嶋津隆文オフィシャルブログ

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謹んで新年のお慶びを申し上げます。

2017年01月01日 | Weblog

嵯峨野

山に登ると海が近づくように加齢とともに過去がどんどん近くなるようです。昨秋は近現代史の舞台に直に触れたいと、奉天、新京、ハルピンなど満洲各地をめぐり、あるいは朝鮮国境の鴨緑江を旅しました。のみならず年末は山形に石原莞爾の墓、岐阜に杉原千畝記念館と足を運びました。現地に座標軸を置くと歴史はもう一つの姿を見せてくれます。

それにしても齢70を前にし、これからは未来でなく過去ばかり関心が行く日々になるものかと思わず苦笑する、酉年新春の朝というものです。

平成29年元旦


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『廃校活用』『渥美半島の風』『太田洋愛』で多忙極める

2016年12月27日 | Weblog

佐世保シンポの折に立ち寄った針尾通信塔。

ここからニイタカヤマノボレが発信された。

 

書くことがいくら好きだからと言って、一年で3冊も重なるとさすがに大変。その辺りの事情を説明し、めっきり減ったブログの弁解を兼ねての今年のラストメッセージです。

 『学校統廃合と廃校活用』(東京法令出版)を刊行したのは11月。その取材でこの春先も佐渡へ、四国へと足を運び、その後執筆に集中。脱稿したのは残暑厳しい8月の末。

 『渥美半島の風』はふるさと田原で地元の有志と始めた地域文化誌。東京になんぞ負けないと気負っただけに編集会議は毎回、侃侃諤諤。創刊号にこぎつけたのは7月の末のこと。

 『評伝・太田洋愛』は2年がかりで進めている田原出身の太田画伯の評伝。我が国のボタニカルアートの第一人者。その弟子たちの生の言葉をヒアリングすべく、山形、高知、湘南などと東奔西走し、何とか脱稿したのはこの年末です。刊行は年明けを予定。

 かてて加えて多忙の極み要因となったのはいくかのシンポの開催です。「半島文化と地域活性化」で長崎国際大ワークショップを、「廃校活用」で愛知大シンポを、「藩校理念とまちづくり」で鶴岡の研究会をFJKとして主催。その準備に奔走したのです。

 いやはや、それにしてもよくぞエネルギーが続くものと我ながら感心する次第。もっとも東京―田原と往復する新幹線のなかで、ぴんぴんころりという流行言葉が常の脳裏を横切ります。いやいや、それはそれで望ましい限りですが。



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嶋津隆文編著『学校統廃合と廃校活用』を出版しました

2016年11月07日 | Weblog

出版のきっかけは、東京法令出版社からの打診です。一年半ほど前、「田原市の学校統廃合の動きが全国に注目されている。スピードがあったし規模も小さくない。先行事例として出版し全国発信してはどうか」との電話です。

自分としても教育長2年間の田原市の学校改革の足あとは、しっかり記録としておきたい。しかも全国の自治体への参考となればとも思い、渡りに舟と受けました。田原の学校統廃合の折に、汗を流してくれた地域の人たちへの感謝の思いもありました。

学校「統廃合」の後に来るのは「廃校活用」です。全国各地で大問題です。しかし廃校活用は先行する他の自治体から学べば良い。そう考え、併せて廃校活用の先例として佐渡、四国、東三河山間部など全国30か所ほどの現場も訪れ、それらも載録しました。

 廃校活用例で学んだことは、100の地域には100の工夫があるということです。その地域の風土にあった住民と役所の工夫する姿勢がとても新鮮でした。採録例は全国の「生の話を、生の言葉で聞いたもの」であり、確実に参考になるものと思っています。

 A5版。230頁。定価2000円(税抜き)。このブログを見た人でもし買わない人がいたら、必ず祟りがあります。心して下さい(笑)。


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FJKの特別顧問、下河辺淳御大が逝ってしまわれた

2016年08月24日 | Weblog

【下河辺淳御大】

NPO法人フォーラム自治研究(FJK)の下河辺淳(しもこうべあつし)特別顧問が8月13日に逝去されました。享年92歳。元国土事務次官であり、国土審議会会長、総合開発研究機構(NIRA)理事長、阪神淡路大震災復興委員長等を歴任されました。

特筆されるべきは「全国総合開発計画(全総)」の1次から5次までのすべての策定に携わってきたことであり、それだけに「ミスター全総」とも称されていました。また、その時空を超えた発想のスケールの大きさと、会う人の心をいつの間にか包み込む独特の雰囲気から、誰が言うともなく「御大」と呼ばれてもおりました。

NPO法人フォーラム自治研究の特別顧問には、3年前の発足以来、ずっと就任していただいておりました。そのお願いに伺った折、開口一番にこう話されていたことが鮮烈でした。

「ところでここでいう自治とはなんですかね? だいたい自治省のような中央組織が存在する国に自治などというものがあるんでしょうか。自治省の言うことを具体化することが自治体の役割であるかのような、そんな事態になっています。おかしなことです」。

衰えることのない下河辺節の強烈な一つと受け止めながらも、日本社会における各自治体の閉塞状況を考えると、まさに正鵠を得た指摘と感じ入ったものでした。ことほどさように、私にとっては人生でもっとも啓発を受け続けた恩人です。


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安田靫彦画伯の我が家への手紙はちょっと自慢

2016年05月18日 | Weblog

先週末、竹橋の国立近代美術館へ安田靫彦展を見に行ってきました。圧倒され

ましたね、何でしょう、あの画の線の細さ、あの彩の柔和さなのに、あの迫力は!

画伯が追及した日本人の「品格」が滲むのでしょうか。黄瀬川の陣の構図、山本

五十六の表情など、どの作品にも「凛」という言葉が浮かばれたものです。

安田靫彦といえば、実は私は父親からよく画伯に関わる話を聞かされておりま

した。戦前、陸軍の軍人として中国に赴任していたおり、部下に安田という男

が配属されていることを知ります。父はある日、彼にこう聞いたといいます。

「貴様の父親は絵を描くと聞いたが本当か」

「はい中尉殿、靫彦といって日本画を描いております」

 いやあ小耳にはさんでいた噂が本当でびっくりした。一枚、私にくれてはどう

かと笑いながら言うと、「ハイ、それはあの、自分は…」と緊張していたな。お

となしい男だったが、しかしよくやってくれていた。暫くして何と父親の安田

画伯から手紙が来た。せがれがお世話になっていますと。この直筆の手紙は我

が家の宝物だよ。

・・・小さい頃からよく聞かされてきた、今は亡き父の自慢話の一つなのです。


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