新歩(歩くことは楽しい知識につながる?)

休日にいろんな所を歩いた記録と感想などを添えて・・・

金剛山 高低差約1000mの坊領ルートへ

2012年05月26日 | Weblog

今日もスタートは遅く

久しぶりに金剛山へ

今回の駐車場は ちはやあかさか道の駅隣の郷土資料館駐車場

到着は11時前

おそ ヾ(´▽`;)ゝ

出発は11時5分

さてさて どのように歩くかな〜

 ここから左の畔へ

そして先ずは水分神社と小道を歩き出すと

向こうから畑の道具を乗せた一輪車を押したお爺さんが

おじいさん 「どこ行くんや!」

私 「水分神社から金剛山へ」

おじいさん 「そんなら 650年の欅見ていき!」

私 「え そんなの在るんですか?」

おじいさん 「在るよ そこを曲がったところに」

私 「是非是非 見せてください」

と おじいさんに案内され

先ずは石碑 「先祖の石碑じゃ!」

「わしの先祖は昔 ここらへんの大地主じゃったんじゃ!!」

と 少し自慢話 (^。^)

石碑から少し歩いた小屋の裏にありました

(案内はそこまで 後は一人で)

大きく開いた枝 かっこ良い

 

一点から大きく枝を広げ活き活きとしている

「幹に耳を当てると水を吸い上げる音が聞こえるぞ」

と 話されていたが聞こえず

梅雨時期には聞こえるのかな〜

11時21分 水分神社とうちゃっこ 

とりあえずお参り

神社右横から山道へ

今回のルートは坊領ルート

登山口へ 11時40分

まさしげくんの見送りを受け

上赤阪城址じ到着すると 丁度お昼のサイレンが

 見晴らしは当然良い

そして最近整備されたルートを歩き

笹薮生い茂る展望地も刈り取られ丸山がくっきり

歩きにくい箇所にはトラロープ

上りではあまり必要としないが下りは急坂と落ち葉により足元は滑る

助かります

12時40分 一つ目の鉄塔

ここでやっと簡単なお昼

時間もないので12時50分 出発

山抜けしていたここも少し補強され

13時48分 やっと青崩(あおげ)道へ ほっ

そのまま休憩もせずに山頂へ

14時20分 やっと山頂到着

しかしきつかった〜 続けて歩かないとな〜

景色はもやってます

転法輪寺にご挨拶して

裏参道へ

少し遅いが 新緑の木々は良い

葛城山のツツジはピークを越えている

そして本当の山頂 葛城神社に参拝

14時49分 下山開始

このところ毎回久しぶり って云っているが

今回も山頂着くまでに足に

下りは思ったようにスピードは出ず 抑えて

駐車場に到着すると丁度17時のサイレン

足 弱ってますな〜 (^^ゞ

今回のルート

距離は 18.1km

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GW最終日下山です(n‘∀‘)η

2012年05月06日 | Weblog

 4時過ぎ起床

夕べ何度も目を覚ましたが外がいやに明るい

夜中なのにテントの中はライトを使わずすべてのものを確認できる

後で知ったのだが5・6日とスーパームーンだったらしい

しまった 夜中一度も外に出て月・星を見なかった

昨夜は寒く風も相当強かったから出る気がしなかった

残念なことをしたな〜 (ノ∀`)

日の出は5時少し過ぎてから

15分ほど日の出を楽しみ朝食

そして 昨日ご挨拶をした八経ヶ岳へ

周辺の山々は霞んであまりはっきりしていないが これも良い

駆け足で往復 幾分体も温まった

テントへ戻りそうそうに撤収

7時29分 下山開始

昨日見た風景も上りと下りで違う

8時46分 出会い通過

ここからは本ルートで

根っこの段差等が色々有るので下りにくい

やっと下って来ました

9時34分 下山完了

このあと入之波(しおのは)温泉「山鳩の湯」へ

ゆっくりじっくり疲れた体を癒しましたヾ(´▽`;)ゝ

下山ルート

 しかし 久しぶりんお登山でテン泊は不味かったかな〜

次の日から腰の調子が・・・

筋肉痛だけだったら良いんだけど

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GW最後は弥山でテン泊!

