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「大東亜戦争顕彰・・・今こそ、尖閣が危ない」

2017-12-17 06:30:12 | 日本

西村真悟さんが「大東亜戦争顕彰・・・今こそ、尖閣が危ない」について掲載している。
以下、要約し記す。



明治維新百五十年、この我が国近代の、誇りある躍進と苦闘の歴史の中に、大東亜戦争を位置づけ、その顕彰とは何かを思えば、それは、「過去を顕彰する」のではなく、「現在の歴史を取り戻す」ことである。
「現在の歴史を取り戻す」とは「日本を取り戻す」ことであり、「現在も継続している、歴史戦・思想戦としての大東亜戦争」を勝利するまで戦い抜くことである。

まず、第一に我々は、天皇陛下の昭和十六年十二月八日に発せられた「米国及び英国に対する宣戦の詔書」、そして、この天皇の「宣戦の詔書」を承けて発せられた「帝国政府声明」を謹んで吟味し、大東亜戦争が、自存自衛の為の戦争であり、アジアの解放の為の戦争であることを、自信と誇りをもって確認しなければならない。
帝国政府声明は次の通り、「アジアの解放」を目的に誇り高く掲げている。
そして、我が国が戦った後に展開された二十世紀の世界は、まさに、この帝国政府声明が掲げた通りになった。
アジアは欧米の植民地支配から解放された。
即ち、大日本帝国は、「戦闘」に敗北したが、「戦争」で勝利したのである。

「而して、今次帝国が南方諸地域に対し、新たに行動を起こすのやむを得ざるに至る、なんらその住民に対し敵意を有するものにあらず、只米英の暴政を排除して、東亜を明朗本然の姿に復し、相携えて共栄の楽を分かたんと祈念するに外ならず。
帝国は之れら住民が我が真意を諒解し、帝国と共に、東亜の新天地に新たなる発足を期すべきを信じて疑わざるものなり」

次に、第二として、負けた戦闘においては敗因と共に勝因を点検し、勝った戦争においては勝因と共に敗因を点検することが必要である。

大東亜戦争の敗因の最大のものは、明治三十六年十二月二十一日の「戦時大本営条例の改正」である。
従来は、戦時においては、陸海軍の統帥が陸軍の元に一元化される。
しかし、この「改正」によって、戦時においても、陸海軍の統帥が、陸軍は参謀本部、海軍は軍令部に分離されたままになり、我が国は、最高指揮官を欠落させて戦争に臨むことが制度的に固定化された。

即ち、大東亜戦争は、最高指揮官を欠落させたまま遂行されていたのだ。
これが、最大の敗因である。
つまり、東条英機は、陸軍を統帥できた。
しかし、海軍を統帥できなかった。
海軍を統帥できない者が、最高指揮官ではありえない。
東条英機は、十二月八日の海軍の空母機動部隊による真珠湾奇襲作戦を事前に知らされていなかったし、ミットウェー海戦で、その空母機動部隊が壊滅したことは終戦まで知らなかった。
これがどうして戦争指導者であり最高指揮官なのか。
同時期に、イギリス首相チャーチルは、参謀総長のアランブルッグと、憎しみ合いながら、毎日会っていた。
そして、戦況全般を把握しながら戦争を指導した。

最高指揮官の欠落、之が最大の敗因である。

この「戦時大本営条例の改正」は、海軍水雷戦隊の仁川港奇襲による日露開戦を五十日後にひかえた国家的緊張なのかで、海軍のドンである山本権兵衛が、この日露開戦という国難を人質にとって暴れ回り実現させたものである。
日露戦争という皇国の興廃をかけた決戦の勝利の中に、四十年後の皇国の未曾有の敗北の原因があったのだ。

さらに、この陸海軍統帥の分裂がもたらしたものが、次の通りの国家戦略の破綻である。
東条英機内閣は、近衛が政権を放り出した後の、昭和十六年十月十六日に成立した。
そして、心血を注いで国家戦略の策定作業をして十一月十五日に、「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」を大本営政府連絡会議で確定させた。

