ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 




キムラヤパン店。墨田区京島2-6。2014(平成25)年5月5日

当ブログ前回の「廃屋のガレージ」の向かい側。写真手前から、赤坂肉店、キムラヤパン店、吉川食料品店、三軒長屋。店はいずれも廃業していて、あるいは空家になっている家もありそうだ。赤坂肉店の左は住宅に建て替わっているが、昭和の時代では地図に「魚辰」とあるから魚屋だったらしい。写真右奥に長妻酒店があり、あとは八百屋があれば普段の食卓に必要な食品がこの近所でそろえられたわけだ。
現在は、左の二軒は住宅に建て替わり、吉川食料品店と三軒長屋は2015年に取り壊され「不燃化促進用地」になっている。



吉川食料品店と三軒長屋。京島2-6。2013(平成25)年4月11日



三軒長屋の横と裏側。京島2-6。左:2013(平成25)年4月11日、右:2014(平成25)年5月5日

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星野餃子店の長屋。墨田区京島2-12。2016(平成28)年6月12日

旧曳舟たから通り(曳舟たから通りの西に、ゆるくカーブしながらほぼ平行に通っている古い通り)から虎橋通りに入って東武亀戸線の踏切までの間に残っている平屋の長屋。床屋(下田理髪店)だった一軒が二階建てに建て直しているが、元は四軒長屋だったのだろう。
長屋の左が持ち帰りの星野餃子店で、営業していれば飲み屋のような赤提灯が出る。「食べログ」からの情報だが、47・8年は続いているらしい。看板に「おでん」の文字が読める。飲み屋だった時期があったのかもしれない。
下田理髪店は三色のタイルとドアの形で容易に床屋だったと推察が付く。
下の写真は同じ長屋を、両端からそれぞれ撮った写真。


星野餃子店、鈴木葬儀社。2013(平成25)年6月12日


廃屋のガレージ。京島2-13
2014(平成25)年5月5日

星野餃子店の長屋の並びにあった民家。写真左の家は「ホクシンデンキ」の軽トラックの車庫になっている。左の柱に付いている縦長の看板は「富士電機乾電池」の看板。電気屋だったらしい。
ストリートビューを見たら二軒とも取り壊されていて、「不燃化促進用地」の貼紙が棒の先の板に貼ってあった。

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虎橋通りの四軒長屋。墨田区京島2-11。2013(平成25)年4月11日

安食屋豆腐店の長屋の向かい側を南西方向に入っている通りを昔は「虎橋通り」といった。120m行くと東武野田線の踏切を渡る。かつてそこに「虎橋通駅」があったので、虎橋通りの名前はけっこう知られているように思える。四ツ目通り(押上通り)の開通は昭和15年で、それ以前は吾嬬町(現・八広、京島)から押上への主要な道路だったという。商店もけっこうあったようだ。今そこを歩いても、住宅街のちょっと広い路地にしか見えず、昔の賑わいはとても想像できない。
八広の爺ちゃん>押上小学校』に「虎橋通り」についての記述があり、わりと詳しいことが判る。
写真は虎橋通りに入ってすぐのところに残っている四軒長屋。


虎橋通りの四軒長屋。左:2016(平成28)年6月12日、右:2013(平成25)年4月11日


長妻酒店。京島2-7
2016(平成28)年6月12日

四軒長屋の斜向かいにある酒店だった家。ストリートビューにこの家が飛木稲荷神社の祭礼でのお神酒所になっている画像が出る。飛木神社は東武スカイツリーライン(東武伊勢崎線)と京成押上線が並ぶところの北(押上2-39)にある。

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四軒長屋。墨田区京島2-10。2013(平成25)年4月11日