2012年05月05日 | Weblog

GW前半は会社近くに借りていたマンションを引払うため

引越しでつぶれてしまった

中盤は少し仕事が残り休日出勤

やっと2日間の休みが取れたので何処かへ行きたい

前日はゆっくり金剛山でテン泊するかな〜 と思っていた

5/5朝 どうせ行くなら大峰「弥山」へ行くか

家でゆっくりし過ぎて

登山口の行者還トンネル西口到着したのは13時過ぎ

車止めるところ在るかな〜

と 思っていたら登山口前が丁度1台の空き

車を止めて直ぐコンビニ弁当を食べ 出発準備を整え

13時33分 やっと出発

 登りは本ルートは避け沢ルート

出合までは他の登山者とは一人も会わずゆっくり歩ける

心地よいブナ林をのんびり

14時39分 やっと出合到着

本ルートへ出ると数名の登山者と出会う

しかし 久し振りの登山 それもテント泊の荷物を詰めたザックは重い

やっとこさ ここまでたどり着いたような

長い休憩をしていると足が動かなくなりそうなので

14時44分 先に進むことに

倒木を切り開いたルートを抜けて

15時7分 弁天の森通過

15時34分〜41分 聖宝の宿跡でしばし休憩

後少し

16時34分 やっとテント場 弥山山頂にたどり着いた

山頂小屋にテン泊の料金を支払い

テント場へ 先客は10張程

今日は風が強いので木陰へ設営

 

寝床の準備も出来たので 近畿最高峰「八経ヶ岳」へご挨拶

夕暮れまで時間が有るので先に夕食

幾分お酒を飲み そろそろかな〜

山頂からの夕暮れ

夕暮れの約10分 ひとり堪能 ( ^∀^)

やっぱり良い 

・ 

上りルート

日は沈み 最近疲れているので早々に寝床で眠ってしまった

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高見山へ

2012年02月20日 | Weblog

うわ〜、ひっさしぶりの山

今年の初め飲み友達から最近山を始めた女の子Y.Mちゃんを紹介され

最近は山に滅法ハマっている年齢も近いY.Iちゃんに紹介

その時に樹氷見たことないとの事だったので

じゃ 先ずは樹氷を見に高見山に行きますか(^o^)/

と いう事に

今回は珍しく平日

二人とも平日が休みやすく

たまたま私の空けられる日になったので実現

いつものたかすみ温泉に9時前到着

Y.Mちゃん 登山靴を履くのは初めて

Y.Iちゃんからいろいろアドバイス

今回のいろいろな道具全てY.Iちゃんが準備

私の出る幕はありません(^^ゞ

9時24分 出発

ゆっくりと歩き初め

Y.Mちゃん なかなかリズムが良い

10時19分 高見杉到着

休憩の後 アイゼン装着

10時47分 仕切りなおして

だんだん勾配もきつくなってきたけれど

リズム良く

やっと 笛吹岩到着

周辺の眺望 天気も良く最高

大峰の山並みまですっきり

周辺の山は 軽く雪化粧

 笛吹岩を少し登ると やっと樹氷が現れだした

先週えらく暖かくなり樹氷も解けてるかな〜

と 思っていたら週末なんとか寒波がやってきて なんとか

樹氷から見上げる青い空は良い 

そして山頂付近の樹氷は何時もどおり

 

 12時28分 山頂 と〜うちゃこ

今日の山頂 風もなく暖か

何時もの凍えるような寒さではないので避難小屋上部の展望台で昼食

昼食もY.Iちゃんが全て準備から調理まで

たくましいわ〜ヾ(´▽`;)ゝ 

昼食を美味し〜く頂き の〜んびり楽しんで

14時02分 下山開始

ゆっくり慎重に

16時10分 下ってきました〜 \(^o^)/

高見山は優しく迎えてくれました

最後は当然 

Y.Mちゃん 楽しんでくれたようで ほっと

また Y.Iちゃんのたくましさに感服

これから私もご指導願おうかな〜

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三陸 馬場中山地区の近況

2012年01月20日 | Weblog

昨年9月の連休、少しだけボランティアに参加させていただいた[i:158]
その地区をそれ以後見守りながら何か出来ればと思っている。
情報は地区ホームページで毎日こまめに更新していただけるので得ることが出来る。
また、地区には震災直後からNHKの取材班が入りNHKスペシャルや正月明けの朝一にも取り上げられ色々情報は入ってくる。
私がお世話に成った馬場地区の会長「倉さん」を中心に取材されている。
でもその情報にも限界がある。

