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佐久間象山-誇り高きサムライ・テクノクラート-

2010年02月09日 | 読書日記など
『佐久間象山-誇り高きサムライ・テクノクラート- 時代を動かした人々 維新篇 9』
   古川薫・著/岡田嘉夫・画/小峰書店2006年

理科系の佐久間象山という感じがした……。



イギリス軍艦ファートン号で切腹した長崎奉行松平康英。後に幕府は「異国船打払令」。

モリソン号事件、天保8年6月。高知の漁民7人が乗っていたという。

幕府・批判した渡辺崋山は藩からも責められて自殺。高野長英は幕府の役人に追い詰められて自殺。

index

サムライ・テクノクラートだった象山。下「」引用。

「西洋の科学書を読みこなして、
小銃・大砲を鋳造し、
ガラスを製造し、
写真術を習得し、
電池・電気医療機をつくり、
地震計までもつくって人々をおどろかせた。」

砲術の原書を読みたい。華山がいてくれたら……。下「」引用。

「絵を描く趣味を持っていた象山は、画家でもあった華山と交際していた。華山から水墨画をもらったこともある。その彼から蘭学を習おうとは、思って見なかったことが、いまさら悔やまれた。」

黒川良安がオランダ語を教え、佐久間象山が漢学を教えたという。

ギアマン製造は日本では泡などができ、日本ではできないといわれていたという。象山がつくる。

象山監督で、ジャガイモを植えた沓野村。下「」引用。

「馬鈴薯を植えただけでなく、山には紙の原料となる楮(こうぞ)の木などの植林、平地では養豚、薬草の栽培などもやらせた。付近には温泉もあるので泉質を調べ、その薬効をたしかめて病気治療に役立つ温泉の利用をすすめたりした。」

勝麟太郎に書を渡す。下「」引用。

「象山が帰国するまえに、お別れをいいにきた勝麟太郎に、
「君にこれを進呈しよう」
と、書斎にかかげていた「海舟書屋」の額を、記念に贈った。
「わたしは、日本に海軍をつくりたいのだ。今度帰国すると、いつ江戸にもどれるかわからない。君は幕臣だから、わたしの志を継いで、海軍創設の計画を進めてもらいたい」
「わかりました。かならず、なしとげましょう」
 かつはそのときから「海舟」の号を使いはじめた。」

目次

蕃書、オランダの書物のことを幕府はそう読んだ。蕃とは未開の異民族。蕃書は危険な書物だった。

日本で、最初に大砲をつくった象山。下「」引用。

「藩では象山の意見をいれて、三ポンドの野戦砲一文、十二ポンド砲二門、十三ポンド砲三門を鋳造し道島で試写をした。これがオランダ語の原書により、日本人が大砲をつくった最初といわれている。」

ジョン万次郎が許されたのだから、と考える象山。下「」引用。

「だから漂流民をよそおって外国船に乗りこみ、数年間修行して帰れば、罰せられることはない。」

高杉晋作は、佐久間象山に会いに来た。

--仮病になれば会えるという……。
漢方医が手にあまったとき、西洋医学にこころえのある象山に頼むことができるという。その手を使った晋作。

低い頭脳とは異なる松陰。下「」引用。

「「松陰先生は攘夷論でした」
「いや寅次郎は、わたしの説に従って開国論に賛成した。それで、海外に出ようとしたのだ」
「それでも、攘夷の二字はすてられなかったはずです」
「寅次郎の攘夷は国を開き、彼らの先進技術を学んで、その力で対等に外国とむき合うという意味の攘夷だ。おぬしらの低い頭脳では理解できぬか」」






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