、科学によるほんものの自主的な道を説いたことを考え入れると、まことにおどろかざるを得ない。」


俊鶻丸の出港」というモノクロ写真があり、提供 : 猿橋勝子氏とあった。

さらに、中谷宇吉郎教授。下「」引用。

「北海道大学の中谷宇吉郎教授も「放射能でさわぐのは、日本のジャーナリズムの狂態である」とし、放射能雨で誰一人、腹をこわしたものもいないし、風邪をひいたものもない、といった氏一流の皮肉な文章で、放射能雨に関する日本の新聞の報道ぶりと、科学者の意見が行きすぎであるとした。
 これらの物理学者の意見は、個々の放射能雨についての見方からすれば、必ずしも、誤ってはいないだろう。しかし、放射能雨のなかの人工放射性物質が、しだいに環境に蓄積し、それが長期的におよぼす影響が問題であることついては、少しも考えられていなかった。」

いろいろな問題があったようだ……。下「」引用。

「日本で準備された論文は、人体の放射線障害と環境の放射能汚染に関する先駆的な研究であって、原子力の平和利用のさいにも役立つものであった。この種の論文が忌避されたのは、おそらく会議の準備にあたった人たちが、医学や環境科学に縁遠い人たちであったからであろう。「医学関係の論文についても、原博士によると、日本からのものは残念ながら、学術的にすぐれたものがない」(読売新聞、一九五五年六月二三日)と判断された。
 一方、日本側にも問題がないわけではなかった。外務省は原子爆弾による障害や、核兵器実験の影響研究を公にすることが消極的であった。これはいうまでもなく、アメリカに対する遠慮である。また、国際連合に未加盟のための配慮であったことも否めない。」

金沢でも、「原爆マグロ」の測定をしていたようです。下「」引用。

「われわれがビキニ事件のニュースを知ったとき、「原爆マグロ」はすでに金沢市魚市場に入荷していたて。第五福竜丸の捕獲したマグロは木箱につめられて、各地の市場へ送られていた。冷凍技術の発達していないころである。輸送はむしろ迅速であった。そのほか太平洋沿岸の各漁港から送られてくるマグロはサーベイメーターによる放射能の検査を受けることになった。この測定器を所持していたのは北陸地方では、私たちの金沢大学アイソトープ研究室のみであったので、魚を積んだトラックが大学の門を出入りするという前代未聞のことになった。」


ビキニに帰れば、どうして第五福竜丸以外の船のこと切り捨てられたのかも、取り上げていただきたいと思います……。

ビキニの海は忘れない 核実験被災船を追う高校生たち










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