その馬場中山地区ホームページを運営されているのは被災者ではあるが粗一人で色々な情報を出したりボランティアの窓口となられたりと一日中忙しく活動されている。
当然、収入は無い。
時期を見て、ホームページを締め何か仕事をしなければと考えておられた。
ただ、ホームページを締めると地区の復興の情報、ボランティアの窓口が無くなる恐れがあり色々悩んでおられた。

そこで先ずはホームページでは乗せない、震災時の出来事やお世話に成っているボランティアさんにインタビューをされるなどした有料のメールマガジン配信されることにされた。
その内容が報道では中々報じられない気になる内容。
週1回の記事、5回までは無料で読むことが出来るのでよろしければ一読下さい。

馬場中山地区ホームページ
http://www.babanakayama.jp/
サイト運営者からのお願い
http://www.babanakayama.jp/info/message.html

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楽しんだよ〜大阪マラソン!

2011年10月30日 | Weblog

遂にこの日がやってきた!

で ある

先ずは大会2日前 「大阪マラソン EXPO2011」 へ

大会の受付をしゼッケンを頂き

色々な催しがあるインテックスの会場をウロウロ

そこで大会の公式時計による自分の目標タイムを表示して記念撮影をする催を見つける

本々の私の目標は4時間を切り 最後まで走り続けること

(何度かマラソンに挑戦しているが毎回30キロ付近から足の痙攣により走ることは出来ず歩きに)

でも少し背伸びして

果たしてどうなるのか・・・

大会当日 7時15分 地下鉄森ノ宮駅傍 大阪城噴水広場

出場選手と共に応援する仲間が集る

朝早いのにご苦労様です

先ずはみんなで

そして出場選手で

スタートは9時なのだが

3万人のランナーが走る大会

各選手のブロックに8時頃には入るよう云われている

7時半頃仲間と別れ 私のブロックFグループへ

同じブロックに仲間のレオ君が入っていたので

二人で長い待ち時間をワイのワイのと云いながら

8時半過ぎから周辺がザワザワ

先頭では何かのアナウンスで盛り上がってきている

でも 此方には殆ど聞こえない

すると前の方から波のように拍手が此方に寄せてくる

みんななんだか分からないがそのまま拍手を

そんな拍手が何度も

内容は分からなくても 拍手をしていると楽しく気持ちも盛り上がってくる

スタート10分を過ぎた頃からだんだん前へ進みだし

スタートのカウントダウンが始まり

9時丁度先頭が  

スタートから5分を過ぎた頃

やっとスタート地点が見えてきた

ゆっくりゆっくり前へ進み

橋下知事と平松市長がこの日だけは仲良く手を振る

先頭スタートから約7分

遂に スタ〜ト〜 

ルートは

何度も何度も折り返し 幾度も曲がる

厳しいルートだが 応援者には助かったよう

応援の仲間の二人は近道を使いゴールまで走り通した

色んなところから現れ声援を送ってくれた

ほんと力になった でも・・・

今回の大会 株式会社ケイ・オプティコムによる

動画配信サービス「ランナーズ・アイ」を無料で提供していただいている

各選手の5km事のタイムと各ポイント(15・25・35・ゴール地点)の動画サービス

選手のゼッケンNoを入力するとその選手の通過時間 周辺の映像が

因みに私のゼッケンは「17330」

サービスは11/21まで行っているので ランナーも後で見ることが出来る

  

 

滋賀に居る姉家族はこのシステムで一緒に楽しんでくれたとか

そしてタイムは (速報タイム)

5キロ毎のタイムも公表されているから 時計を持たない私には後で参考に出来る

中間を過ぎた頃からガックとタイムが落ちだしている

20キロ手前 先ずは太ももに違和感(ピッキッ て感じ)

