中国迷爺爺の日記

中国好き独居老人の折々の思い

外国特派員協会での橋下氏の弁解

2013-05-31 07:39:31 | 身辺雑記

 従軍慰安婦問題で内外に物議をかもした橋下大阪市長が、外国特派員協会で「私の認識と見解」という文を配布し講演しましたが、その日本語の全文を見ました。読んでみると弁解と責任の転嫁と、自らの政治家像を述べることに終始し。何かしらけるような印象を持ちます。

 彼は「私の発言をめぐってなされた一連の報道において、発言の一部が文脈から切り離され、断片のみが伝えられることによって、本来の私の理念や価値観とは正反対の人物像・政治家像が流布してしまっていることが、この上なく残念です」と言っています。要するにマスコミの「誤報」だという主張ですが、いったいどのような文脈であったのかという説明はありません。「断片のみが伝えられた」と言いますが、報道された「あれだけ銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、そんな猛者集団というか、精神的にも高ぶっている集団は、どこかで休息をさせてあげようと思ったら慰安婦制度は必要なのはこれは誰だってわかる」という彼の発言は「断片」かもしれませんが、彼の考えをよく示しています。彼は自分が分かるとは言っていないと言いますが「誰だって分かる」とはどういうことか。自分にも分かるということでしょう。

 彼は「私は、21世紀の人類が到達した普遍的価値、すなわち、基本的人権、自由と平等、民主主義の理念を最も重視しています。また、憲法の本質は、恣意(しい)に流れがちな国家権力を拘束する法の支配によって、国民の自由と権利を保障することに眼目があると考えており、極めてオーソドックスな立憲主義の立場を採(と)る者です。 大阪府知事及び大阪市長としての行政の実績は、こうした理念と価値観に支えられています」と言っていますが、彼の首長として大阪でやった数々のこと、例えば全市職員を対象にした思想調査や、教職員への君が代強制と懲戒処分など強権的独裁的な、やり方を思い返すと、彼のことばは虚しく感じます。憲法改正の主張もそうです。

 彼は沖縄の米軍司令官に風俗業の活用を勧めたことについて米国民と米軍には謝罪しましたが、従軍慰安婦問題についての発言については謝罪も撤回もしていません。ここにも対米従属的な卑屈なものを感じます。彼は「こうした私の思想信条において、女性の尊厳は、基本的人権において欠くべからざる要素であり、これについて私の本意とは正反対の受け止め方、すなわち女性蔑視である等の報道が続いたことは、痛恨の極みであります。私は、疑問の余地なく、女性の尊厳を大切にしています」と言っていますが、かつて週刊誌に暴露され、彼も認めたクラブホステスとのスキャンダルを思い出すと、何が女性の尊厳を大切にしているかと馬鹿らしくなります。

 外国特派員協会では2時間半にわたって長広舌を振るい、特派員の中には一定の評価する声もあったそうですが、批判も多く、たとえばフランスの保守系のフィガロ紙は「3時間に及ぶ支離滅裂な弁明の果てに、報道陣は有名な市長が何を言いたかったのかわからないままに退出した」と辛らつです。

 特派員協会で配布した「私の認識と見解」は何度か読み返しましたが、建前と弁解、責任転嫁に終始していて心に響くものがなく、饒舌という印象でした。このようなことばだけが上滑りする政治家は不要です。

 

 

 

 


シュレーゲルアオガエル

2013-05-30 09:12:31 | 身辺雑記

 次男の家で宅配でレタスを注文して届いたので箱を開けるとレタスの中にカエルがいて、次男の嫁はびっくりして悲鳴を上げたそうです。緑色の手足が青虫がたくさんいるように見えたらしいのです。

 次男はメールに写真を添付して送ってくれましたが、このカエルはシュレーゲルアオガエルと言います。このカエルは田んぼのあぜ道などに穴を掘り、モリアオガエルのような泡状の卵塊を産みます。私はずっと以前に卵塊を見たことはありますが成体を見たのは初めてでしたが、なかなか美しく可愛いカエルです。

  

 どうするつもりかと息子に尋ねましたら、飼うつもりはないので姫路の水族館にでも持っていき、どうしたらいいか聞くつもりだと言いました。宅配便は県の北部から来たもので、このカエルは一人ぼっちで旅をしてきたのですが、仲間から離されてかわいそうにと思います。水族館でこのカエルを飼っていて、その中に加えてくれたらいいのですが。


