
源頼朝という人は、偉人・理想的為政者としての名声はともかく、陰険ぽいイメージで歴史キャラとしての人気はそれほど高くないと思います。でも伊豆ではそれは例外で、(今はどうか知らないけれど)昔は当然大ヒーローであったらしい。伊豆の各地に「行ったことのない所は無い」と言えるぐらいに、頼朝にまつわる伝説が残っています。20年間もすることがなかったから、ヒマだったんですね。
羽衣出版の『新版伊豆の伝説』という本には、その各地の頼朝伝説が、一覧になって載っています。それをちょっとここに書き出しておきます。折角なので私も、いづれ機会を作ってすべて訪れ、詳しいレポートをこのブログに書いてみたいと思っているのです。
◎七人頼朝 (三島市安久村)
◎睡森まどろみ松 (三島市南二日町)
◎餅売婆 (韮山町原木)
◎妻塚 (三嶋大社付近)
◎国分尼寺 (三島市)
◎駒爪橋の槍の痕 (清水町徳倉)
◎初音ヶ原の鶯 (三島市錦田)
◎地頭様 (比企尼の墓) (函南町大竹)
◎愛妾・丹後局の居室 (函南町桑原、大竹)
◎頼朝の拝み松 (伊東市八幡野)
◎法泉庵釈迦堂の海底地蔵 (伊東市川奈)
◎道案内の御墨付き (伊東市松原)
◎肥田八郎の御屋敷 (函南町肥田)
◎間宮八幡宮 (函南町間宮)
◎馬洗淵の馬の足跡 (天城湯ヶ島町柿木)
◎大山の逆さ竹 (大仁町神島)
◎城山の棒石 (大仁町田中)
◎伊豆十七箇所の三島神社 (伊東市川奈)
◎頼朝の腰掛け石 (中伊豆町冷川)
◎鉄瓶石 (中伊豆町八幡)
◎伊豆山神社の頼朝法華経 (熱海市伊豆山)
◎日金山の老人 (熱海市日金)
◎頼朝の一杯水 (熱海市上多賀)
◎頼朝の蹄石 (伊豆長岡町川西)
◎根越山の頼朝抜け道 (熱海市網代)
◎手無地蔵と血川 (三島市手無)
◎鐘掛けの松 (三島市芝)
◎頼朝の腰掛け松 (三嶋大社)
◎蛇が橋の大蛇 (函南町間宮)
◎伊豆御山の頼朝・政子の駆け落ち (熱海市伊豆山)
◎馬足石 (伊東市八幡野)
◎産衣石 (伊東市富戸)
◎鬢水 (伊東市赤沢)
◎碁盤石 (熱海市奈須の浜)
◎木立温泉由来 (天城湯ヶ島町上狩野)
◎運試しの石割りあと (天城湯ヶ島町船原)
◎狩野城の美女の七面古鏡 (天城湯ヶ島町柿木)
◎頼朝の足跡 (土肥町小下田)
◎頼朝の跨ぎ石 (土肥町土肥)
◎頼朝の硯水 (土肥町平野)
◎頼朝の旗立て石 (西伊豆町大沢里)
◎音無川の頼朝の無茶な要求 (西伊豆町仁科)
◎鳥精進・酒精進 (河津町)
◎頼朝の息継ぎ水 (河津町下河津)
◎頼朝の俎石 (河津町逆川)
◎大鍋・小鍋 (河津町大鍋・小鍋)
◎文覚山と相生堂 (松崎町宮内)
◎頼朝の守り本尊 (東伊豆町稲取)
と、こう並べてみてよく見ると、「下田市」と「南伊豆町」には何も無いんですね。「別の本になら載っているかもしれない」と思っていろいろ読んでみたんですが、下田の「蒲谷御厨に頼朝が出した命令」と南伊豆の「小稲港で北条時政が伊東祐親を捕らえた」ぐらいしか見つける事が出来ませんでした。(どちらも、伝説とはいいがたいエピソードです) もしかして頼朝は、二十年の流遇生活で一度も南伊豆地帯に足を向けなかったのでしょうか。それには何か理由があったのでしょうか。頼朝は下田が嫌いな何かの理由があったのでしょうか。とても気になります。
また、頼朝関係の伝説を眺めていてまたひとつとても気になるのは、「大蛇が出てくる伝説」が意外と多いという事です。伊豆の化け物といったら私は、伊東の赤牛や土肥の化け牛など、牛の怪物がまず頭に浮かんできてしまうのですがも韮山周辺には大蛇が多かったのかな。・・・・と、よく考えてみると、南伊豆の蛇石峠、下田市の甲人の塔など、伊豆はそこらに大蛇の伝説がいっぱいあったです。伊豆はへびがウヨウヨです。もしかしたら今でもいっぱいいるかも知れない。一説には赤牛は蛇の化身だとも言いますしね。
また、ややこしいことに伊豆には室町時代(?)あたりに「頼朝法師(らいちょうほうし)」という名前の僧がいて、あちこちに碑を残しています。一方で三島あたりでは源頼朝のことを「らいちょうさん」と読んでいるそうで、まぜこぜになりそうですね。
※なお、先年の平成の大合併で、伊豆は地名が大幅に変わってしまっております。
また、この『新版伊豆の伝説』という本は、私がこれまで書いた事以外の頼朝の事績の異説がいろいろたくさん記述してあって、なかなか楽しい本で拾い物です。例えば「蛭ヶ小島は伊豆七島のひとつである」とか「蛭ヶ小島で頼朝がヒルと戦った話」とか。いずれまた詳しく紹介します。