23キロ付近で遂に脹脛が痙攣

少し足を伸ばし 走り出すも また痙攣

そこから何度も何度も痙攣

でも 今回の最低目標 走り続けること

痙攣して足を伸ばしていると 沢山の応援の方たちが励ましてくれる

私一人に送る声援でもないのだろうが背中に暖かい声援を感じる

ほんと 力 頂ける

30キロを越えた頃にはサブフォーは不可能に

35キロ付近 ゆっくり走ることでようやく痙攣から少し遠ざかり

38キロ付近の最後の坂 南港大橋

ここだけは行けません

橋をゆっくり走って上ろうとするとまた痙攣

走る格好をしようとするだけで痙攣

仕方なく上りは足を引きずるように歩き

峠を越える手前からようやく走る体制へ

大橋を過ぎた頃から沿道の人は少なくなり 淡々とゆっくり走り

40キロ付近 だんだん沢山の人たちが現れ 沢山の声援

ここからは足は痛いが存分に楽しみながら走ろうと沿道傍をゆっくり

声援の方たちと腕を伸ばし手のひらでタッチしながらゆっくりゆっくり

そして遂に ゴール 

終わった〜

目標には遥かに及ばない

また 自己ベストにも及ばない

でも 最後の橋以外は何とか走りとおしたのかな〜

なんかそれだけで今まで以上に達成感ある

ご褒美の 完走メダル

さて次は 奈良マラソン 

今度こそ・・・\(^ ^)/

15時過ぎ仲間の最後のゴールを見届け 打上場所へ

そこでがんがん

日頃腹が張るからはあまり飲めないが 今日はドンドン入って行く

仲間と大盛り上がりで楽しみ

次の会場へ

キャンドルナイト

 

三陸ボランティアへ行った時の仲間が企画した

東北被災地復興支援イベント

キャンドルアーティストを招いて

ハロウィンの夜 幻想的な空間を軽くお酒を飲みながら楽しみ

チャリティーの品々を販売

そして 絆レインボーフラッグ2011 への応援メッセージを

私もメッセージを書いたのだが・・・

飲みすぎだ〜

そして 楽しい一日は終わった〜

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赤子谷オフ本番

2011年10月02日 | Weblog

今回は私の所属する山の会「炉端の会」のオフ会

炉端と云うと 私の入る会だから酒飲みの集まりだろう

と 思うだろうが決してそうではない です

山を愛し 真面目に山の知識を向上させようと集まった仲間達

で 今回は珍しく私が企画

会では六甲でのオフ会は始めて 果たして集まってくれるか・・・?

参加者欄には3日前まで私を含め2名の参加

今回は2人で の〜んびり歩くか!

と 思っていたら

2日前から 参加者欄に仲間達の名前が追加されていく

嬉しいことです 楽しいオフ会に成りそうだな〜

JR生瀬駅 電車組みの人を待つのに 集合時間1つ前の電車で到着

考えたら 参加者の方たち

車で来られる方が多かったな もしかして電車で来られる方は・・・

と 車組みの仲間に連絡

すると電車で来られる方は2名のようだと

で その中に前日まで体調悪く無理そうにされていた

会の会長 奈良の爺々様が入って居られると

体調が今ひとつのようだが 参加下さるようだ

7時37分着の電車で 2名様御到着

久し振りに見るお顔 挨拶は簡単に身支度を整え次の集合場所へ

7時57分 千都橋で車組みの方達と合流

久し振りに会う山友 話が弾みます

今回は私を含め9名の参加

さて どんなオフとなりますやら

簡単な説明をして 8時05分出発

 先ずは前回下見した ここから水路へ

水路横を通り

沢筋を歩き

 

8時26分 林道から赤子谷へ

 

8時41分〜50分 赤子滝

早々に最初の見所

8時55分 ゴルジュ到着

 

 で あっと言う間に 今回のメインに到着

わいのわいのと 記念撮影をして

ちょっとした冒険をしたつもりで

9時15分 ゴルジュ脱出

 

今回は赤子谷左俣 昭文社地図のルート通りに案内

休憩は 何処だろうと話は弾み長くなる

10時15分 六甲山縦走路へ

ここからは次の分岐まで大凡3.7キロ ゆっくり歩きます

 

 分岐までは眺望も悪く 見所無いんだよな〜

11時46分 縦走路の分岐をするっと抜け

第二の見所 六甲の癒しの森

やっぱり 記念撮影

六甲山って ルートから少し外れ北側斜面に入ると案外癒される場所あるんだよな〜

12時38分 座頭谷へ下りてきた

ここでやっと昼食

今日は曇り空 日差しが無かったので助かった

気温も丁度

13時17分 昼食も終わり次の最終目的地へ

だだっ広いガレ場を下って

歩きにくい

蓬莱峡の蛇のようにクネクネの堰堤の橋

まるで万里の長城 (見たこと無いけど)