韓国紙論説委員のコラム

2013-05-28 07:36:45 | 海外あれこれ

 韓国紙の中央日報が、安倍晋三首相らの歴史認識を批判しながら、広島と長崎への原爆投下を「神の懲罰」と主張し「日本への“仕置き”が足りないと判断するのも神の自由だ」などと、非戦闘員の大量殺戮を肯定するかのようなコラムを掲載しました。 

 最近の韓国では反日の機運が高いようで、大統領自ら日本への批判をしていますからその空気に乗ってこのようなコラムが出されたのかも知れませんが非常識もはなはだしいことです。菅義偉官房長官は23日の記者会見で、「誠に不見識だ。断じて許すことはできない」と批判したのは当然でしょう。中央日報紙は「社の意見ではない」と弁解したといいますが、その新聞の社説までを扱う論説委員がいかにコラムと言えども執筆したら、それはその社の意見だととられても仕方がないでしょう。弁解だけでなく謝罪するべきです。 

 「神の懲罰」と言いますが、何の神なのでしょう。韓国にもクリスチャンが少なくないようですから、この論説委員もそうなのかも知れません。そうするとクリスチャンとしても失格でしょうし、ましてジャーナリストとしては極めて質が低いと思います。韓国では日本の政治家の発言をよく妄言と批判しますが、この論説委員の意見はまさに妄言中の妄言で怒りを覚えます。韓国は北朝鮮の核の脅しを絶えず受けています。そのことを考えれば、「神の懲罰」などとは軽々には言えないはずです。 

 広島での原爆の炸裂の瞬間を目の当たりにして、その後「これが地獄というものなんだ」と思い、死ぬまで原爆と戦争を憎んできた妻がこの韓国紙の論説委員の妄言を聞いたならば、どんなにか腹を立てるだろうかと思います。 

 

*その後当の論説委員は同紙に、「(本来伝えようとした)趣旨と異なり、日本の原爆犠牲者と遺族を含め、心に傷を負われた方々に遺憾の意を表します」という釈明文を出したそうですが、何か従軍慰安婦問題についての橋下氏の弁解を連想します。

 

 

 

 

 


首相公邸に幽霊

2013-05-27 07:50:22 | 身辺雑記

 安倍首相が就任以来5か月たっているのに公邸に引っ越ししていないことを踏まえて民主党の加賀谷参議院議員が、公邸に幽霊が出るとのうわさは事実かと党質問主意書を提出し、これに対して政府は「承知していない」とする答弁書を決定したそうです。菅官房長官は「いろんなうわさがあるのは事実」と語り、さらに、記者団から「幽霊の気配を感じるか」と問われると、「言われれば、そうかな」と笑いながら答えたと言います。旧首相官邸だった公邸は一九三六年の「二・二六事件」の舞台となり、官邸関係者の間では以前から「犠牲者の幽霊が出る」とのうわさ話があったようです。 

 このようなばかげた噂を取り上げて質問主意書を提出する議員も暇なことだと思います。何を言いたかったのかよく分かりません。それが出されたら政府は答弁書を出さなければならないのでしょうが、ばかばかしいと思わなかったのでしょうか。また記者団も「幽霊の気配を感じるか」などと質問したのは冗談のつもりなのでしょうが、馬鹿げています。 

 公邸はいざ知らず、今の国会内には幽霊ならぬ、いろいろな魑魅魍魎が動き回っているように思うのですが。

 

 


ただいま、おかえり

2013-05-25 07:56:32 | 身辺雑記

 前にも書いた『毎日』朝刊の「万能川柳」という投稿欄にこんな句が載っていました。 

   ただいまぁおかえりぃああしあわせだ 

 女性の句ですが、おそらく母子の遣り取りではないでしょうか。ごく普通の挨拶の中に「幸せ」を感じる気持ちがよく出ています。私は勤めていて帰りが遅かったので、妻と子ども達のこのよう情景は記憶にありませんが、多分同じだったのでしょう。次男は中学生の時、帰宅途中に電話して「今日のご飯は何?」とよく聞くので妻は笑っていました。「ゴチャ煮よ」と答えた時は、息子はため息をついたそうです。「ゴチャ煮」というのは野菜などいろいろなものを混ぜて炒め煮したようなもので、子どもたちが名付けたものらしいのですが、彼らはこれが苦手でした。食べ盛りでしたから、もっとボリュームのあるものがほしかったのでしょう。それでも、小さい時から私が「お母さんが作ったものは嫌いと言ってはいけない」と言っていたものですから、文句は言わずに食べていたようです。 