これは、まさに、心血を注いで練り上げただ戦略であり、その骨子は、

①アジアの南方の資源地帯を抑えて自給体制を確立する「南方作戦」
②インド洋を西に向かってインド洋を制圧し、インドのイギリスからの独立を促してインドからの資源補給に頼るイギリスを屈服させる「西亜作戦」
③インドからの支援ルートに依存する蒋介石軍の戦争継続能力を削いで屈服させ、
④太平洋における迎撃準備を整えて英国屈服で継戦の意義と戦意を喪失する米軍を近海で撃滅する。

実に見事な戦略である。
そして、ここで注視すべきは、この戦略には、「初戦における真珠湾奇襲」の発想など全く無い、ということだ。
つまり、初戦における真珠湾奇襲と、それによって起き上がった米軍とのミッドウェー海戦は
大本営政府連絡会議で決定された「国家戦略」には、全く想定されていなかった。
この時、この「国家戦略」の①は完璧に遂行され、シンガポールは陥落し、マレー半島とジャワは制圧され、我が国は南方の資源地帯を確保していた。
そして、我が国は、②のインド洋制圧→インド独立、→イギリス屈服・蒋介石屈服という流れに入り始めていた。

しかし、真珠湾奇襲とミッドウェー海戦が、この流れを止めた。
つまり、この時、我が国政府が正式に決定した戦略とは別の戦争が東条も陸軍も知らないところで起こっていたのだ。
即ち、最も後の④に位置づけられていた太平洋における対米戦争、真珠湾奇襲とミッドウェー海戦を海軍が遂行していた。
そして、完敗した。
これによって、完遂されつつあった「対米英蘭蒋戦争終末促進に関する腹案」が破綻した。
この必勝の「国家戦略」を破綻させ、我が国を現在に至る敗戦状態=戦後体制に落とし込んだもの、明治三十六年の山本権兵衛による「戦時大本営条例の改正」である。

以上の通り、我が日本は、「負けなかった戦」に負けたのだ。
これは、痛恨の思いである。
しかし、勝敗は戦の常だ。
戦闘に置ける日本軍は、吉田満さんがGHQによる検閲前に「戦艦大和の最後」に書いているように、「熾烈の闘魂、至高の練度、天下に恥じざる最後なり」である。
その戦闘の目的は、祖国の自衛とアジアの解放である。
これ、誇るべきであっても、何ら恥じるものはない。
アジアは米英等の支配から解放された。

このように、大東亜戦争は、自衛のための戦い、アジア解放のための戦いであった。
このことを顕彰しつつ、現在を見つめよう。
そうすれば、既に我が国を取り巻く内外の情勢は、もはや、戦後ではなく戦前、しかも「開戦前夜!」ではないか。

その主敵は、西の大陸の共産主義独裁国家中共の覇権、軍事的膨張という地殻変動である。
そして、現在も百二十年前の日清戦争の時と同じように、朝鮮半島の反日と無政府状況による混乱と騒乱が前哨戦として始まりつつある。
ここにおいて、北朝鮮の三代目の動向だけに神経を集中していては国を滅ぼす。

今、注目すべき戦略的要衝とは、 尖閣!である。

中共は、尖閣を、台湾と沖縄本島への橋頭堡、とみている。
尖閣に中共はミサイル基地と潜水艦基地を造りたがっている。
そうすれば、台湾は、中共の掌中にはいる。
台湾が中共に呑み込まれれば、我が国を囲む海は中共の海となり、熟した柿が落ちるように我が国は落ちる。
 
再度、言う。
尖閣に注目せよ。
密かに、大規模に、そして途中から堂々と、中共は尖閣を強奪しに来る。
中共は、火事場泥棒のプロである。
朝鮮半島で何かが起こり、現在のように、我が国の目と耳が朝鮮に集中するとき、中共は、尖閣に出てくる。

その時、我が自衛隊の最高指揮官即ち内閣総理大臣は、間髪を入れず、自衛隊の指揮官として尖閣を断固として防衛しなければならない。
即ち、皇国の興廃をかけてである!









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