14時10分 屏風岩 到着

私を除き 皆さんここの岩トレ経験されているような

軽く ゴンさん もんさん がクモの様にヘツりに挑戦

 

そして ヨッピーさんも

ゴンさんに 勧められ私も

案外小さな引っ掛かりでヘツれるものだ

14時46分 蓬莱峡駐車場で無事解散

皆さん今日は参加していただきありがとう御座いました

お蔭様で楽しいオフ会となりました

お疲れ様でした

今回のルート

距離は 13.9km

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三陸へ その3

2011年09月24日 | Weblog

そして今回ボランティアをさせて頂く

南三陸町歌津馬場

 

馬場中山支援センター

  

ここがこの周辺のボランティア基地

中は広いが 基本的にはここで寝泊りは出来ない

別のボランティアグループはこの建物の裏にテントを建て 1週間過ごされたとか

センターの敷地から見る景色は何も無かったような感じがする

今回の行動したメンバーの6人

そして二手に別れ 3人がこの町のお手伝いをする

ここの自治会長さんがこの軽トラで私達をお迎えにこられた

軽トラで運ばれた先は近くの仮設住宅

草刈機の指導を受け広い範囲を3人で

作業も終わり最後に1枚

私達の作業は支援センターのホームページ

作業をする合間 ここに住まわれている何人かのおばあさんと話をした

明るく話しかけていただいたが

話しを続けていると・・・

ここは半島になっている

北からの津波が引いたと思ったら 次は南から

そして会長さん宅もここに住まいがある

津波の時 高台の自宅に車4台

みんなで避難したら そこにも津波が

家も車も全て 今は送られてきた軽トラが足になっている

何時も忙しく精力的に動かれている会長さん この町を一時も早く復興させたい一身なんだろうな

ただ この仮設住宅に近くの住民はあまり住まわれていない

お隣のご家族一軒だけが知っている方だとか

また あるおばあさんは息子さんが昆布の養殖をされている

昨年 チリで発生した津波で地域の筏はことごとく破壊されようやく再開

種を植え2年後の昆布の収穫を待つようになった

そして今回の津波で根こそぎ

息子さんはどんな気持ちで養殖を再開されようとしているのか

仮設住宅横に息子さんが北海道から取り寄せた船が据えられている

今はまだその船は使われていない

昼休み 時間がかなり空いたのでここの港へひとり出掛けた

 

完全に破壊されている

今は他の漁港で他の地域の方と協力しながら作業されているとか

残った防波堤に打ち寄せる波はかなりの迫力

壊れた防波堤から侵食される陸地

 

その際の高台に小さな神社

昨日から色んなところを回ってきたが 神社は殆どが無傷なところが多い

神社から破壊された港が見える

そしてその横に 新しい祠が

 

津波の後に建てられたのかな〜

 

 

そしてボランティアを終え 他の仲間と合流して三陸を後にした

別の3人が志津川高校の炊き出しをされていた方からTシャツを購入してきてくれた

今回の案内をしてくれたリーダーが前回尋ね友達になった方たち

その方たちは志津川駅前で食堂を経営され近くに自宅も在った

だが今回の津波で全て破壊

志津川高校に避難され

そこで自分達の技術を使い最後まで炊き出しをされていた

志津川高校の避難所は8月に閉鎖

でも 今も復興の為に活躍されている

その方たちの名は 内田ブラザーズ

このTシャツはこの方達が協力して作られたもの

  

 詳しくはこのサイト

私はこのTシャツで大阪マラソンを走ろうと思う

少しでも復興のお役に立てれば

少しでも三陸の方たちに気持ちが伝わるように

今回尋ねた馬場地区・志津川地区はこれからも訪ねていこうと思う

この町がどの様に復興されるのか見守る為

そして少しでもお役に立てられるよう 心がけたい

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三陸へ その2

2011年09月24日 | Weblog

次の日

今日はボランティアをさせて頂く日

待合せは8時半

その時間までに尋ねなければいけない町があるので朝食を済ませ 宿を6時出発

宮城県気仙沼

 

ここも港町は冠水

 

地盤が下がっている

その中でも大きなトラック 何とか営業を再開されているようだ

港の市場はこの時間だと活気に満ちているはずだが(今日は休みか?)