 一日の終わりの母と子の遣り取りには何かほのぼのとしたものがあります。子どもは家に帰ってお母さんの顔を見て安心し、母親も何かほっとするのではないでしょうか。上の句は新婚間もない若い夫婦の遣り取りなのかも知れません。それでもいいのですが、私にはどうも母子の方がいいように思います。 

 最近は家庭でも挨拶が少なくなっていると聞きますが、やはり基本的な挨拶、「おはよう」、「いってきます」、「ただいま」、「いただきます」、「ごちそうさま」、「おやすみ」などは家族の中では欠かしてはならないものと思います。 

 これを書いている今は夕方でもう薄暗く辺りは静かで、妻や息子達の「ただいま」、「おかえり」が聞こえてくるような気がします。

 


抗日映画

2013-05-23 09:00:08 | 中国のこと

 中国で近年量産され、反日感情をあおる一因とされてきたゴールデンタイムに放映される「抗日ドラマ」が過度に娯楽化しているとして、中国政府が内容の審査強化に乗り出したというニュースがありました。最近の抗日ドラマの中には、カンフーで日本兵を殺したり、登場人物が宙を舞ったりするなど現実離れした演出があり、中国国内にとどまらず、日本政府も問題視していたと言うことで、北京の日本大使館はこうした動きについて「抗日ドラマが大量に放送されることは中国における日本のイメージにとって好ましくない。中国国内でもさまざまな声があると承知しており、関心を持って情報収集している」としているようです。 

 中国共産党の機関紙「人民日報」によりますと、抗日ドラマの放送を管理する国家新聞出版ラジオ映画テレビ総局の幹部は「最近放送されている創作態度は厳粛なものではなく、歴史を尊重しないものが乱造され、社会に良くない影響を与えている。改めなければならない」と述べたようで、過度に娯楽化した内容は改めたり、放送を取りやめたりすることなどを求め、既に複数の抗日ドラマの放送が中止されたと言います。このような質の悪い抗日ドラマが量産される背景には、当局の審査が比較的通りやすいことなどがあるとみられているようです。「反日有理」と言うことでしょうか。

 私は以前よく中国に行っていた時に、夜ホテルの部屋でテレビを点けていました。中国語は理解できないのですが、映像を追っているだけでだいたい筋が解る番組もあり、中にはかなり上質な番組もありました。「抗日ドラマ」も時折観ていました。しかしこの「抗日ドラマ」はC級と言えるような非常に質の低いものが多く、多くはただひたすらに日本軍の暴虐を描き、日本の兵士、とりわけ将校はこれでもかというくらいに醜く残酷に描かれていました。対する中国の共産党のゲリラ(八路軍)の兵士たちはみな高潔に描かれ、俳優もきりっとしたイケメンを多く出していました。私が観たものにはカンフーなどを扱うようなものはありませんでしたが、それでもかなり荒唐無稽に近いものもありました。 

 このような反日一辺倒の映画を見て育った子ども達が、日本や日本人に対してどのような印象を持つかは自明のことです。ある年、私が入っている貧困地区の子どもたちを援助する会のメンバー4人が、寧夏回族自治区の区都の銀川から北京まで夜行列車で移動したときに、小学生くらいの女児とその従弟と親しくなったのですが、その時その少年に日本人を知っているかと尋ねましたら、テレビで知っている、中国人に悪いことをすると答えました。それでは私たちはどうかと聞きましたら、テレビの日本人とはぜんぜん違うと言いました。その子たちとは北京に着く前まで仲良く話したり写真を撮ったりしましたが、もしこの子たちが私たちと親しくならなかったら、日本人に対して悪い印象を持ったまま大きくなるのだろうと思いました。 

 日本軍が中国で戦ったのはもう70年も80年も昔のことですが、中国人にとっては忘れがたいものがあることは分かります。それにしても質の悪い娯楽作品として多くの青少年に良くない影響を与えることをいつまで続けているのかと思います。観ている子ども達の多くは、今の日本人もそのような残酷な者だと思うでしょう。遅まきながら規制の方向を出したのは良いことで、青少年にはもっと未来志向の心を養うような教育をするべきです。

