邪馬台国はどこ?魏志 倭人伝をGoogleEarthでなぞって卑弥呼の都へ

倭人伝の行程をグーグルアースでなぞってみました。
そこで気づいたこと、考えたことを綴ってみました。

女王の居場所は不弥国である 女王の都は邪馬台国である

2017年02月22日 00時35分40秒 | 読書記録

結論。 
邪馬台国は奈良である。 
卑弥呼は神功皇后である。 

***********そして一番大事なことは********* 
女王の居場所はふみ国である 
しかし女王の都はヤマトである。 

→そしてこれは神功皇后時代の事実である 
******************************* 

この現象を外国が書くと倭人伝となる。


倭への行程はなぜだか不弥国まで詳細で、そのあとおおざっぱです。 
そして不弥国とは現代の宇美町と言われています

そしてそこは神功皇后が応神天皇を生んだからウミだとなっているらしい。 
いずれにしても宇美に神功皇后の遠征部隊は本拠地を構えていた。


つまり女王にあうには、不弥国へ行くということですね。だからここまでが詳しい。 
フミ国とは倭王オキナガタラシヒメノミコトの居場所。 

この名称はヒメノミコトとして使われた。

ヒメノミコトがヒミコとなった。


これですね。 
遠征中の女摂政の幕府と、派遣元の大和の宮殿は別物であるということ。 

そして女王にあえば、自分たちは実は大和からの遠征軍団だ。そこは船で10日で周防に行けばあとは歩いて1月だとか、はるかかなたに投馬国があって船で20日だ。宮崎か出雲のこと。 
そんなことだったかもしれません


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