龍角庵日記

宗教、哲学、言語、文化について語る

第3次世界大戦

2009年04月21日 | Weblog
田原総一郎と佐藤優がおもしろい対談をしている。その本を読んだのだが、目から鱗が落ちる思いがした。資本主義と戦争の関係、政治、経済、宗教、文化などを総合的に見る高所に立つと確かに両者の主張はうなづける。
現在は第3次世界大戦の最中にあるという危機感は正論であり、その危機感のない日本の国会、政治家は平和ボケしているというか、己の欲しか見えない集団である。第3次世界大戦というキーワードから眺めてみると、北朝鮮問題、アメリカの対応、ヨーロッパの対応、中東の状況などがよくわかる。
一読をお勧めしたい書物である。
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太宰府

2009年03月22日 | Weblog
太宰府に行きました。天満宮だけでなく、旧政庁脇の戒壇院にも参詣しました。ここは三大戒壇院(太宰府、奈良、下野)の一つだったのですが、今は訪れる人も少なく静かです。隣の観世音寺と同様に古を想像するにはよい場所です。二度目ですが、何度でも行きたい所です。天満宮の賑わいと比べるとなおさらです。
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日米差

2009年03月07日 | Weblog
このところ日米の文化差、国民性の差が顕著になってきた。典型例は定額給付金である。アメリカではありえない。あんなに反対した国民ももらうものはもらうであろうし、その見返りとなる消費税増税もその段階ではあきらめるであろう。
お上のすることには不満があっても、従う国民性である。政治のトップは強いリーダーシップが必然であるアメリカと、お飾りの日本。官僚の強い日本と選挙のたびに変わるホワイトハウス。赤字でも何十億も給料をとるアメリカ企業家と、黒字でも1億程度の日本の社長。貧富の差が大きく、一部が富を独占するアメリカと中産階級の多い日本。国民性の違いは正反対と思っても差し支えない。
そして日本はアメリカを最も気にしているが、アメリカは日本をまったく気にしていない。アメリカ国内は地域差が大きく、州が独立国並だが、日本は県は独立性がほとんどなく中央集権国家。

今回アメリカでワシントンとシカゴの空港、テキサスの街を見たのだが、人々の様子をみるかぎり、ワシントンとテキサスはそれほど不況ではなく、シカゴは不況。
TV報道ではカリフォルニアが最もひどいらしい。テレビは極端な場面だけを報道するので、我々はそれに騙されてしまうが、そもそも今回の不況は金融不況であり、バブル崩壊である。泡(バブル)に関係のない人々も大勢いて、すべての人が生活に困窮しているわけでもない。バブルの恩恵に浴さなかった人はバブルの被害にも遭わない道理なのだ。日本でも土地バブルの恩恵がなかった人は土地バブル崩壊の影響も少なかった。今回でも一番大きな被害を被っているのは資産がある人々だが、それをマスコミは報道せず派遣切りなどの末梢現象をことさら報道しているが、一体誰の味方なのかと思う。しかもどの報道機関も同じ内容である。アメリカは局によって姿勢が正反対のこともあり、比較するとおもしろい。日本の新聞も昔はそうだったが、今は同じである。視聴率という売り上げの前に、市場原理に支配されているのはマスコミとしていかがかと思う。
多様性がアメリカの文化だが、単一性が日本の文化という例でもある。
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「おくりびと」と「阿弥陀堂だより」

2009年03月07日 | Weblog
アメリカ出張の飛行機の中で「おくりびと」と「阿弥陀堂だより」の映画を続けて見た。前者はアカデミーも受賞した話題の作品で、葬儀という暗いネタを、元売れないチェロ弾きが納棺師(本当にそんな職業があるのかどうかしらない)になるという突飛な設定と、山形という設定、そして美人のオカマの死体、クリスマスの葬儀という、非日常的な話題満載で笑える内容なのがすごい。
「阿弥陀堂だより」は2002年の作品だが、都会に疲れた女性医師と万年文学青年の夫婦が田舎暮らしをするという、「ほっこりした」映画で、こちらも今ではありえない日本の原風景が美しい。
テーマは死と生という対照的な内容だが、2つの作品に共通するのは、今の日本人、ことに団塊世代の心に響く作品だということだ。
団塊世代は親や友人など身近に死を体験し、まもなく自分にも死が訪れることを実感でき、一方まだ現実に生きており、さらに昔の思い出がなくなったことへの寂しさのようなものがある。映画というVR世界にそれを求める気持ちがよくわかる。
団塊は数が多く、社会現象を次々に引き起こしてきたが、これからはこうした回帰、ルネサンスが社会現象となると思う。
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文化の伝播