 

 

 

 

 


三日坊主

2013-05-21 07:37:28 | 身辺雑記

 従軍慰安婦問題で「当時は必要だった」と発言したことを巡り、17日夜の退庁時に、発言の真意を確認しようとした記者団に対し、「一言一句全部チェックしようというなら(ぶら下がり取材を)やめる」と宣言し、18、19日に予定されていたぶら下がり取材を取り止めていました。私はブログに、結構なことだと思うとして、メディアもこれからは正式な記者会見の場での彼の発言を正確にとらえて報道し、批判するべきところはきちんとすることを望みました。 

  それが20日になると一転して従来通りぶら下がり取材に応じる意向を明らかにしました。お喋りで目立ちたがり屋の彼が沈黙してしまうわけがないと思ってはいましたが、これは まさに三日坊主です。再開の理由として「このまま市長を辞めるまで受けないわけにはいかない。自分のメンツで色々理由をつけて再開しなければならないぐらいなら、早く再開した方がいい」と言ったそうで、よく分かっているではないかとおかしく思いました。彼は「記者とのやりとりの中で真意が分からないことがあれば、ただしてもらえれば答える」と話したようですが、なぜ最初からそういう姿勢で臨まなかったか、例によって批判されてカッとなったのでしょう。 

 彼の取材拒否の発言の直後に出たNHKや新聞各社の最近の世論調査の結果では、維新の会の支持率は急落しています、それに慌てたのかも知れません。いずれにしてもみっともないことです。ブログ友のOjさんは「そのうちボロが出ると予想をしていましたが、話にならない恥ずかしいボロが出ています」と言っていました。もういい加減に表舞台から姿を消した方がいい、少しは静かになるのではないかと思います。

 

 


体罰は良くないが

2013-05-20 13:30:53 | 身辺雑記

 今月の7日のことですが、栃木県教委は50歳の男性の中学校教諭を、体罰をしたとして戒告の懲戒処分にしました。この教諭は昨年授業中に、金属棒で机を叩き続けた女子生徒を教科準備室に連れて行き、片手で突き飛ばしたり、指示棒や平手で頭を複数回叩いたり、太もものあたりを足で複数回軽く蹴ったりしたようです。 

 教諭は「今後に度とこのようなことのないようにしたい」と反省しているということですが、授業を妨害した女生徒については校長など学校は何の指導もしなかったのでしょうか。授業中に金属棒で机を叩き続けたこの女生徒にも問題はあると思います。教科準備室に入ってからも果たして教諭の注意なり叱責なりを素直に受けたのだろうか、反抗的な態度をとって、教諭をさらに怒らせたのではなかったのかとも思います。 

 体罰を受けた生徒にも問題があったからと教師の体罰を容認する意見もあることは事実ですが、やはり体罰はするべきではありません。しかし、生徒の方にも問題があることが少なからずあって、かつて聞いた話では、ある中学校で生徒が、叱ろうとした教師を「殴るなら殴ってみい。教育委員会に訴えてやるぞ」と挑発したと言うことです。将来はともかくとしてその段階ではどうにもならないねじ曲がった生徒もいるのです。こういう生徒の指導はかなり困難なものですから、クラス担任や教科担任だけに任せるのではなく、学年や学校全体で取り組まなければならないと思います。一人の教師の手には余ることが多いのです。教師だけを処分して、生徒については何の指導もしなければ、そういう問題生徒はますますつけ上がるでしょう。 

 小学校の教師をしている私の次男は、かつて6年生の担任をしていた時に担任したある女の子には手を焼かされたと言います。家庭にはかなり問題があり、中学生の兄は非行生徒だったようですが、その女の子は叱ったり注意したりすると膨れてそっぽを向き、褒めると嘲るというまことにやりにくい性格だったようです。中学校に行けばもっと厄介な子になることは十分想像できるが、そのようなことがないように今何をしても無駄に思う、家庭がちゃんとしていないとだめだ、とにかく問題を起こさないように気をつけていくしかない、教師にできることには限度があると息子は言っていました。虚しいことですが仕方がないのかも知れません。

 

 

 

 

 