京成曳舟駅の近くの曳舟川通りから、南東方向へ、東武亀戸線の小村井駅の南の文化二丁目交差点までの通りを「曳舟たから通り」という。その裏通り的な通りが、たから通りの西にほぼ平行に通っている。その通りはゆるく左右にカーブしながら、たから通りの「キラキラ橘商店街」の入り口辺りで再び合わさる。昭和初期の地図には「都百四十三号吾嬬曳舟停車場線」とある。大正9年にそのように指定された府県道だ。江戸時代は田畑の灌漑用水路、昭和になって住宅や工場が建てこんでくると排水路に替わった川が道路に沿って流れていたのだろう。昭和初期の地図では京島2丁目のところでは通りの北側に川が書き込まれている。
写真の四軒長屋の前にはその川が流れていたと思われる。長屋の左の住宅は長屋の端の1軒が建て替わったものかもしれない。とすれば元は五軒長屋。店は「安食屋豆腐店」だけだが、『東京-昭和の記憶->京島二丁目』の1986・87年の写真を見ると食料品店のような店や「東軒」という中華料理店が写っている。



貝塚酒店。京島2-7。2013(平成25)年5月5日

安食屋豆腐店の四軒長屋の向かい側にある商店。昔の航空写真を見ると二軒長屋だったような感じで、右の家はその1軒を建て替えたか大幅に改装したものらしい。

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スナックNOBU、伊勢谷和菓子店。墨田区京島2-4。2016(平成28)年6月12日

四つ目通りの東武亀戸線の踏切りと京島二丁目交差点との中間あたり。モルタル塗りの看板建築の二軒長屋に「NOBU」というスナックと「伊勢屋」という和菓子店が営業している。両店とも1985年の住宅地図に出ているのでそこそこ長くやっている店だ。その地図に、写真左の空き地が「記念碑100」となっているのはなんだろう。


斉藤製作所。京島2-4
2016(平成28)年6月12日

1枚目写真の伊勢屋の右に写っている家。規格品以外のボルト・ナットを製作しているのだろ。建物がかなり傾いているのだが大丈夫だろうか。右の空き地は1985年の地図では「橋崎商店」。

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旧星野時計店。墨田区京島2-2。2010(平成22)年5月6日

四つ目通りの東武亀戸線の踏切りからすぐ東のところ。看板建築にした二軒長屋が2棟ならんでいる。いずれも商売は辞めてしもた屋になっていて、住居に改装されている。上写真右の棟の左の家は1985年の住宅地図で「星野時計店」。下の写真は同じ長屋を東から撮ったものだが、その写真で左の長屋の右の家が、1968年の地図で「みのや菓子店」。その地図では上写真右端の空き地は「王電書房」と「井口座卓店」となっている。


旧みのや菓子店。京島2-2。2010(平成22)年5月6日



民家。京島2-4。2016(平成28)年6月12日

2枚目写真の左の横町を入ると戦前築の住宅や長屋が今も点々と残っている。上の写真の正面の白い壁の家も戦前築の家を改装したのかもしれない。下写真の切妻屋根の妻側を路地に向けている建物は平屋の四軒長屋。その手前、空地を鉄板の塀で囲っているところにも同じ平屋の四軒長屋があったようだ。


平屋の四軒長屋。京島2-4。2013(平成25)年4月11日

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青木足袋店。墨田区京島2-1。2010(平成22)年5月6日

線路は東武亀戸線。四ツ目通りの踏切で、「亀第1号踏切道」という。線路の手前が押上3丁目、向こうが京島2丁目。線路際に「青木足袋店」がある。入母屋屋根の日本家屋の前面を看板建築の店舗にしたものだ。後ろに、線路に沿って二軒長屋が2棟並んでいる。
看板には「種田の足袋」とあって商店名かと思ってしまうが、商品名である。押上駅近くの磯貝商店が製造している鳶職の作業着を扱っているということらしい。また、足袋といっても地下足袋のようだ。
ネットに、この店で「股腹」を注文したという記事があった。ぼくは知らなかったのだが、お祭りで着る黒い腹掛けと股引きのことだった。江戸時代では大工・左官・鳶・植木屋がそれを着ていて、時代劇や小説の挿絵でお馴染みである。お祭りでその恰好をするのは、昔からの職人なんだという格好を作っているのではないかと思う。
1968年の住宅地図では、同じ建物の青木足袋店の左は「ひまわり書房」。古本屋だろうか。
今ストリートビューを見たら、5階建てのマンションに建て替わっていた。2016年2月に取り壊されて、2017年6月にそのマンションが完成したようだ。青木足袋店は明治通りの、橘通りバス停のところに移った。