2009年02月19日 | Weblog
旧聞になりますが、バレンタインデーはアメリカが流行らせ、日本はそれを受けて勝手にチョコレートの日にし、ホワイトデーを創作しました。韓国はその後にブラックデー(バレンタインデーにもホワイトデーにも参加できなかった人が集まってジャージャー麺を食べる日、4月14日)、イエローデー(5月14日、ブラックデーにも呼んでもらえなかった寂しい人が一人でカレーを食べる日)を創造しました。おもしろい文化の伝播だと思います。
今、五木寛之の「21世紀仏教の旅」を読んでいますが、仏教の伝播も似たような創造過程が書いてありおもしろいです。
受け売りや猿まねを人は悪くいいますが、そこには必ず創造が生まれてしまいます。学問や思想も受け売りから始まります。バンド練習もまずコピーからです。
日本の技術は創造力がすばらしいと思います。
よく人が思いつかないようなこと、といいますが、実はそれは人がどう考えるかということの裏返しであり、全くの無から作り出しているのではありません。
ほんの少しの創造、それがオリジナルということだと思います。
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小泉前首相の言語意識

2009年01月26日 | Weblog
先日、小泉さんの言語感覚についておもしろい記事を見ました。
閣僚の答弁が官僚的すぎること、一般にわからない表現ばかりであることに激怒した彼は国立国語研究所長に直接電話し、難解な表現の言い換え研究を指示したそうです。考えてみると、日本には一般になじみのない用語があふれています。法律、医学、官庁がとくにひどいです。昔から政治は民によらしむべからず、というわざと難解にして国民を遠ざける習慣があります。江戸時代までは漢文、明治以降は外来語です。現在では明治時代の用語そのままであったり、和製英語を創作して、独自の文法解釈で運用しています。
私自身の経験でも、昔、警察に車庫証明申請に行った時、地図にガレージと書いたら、担当の警官が現場を見て、ガレージには屋根がついていないといけないから、お宅のはガレージでなく車庫だといいはって証明をくれませんでした。そんな定義は公開されていませんし、担当官はガレージは英語で車庫とは違う意味だと主張するので、英語ではgarageガレージと発音せずガラージといい車庫の意味ではない、と説明しました。ガレージはほとんどの日本人は知りませんが和製英語です。この手の和製英語にはherb,ovenなどがあり、アーブ、アヴンが英語の発音です。意味も微妙に違います。官僚製英語としてはグローバル・スタンダード、アメニティ、エコなど多くの国民を騙している表現がたくさんあります。
こうした弊害をなくすため、小泉さんは国民にわかる表現への言い換え辞書のようなものを作れ、と指示したようです。たぶん上級官庁である文科省も文化庁もきちんと把握していないでしょうが、国研は指示を守ってきちんと研究プロジェクトを立ち上げ、医療編くらいから発表の予定だそうです。実はこの成果は在日外国人や言語障害者には役に立ちます。政策としては国会で議論していないでしょうが、
こういうのが本当の政策だろうと思います。
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オバマ演説