橋下氏のメディア批判

2013-05-19 19:31:57 | 身辺雑記

 日本維新の会の共同代表の橋下大阪市長は、従軍慰安婦制度は「当時は必要だった」とする自身の発言をめぐって「大誤報をやられた」とメディアの報道を批判し、「僕は慰安婦を容認したことは一度もない。メディアは一部だけ聞いて、そこだけ取る。(誤解されたのであれば)日本人の読解力不足だ」とも語り、今後は正式な記者会見以外の取材を拒否する意向を示しました。この時の橋下市長のぶら下がり取材の記録をインタネットで見たのですが、『朝日』や『毎日』を「最低だ」と喧嘩腰で罵っていて、「文脈をきちっと取って報道するのが皆さんの役目だ。『一言一句チェックしろ』というなら(取材対応を)やめます」と話しました。 

 これまで彼は、最初の発言の翌日の14日、「(記事は)比較的正確に引用してくれていた」「フェアに出している」などとツイッターに書き込み、毎日新聞が掲載した一問一答について「ある意味全て」と評価していたそうです(『毎日』)。その後も「いろんな報道の仕方は、報道の自由だから仕方ない」と語っていましたが、その後の反応の大きさ、抗議の広がりにいら立ったのでしょう。それにしても自分の発言の「正当」であることを言うのに、「大誤報をやられた」とメディアに責任があるかのように言ったり、「日本人の読解力不足だ」とまで言うのは彼らしいとは思うのですが、非常に独善的な感じがします。「メディアは全部橋下嫌いだ」とも言ったそうですが、そうでしょうか。これまで各メディアは彼に群がって記事を垂れ流し「人気者」に押し上げました。彼もそのようなメディア、特にテレビを利用してきました。今後は正式な記者会見以外の「ぶら下がり取材」は拒否するようですが、結構なことだと思います。メディアもこれからは正式な記者会見の場での彼の発言を正確にとらえて報道し、批判するべきところはきちんとすることを望みます。 

  つくづく橋下と言う人物は「口舌の徒」だと思います。これまで選挙協力や合流も模索してきたみんなの党は、橋下氏の発言に反発して、夏の参院選での共通公約策定に向けた政策協議を凍結する方針を表明しました。代表の渡辺氏は「党の文化、体質が違う」と明言し、さらに「口(弁舌)でのし上がった人は口で失敗する。因果応報だ」と厳しく批判したそうですが同感です。

 

 

 

 

 

 

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ヤメロ節

2013-05-17 07:31:56 | 身辺雑記

 卒業生のM子とは近頃毎朝のように電車で会いますが、最近高校時代によく歌った「ヤメロ節」という歌のコピー-をくれました。私は昭和33年に教師になったのですが、その頃のその高校では自治会活動が盛んで,M子も自治会役員として活躍していました。自治会活動の一つに、毎週木曜日の朝に中庭で生徒集会というのがあって、そこに生徒達は腰をおろして、これも自治会で作った「愛唱歌集」という小冊子の中のいろいろな歌を歌っていました。その中で人気があったのが「ヤメロ節』でした。これは各教科をからかったものですが、なかなか良くできていて、例えば第1番はこのようなものです。

 アリストテレスやシムソンが どたまをひねった問題を どうして俺(おいら)が解けるけぇ 嫌な数学ヤメチマエ

 このようにして各教科を冷やかすのですが、生徒達は、その教科の歌の最後に来ると後ろを振り向いて、立っている教師の顔を見て笑いながらことさらに大きな声を張り上げます。その時には言うに言われない和やかな雰囲気になったものです。私が担当していた「生物」は、

 かぼちゃににかぼちゃの花が咲く 犬が豚の子産みますか あたりまえでしょ そんなこと 嫌な生物ヤメチマエ

 自分の教科でもあったのでこの歌詞は今に至るまでずっと覚えていましたし。口ずさむと何とも懐かしい思いにとらわれます。

 最後の歌詞は、

 ヤメロ ヤメロでみなヤメロ 国語も英語も数学も社会も理科もみなヤメロ ついでに学校も ヤメチマエ

 でした。

 この歌のメロディーはアメリカの民謡「リパブリック賛歌」で、日本語の替え歌は「おたまじゃくは蛙の子・・・」で知られる「おたまじゃくし」でした。

 www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/otamajakushiwa.html

 「ヤメロ節」の発祥については定かではありませんが、当時はいろいろな高校で歌われていたようで、構成や、歌詞はいろいろな変形があります。今の高校ではこのような歌を歌うところはないでしょう。よき時代だったと思います。