邪馬台国はどこ?魏志 倭人伝をGoogleEarthでなぞって卑弥呼の都へ

倭人伝の行程をグーグルアースでなぞってみました。
そこで気づいたこと、考えたことを綴ってみました。

邪馬台国とタミル語。古代「海のシルクロード」②インドは中継基地

2017年11月03日 17時03分36秒 | 読書記録

 

シルクロード 全15巻 DVDBOX
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上図海のシルクロードを細かく見ていくと

地中海から紅海やペルシア湾を通り、

アラビア海を渡ってインドに達します、

この海域の主人公はローマ人、ギリシャ人、フェニキア人

インドから東南アジアを経由してここはこのアラビア半島の人たちのようでした。

しかしドラビダ人も往復いしていたのではないか?

中国にいたる航海路。

これはドラビダ人が東南アジアに往復し

またベトナム人も往復してたでしょう。

ここはベトナムと中国の行き来、倭人と中国の行き来、あるいは

台湾、琉球列島を行けば中国抜きで倭人とベトナムの行き来。


一つ一つの赤のラインはだいたい3000キロから4000キロ。

人類の移動へのエネルギーはすごいものがありますね。

 

地中海から紅海やペルシア湾を通り、

アラビア海を渡ってインドに達し、

ンドから東南アジアを経由して中国にいたる航海路である。

船による輸送の特色は、馬やラクダによる輸送に比べて大量輸送が可能な点にある。

このルートによる中継貿易の中心地は南インドであり、

インドと西方の貿易は、ローマが発展して、ギリシア系商人が活躍し始めた1世紀頃から開かれた。

彼らは季節風を利用してインド洋を渡り、香料や奢侈品を中心に活発に交易を行なった。

この頃記された『エリュトラー海案内記』(arrow_forward 南インドの諸国)は、作者不明であるが、

活発な貿易のようすを描いており、遠く東南アジアや中国のことと思われる記述が見られる。

またインドと中国を結ぶ東南アジアのマラッカ海峡、インドシナ半島南部も航海上の要衝であった。航海技術に長じたマレー・ポリネシア系の人々は、沿岸各地に国をつくり、島々の間を往来した。

この結果、南インドから東南アジアにかけての国々は、海上貿易で栄えた。

このような経路の中で

ベトナムあたりでローマの金貨が見つかるのですね。

 

2世紀頃の「海の道」が栄えた頃にはメコン川下流域に扶南、

半島東南部にチャンパーが建国され、海上貿易によって栄え、

特に扶南のオケオ港跡からは漢の鏡やローマの金貨が出土しました。

さてここからが本論です。

二世紀にこの場所でローマの金貨が見つかっている。

これらの海路を実際に航海したのはどの民族なのでしょう? 

先にも述べましたが海域ごとにプレーヤーは変わります。

しかしアラビアからベトナムまではそれぞれがドラビダ人の往来があったと思われる、すると

ドラビダ人の活動領域は

アラビアからベトナムまで。

ローマ金貨がメコン川で見つかるとは

おおむねこういうことを意味し、

また漢民族の骨が22人分イギリスで見つかるということは

この海のシルクロードがかなりつかわれていた海路だということを示すのではないか?

 

 

そうなるとこの2世紀というのは卑弥呼登場の100年前、まさに倭国王スイショウが107年に漢に朝貢した時代となっていくわけです。

イザナギイザナミ神話というのは南洋の海洋民の神話との類似点が夥しいそうです。

すると日本創生の頃、つまり倭人というのがそもそも

南方から来たとすれば(いきなり飛躍してすみません)

その南方とは沖縄を超えて、台湾を超えて、ベトナム、インドネシアあたりからという考えたも

成り立たないこともない。

 

そこにはインドから商売に来ているドラビダ人たちもいるわけですね。

種子島に鉄砲を伝えたポルトガル人は船団で組織的に来たのではありませんね。

難破して例外的にやってきたのですが日本に鉄砲というハードを広めるには決定的な役割を果たしました。

徳川家康の外交アドバイザー三浦按針も難破して例外的に日本にやってきたわけです。


島国日本にはインドネシアに駐留するドラビダ人が中国貿易の途中、漂着していたとしても

おかしくないどころが必然さえ感じるのです。

では漂着先はどこか?

このルートで北上してくると鹿児島宮崎の高千穂へ。

対馬へ。そして出雲へ。

黒潮という古代からの海上高速道路にのって、ベトナムあたりからドラビダ人が長江へ向かう途中、日本列島の領域にやってきてもおかしくありません。

その時代は奴国と出雲が勃興する頃なのですね。

すると大国主の政治アドバイザーであるスクナヒコとはドラビダ人ではないのか。

天孫降臨とは難破したドラビダ人の出来事のことではないのか。


などなど夢想は膨らみます。

その言葉タミル語が日本語に紛れ込むとうのが

この天孫族の神々の名前を読み解くのに実にはまっているとうこと、次回それを見たいと思います。

 

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