2009年01月26日 | Weblog
米新大統領の就任演説がどこのTVでも分析しています。ほとんどが褒め言葉です。
こういう現象はケネディ以来のように思います。それくらい名演説なのですね。
今売れている演説集を読んでみました。出版社は英語教材屋で、そんなに売れるとは思っていなかったようです。日本では「英語教材」なのです。
英語として見ると、実に見事だと私も思いました。リンカーンやケネディを連想させる、というより有名なフレーズを活用しています。パクリかというとそうではなく、同じ語を使いつつ文は変えるという、和歌でいう本歌取りのような感じです。
読んで、聞いて感動できる演説というのは政治家として非常に重要です。
世界の田舎国である日本の首相演説が日本語として、また演説としてレベルが低いのは悲しいことですが、米国大統領は世界のリーダーであることが求められるとしても、世界が注目し感動させることができる言語能力はすばらしいものです。
オバマ演説は明らかに原稿があるのですが、読んでいるという印象を与えません。
アメリカ英語は文語と口語の差が少ないということもあるのですが、日本の場合は演説が官僚言葉で原稿が書かれるため、よけいわかりにくく、しかも丸読み、読み違えですから、聞くと感動どころか嫌悪感になってしまいます。
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アメリカの底力

2009年01月20日 | Weblog
オバマ新大統領は易しい英語で民衆の心を掴んでいます。We are one.など上手いですね。漢字が読めないくせに、官僚言葉で国会答弁する首相と正反対です。リーダーシップ、品格、生まれすべて正反対です。
このままだとアメリカは上昇に転じ、日本はさらに下降しそうな気がします。
アメリカは下層と中層が新大統領に期待しています。圧倒的多数を占めるこれらの人々のエネルギーはアメリカ経済の上昇ポテンシャルになることが予想できます。そのための雇用政策もすでに出しています。日本は首相に誰も期待していません。
それどころか日本国中が失望と怒りに満ちています。そして政府=官僚が腐敗し、屋台骨がぐらぐらです。この差は大きく、日本が回復するには、時間がかかりますが、宗教による心の復活、道徳の復権しかないと思います。
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今年のトレンド

2009年01月15日 | Weblog
最近、歴女(れきじょ)が流行だそうです。若い女性で歴史マニアが増えているとか。江戸ブームが数年前からありましたが、日本全体が歴史回帰していると思われます。若い女性が時代のトレンドを先取りするというのが社会学の常識ですから、これからの日本の起爆剤は歴史ということになります。
昨年篤姫が人気だったのは、女性ががんばる、という従来のパターンでなく、むしろ女性が政治をリードする姿が感動を与えたのでしょう。女性が脇役でなく主役であったわけです。
マーケットはアラフォーとか、アラサーとか、年齢の高い女性をターゲットにしていますが、恐らくうまくいかないと思います。彼女らは賢く、流行などに踊らされることなどなく、堅実だからです。
人数の多い団塊族も同じく、年金不安から財布の紐は固いです。マーケットはいま数だけを頼りにする知恵のない状態で、それこそが日本の不況の元凶だともいえます。
若い女性の感性が時代の先を読んでいるとしたら、今の日本が求めているのは、明治以降の文明開化、西欧のまねではなく、日本のオリジナルが中心だった鎖国時代の智恵でしょう。明治政府が廃棄した日本固有文化の復権、日本ルネサンスです。
Discover Japanなどという観光旅行などではない、本物の日本文化生活に憧れているのです。
具体的には、宗教が日常生活にあり、人々はマナーや道徳を尊び、経済的には貧しくとも精神的な幸福感を持っていた時代です。
つまりは不況を脱しようともがいていては解決になりません。食えない訳じゃないし、家族でつましく生活していく、お店も小さくやっていく。お上のお世話にはならない。そういう社会の価値観が大事であって、アメリカ的虚飾あるいはグローバリズムという巨大化からの脱却が必要なのではないだろうか。
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愚かなリーダー

2009年01月14日 | Weblog
アホウ首相と揶揄される日本はこれからどうなるのでしょうか?未曾有(みぞうゆう)の危機に愚かなリーダーをもつとその組織は崩壊しかありません。
愚かなリーダーしか選べなくて、それを変えることもできない組織は烏合の衆でしかないのです。
今回のばら撒き政策は愚策以外の何ものでもないとみんながわかっていても、どうしようもない。そういう閉塞状況はマイナスのポテンシャルが高まり、ある時、爆発的に変化するというのが歴史の教えるところです。
2.26事件前後の状況と似ているという指摘もかなりあります。軍がいない今、それに変わるのは官僚でしょう。若手官僚による暴走がどのような形で噴出するのか、怖い予想です。
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