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チャンピオン電気。神奈川県横須賀市上町3-31。2014(平成26)年2月28日

池之端商和会の池之端商店街は三崎街道の裏通り的な通りになっているが、北の入り口(豊島小学校入口交差点)から入って南へ、三叉路で三崎街道の方に折れて商店街は終わる。しかし裏通りは三叉路から三崎街道と平行に続いていて、池之端商店街と同じく、廃業したらしい商家が目立つ通りである。やがて三崎街道に合流するが、その長さは池之端商店街と同じくらい。「横須賀上町郵便局」がある。
写真はその裏通りにあった出桁造りの家の「チャンピオン電気」。隣の看板建築風の家は「辻園芸」という花屋。辻園芸は向かい側にも店舗がある。辻園芸の先は看板建築風の元は商店だったと思われる建物が見える。



影山輪業、宍戸珈琲。横須賀市上町3-8。2014(平成26)年2月28日

裏通りにある上町郵便局の辺りの三崎街道沿いにあった古い家。三崎街道沿いには上町3丁目交差点から南へ、鶴窪小学校前交差点まで、「上町三栄会」という商店街の組織がある。
写真左の看板建築風の家が昭和10年の創業という「影山輪業」。長屋風の家が2棟並んでいる。左の方は影山輪業で、右は「宍戸珈琲」とテナント募集中の貼紙がある空き店舗。宍戸珈琲はコーヒー豆の店らしい。隣の空き店舗は、ストリートビューを見ると「サウンドクラフト」という音響製品修理専門店が入った。

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すがや、南天、たまちゃん、gigis。神奈川県横須賀市上町3-11。2014(平成26)年2月28日

三崎街道(県道26号)の上町三丁目交差点の西側に並んでいる看板建築。片流れ屋根の簡便な建物だ。左から「すがや(洋品、雑貨)、住宅?、南天(御酒と定食)、たまちゃん(居酒屋)、gigi’s(ナチュラルリネン洋服屋)、駐車場、ヴェレット(ケーキ)、ラ・テール(ハンドメイド小物&カントリー雑貨)」。
この家並みの裏は右写真のような路地。



2枚目写真左奥に写っている民家。上町3-12。2014(平成26)年2月28日

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マルワ、富士屋呉服店。神奈川県横須賀市上町3-16。2014(平成26)年2月28日

池之端商店街の「カリヤ商店、魚文」の南、5軒先に銅板貼り看板建築の商店が2軒並んでいる。「富士屋呉服店」と「マルワ制服店」で、一見、看板建築とはみえない外見だが、上部の軒に銅板のパラペットが見える。
富士屋呉服店はネットに出てこないので廃業したのかもしれない。マルワは2014年12月に三崎街道のうわまち病院入口交差点のエノモト写真店の隣に移った。




忍。横須賀市上町3-10
2014(平成26)年2月28日

マルワから5軒ほど南に行くと道は三つ又になり、そこを左に行くとすぐ三崎街道に出てしまう。池之端商店街もそこで終わり。その角が喫茶店だか洋食屋だったような店で、その手前に居酒屋。看板が二つある。「上町/原価酒場/力屋」と「唄える大衆お座敷酒場 忍」で、忍は「日本コロンビア専属歌手 横須賀しのぶの店」。上の写真は三崎街道にも向いている家の裏側である。三崎街道の方にも同じ看板が付いているが「入り口は裏側です」ということで、池之端商店街の店ということらしい。

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