龍の声

龍の声は、天の声

「兵は詭道なり」

2014-07-29 07:59:09 | 日本

「へいはきどうなり」有名な言葉であるが、知る人ぞ少ない。

これは、「戦いは、所詮騙し合いで、いろいろの謀りごとを凝らして、敵の目を欺き、状況いかんでは当初の作戦を変えることによって勝利を収めることができるものだ。」という意味です。

出典は「晋書・宣帝記」
魏国の景初元年という年に、遼東の太守である公孫淵が、魏王朝に反旗を翻した。魏の明帝は、名将司馬懿に命じて討伐の軍を出した。

司馬懿は、数万の騎馬を従えて出陣し、数カ月を費やして遼東に到着した。折あしく雨期となり、戦線は膠着状態となった。帝下は焦って行動しようとしましたが司馬懿はしごくのんびりとして動こうとしない。
たまりかねて、幕僚の一人が「先年、孟達を攻めたときは、全軍昼夜兼行で強行戦をし、『まるで神わざのようだ』といわれた位だが。しかし、今度は、何カ月もかけてやっと遼東に到着し、のんびりと構えている。どうしてか。」と尋ねた。すると司馬懿は「孫子」の教えである「兵は詭道なり」をあげて、状況に応じて作戦を変え、おたがい騙し合いの挙にでることの重要性を説いたという。ちなみにこの言葉は「孫子」の始計篇に出ている。

三国志に出てくる有名な戦略家である諸葛孔明の「空城の計」を紹介する。
司馬懿に攻められて、僅かな兵を率いて撤退した孔明は、作戦の行き違いもあって、まさに「風前の灯」のような状態になってしまった。
しかし、司馬懿が遠方から城の様子を見ると、城門は大きく開かれ、道には障害物一つなく、さらに城壁の上では孔明が、香を焚いて琴を弾いている姿が見えた。城門近くまで進んできた魏の騎馬隊は、この異様な光景に驚き、司令部の指示を仰いだ。司馬懿は、罠がしかけてあると読み、敢えて攻撃をしなかったので、孔明は夜半に難なく撤退してしまったという。このケースでは、考えすぎの司馬懿が孔明の「詭道」によって完全に欺かれたわけである。

これは「陽動作戟」ともいわれ、現代の政治の世界では日常みられる戦術の一つかもしれない。ポーカー・フェイスで敵を欺く手段をいろいろ弄することは、かけひさの行われる実力社会の常道といえる。

しかし、ビジネスマンの社会では「兵は詭道なり」の論法でいけるかどうかは、意見の分かれるところ。
それは、ビジネスを行ううえでは、「信用」と長い交際を前提とする「友好関係」が重要とされるからである。一度だけの勝負で、競争相手を倒す必要があるような事業ではないかぎり、先方の目を欺くような方法は避けたほうが賢明である。





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