でも ニ隻の漁船には沢山の方たちが乗り込んでいる

仮設の鋼板で造られた床

その下に以前の床が 70cmの嵩上げ

 

それだけ地盤が下がっている

道路は応急に盛土を施しこしらえた模様

満潮時にはこの道路も乗り越えているのか

街の中心部に GROUND ZERO のモニュメント

 

早い復活 成し遂げて欲しい

南三陸町志津川

  

ここは本当に広範囲

周辺の高台に僅かに残る住宅が見える

防災対策庁舎

 

皆さんも記憶に残ってられるだろう

押し寄せる津波 最後まで避難を呼びかけるアナウンスを続け亡くなった若い女性がいたことを

避難する人にどれだけの力を与えたのか

そこを起点に周りを見てみる

本当に何も無い

快晴の青空が 一層それを強く思わせる

5階建ての病院

全ての階が水没 何とか一番高い屋上に上り

次の日 ヘリコプターで救助されているテレビの映像が目に焼きついている

海面は海から18メーターくらいには達したのかな〜

病院前に流されてきた残骸があるが 手付かずのままのようだ

今回の大津波

2008年 過去の災害の教訓 これから起こる災害に備え

大規模な訓練が行われた

でも その訓練を上回る今回の災害

本来先頭に立つはずの三陸沖の自衛隊基地

それ自体が災害に遭い 思うような救助体制も整わない

これだけの被害 沢山の人たちが亡くなられた

関西・東海と今から起こるであろう 東南海地震

それに備える準備 しっかり肝に銘じなければいけない

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三陸へ その1

2011年09月23日 | Weblog

あれから半年が過ぎた

未曾有の大水害 大津波から三陸がどの様に成っているのか

仲間の友達が3月から毎月ボランティアで通っておられる

9月は後半の連休を使って

その仲間に私も入れていただいた

そして 

少しでもこの状況が分かっていただけるよう

この災害をいろんな方に長く支援しなければいけないことを 伝えたいと思う

今回のルート

9/22 21時 大阪を出発

最初の目的地は岩手県宮古市

高速を乗り継いで盛岡 そこから1時間を掛け

目的地到着は9/23 13時頃

なんと16時間 遠い

夕暮れまであまり時間が無い 昼食を後伸ばしにして

先ずは 宮古市田老

 

初めて見る光景 街がなくなっている

今は堤防の復旧が第一

現場では破壊された堤防を撤去 波除ブロックがその場で作られいる

堤防の中は 瓦礫の山

この街の堤防は3ブロックに分かれている

一番ひどい被害を受けているのは北側の堤防 完全に破壊された町

 

もう使うことが出来ない鉄骨造のホテルだろうか 印象的に残る

住める町に出来るのは何時になるのか

大槌町吉里吉里

 

建物が建っているようだが 殆どは使えない

 

基礎から上は何処かへ コンクリートの建物も津波には意味が無いのか

 

釜石市港町

 

今は復旧された三陸鉄道

でも 街の中には人はいない

 

大船渡市大船渡町

  

街は冠水している

 

その中で 解体の作業をされている方たちがいた

尋ねた時は 陸と海の高さは殆ど無い

  

その中で何とか一部の方が漁業を再会されている

テントで仮設に作られた市場

港から国道に出ようとすると 大きな漁船が

 

被害のライン沿いに川 隔てた向こうは被害も少なく住まわれている方が居られる

その直ぐ下にこの大きな漁船

境界線でもこれだけの力のある津波

港町で半分に割れた石碑が横たわっていた

昨年9月に50年前のチリ地震大津波を忘れない為に立てられた石碑

その半年後に 前回を上回る大津波が

陸前高田市高田町

 

辺りは薄暗くなってきた

5階建てのコンクリートマンション

かろうじて5階のみが何とか これも今は使えない

消防署は車ごと

救助をするどころではない

高田の松原は完全に水没 かろうじて球場の面影は残っている

 

最後に使えなくなったホテルの脇に ひまわりが一輪

誰かが植えたんだろうな〜

 

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