大阪龍馬会

1987年に創立して2017年は創立30周年。龍馬好きの集まった大阪龍馬会が龍馬会の活動をお知らせします。

2017年5月21日 京街道を歩く第5弾 守口宿

2017-08-31 10:00:00 | 活動報告
長谷吉治幹事の案内で守口宿へ

 余談から入ります。京街道シリーズは本当なら京都から大阪まで歩くつもりでした。第1弾は鳥羽から淀、第2弾は淀から八幡、第3弾は八幡から楠葉と順調に歩いておりました。が、楠葉から枚方宿までほとんど住宅地。ひたすら歩くだけになってしまう。そこで全行程を歩くのは断念して要所要所を押さえようと、第4弾は枚方宿、そしてこの第5弾は守口宿となりました。京街道には橋本・枚方・守口に宿があったので、これで良しと一人で納得しました。起点というか終点の高麗橋付近は長谷さんのイベントで案内されているのでまあいいかです。


1 江戸川乱歩寓居跡
 地下鉄守口駅に江戸川乱歩寓居跡の看板を見たことがありました。劇団潮流で「夢幻乱歩館」を上演するとき、江戸川乱歩について少しは勉強しました。守口に住んでいたことも知ってはいましたが・・・。テキストに「推理小説家江戸川乱歩が27歳の頃、父を頼り、守口市、門真市を転々と5回移り住んだ・・・。」えっ!5回も。確かに引っ越し魔とは知っていましたが。
 さて、長谷吉治講師から「たまには史跡を皆さんで探してみませんか」と言われ、参加者は必死に探す。探す史跡は「名探偵明智小五郎が初めて登場するD坂の殺人事件執筆地」。写真も住所もわかるので楽勝かと思われましたがなかなか見つからず・・・。しまいにはU田氏は通りすがりの美魔女に声をかける有様。残念ながらタイムオーバー。案内されたのはマンションン1階のベランダ。のぞき行為に近い恰好で見ましたが、これは見つからへんわ。


さあ、クイズの時間です。この写真の史跡を探してくださいと江戸川乱歩寓居跡をさがす


マンションのベランダを覗き込むと見える石版


2東海道(京街道)一里塚跡
 東海道は日本橋からスタートし、最初の宿場である品川から57番目の宿場が守口で、最終地点は高麗橋東詰になる。守口宿の東端に該当する箇所が、たまたま一里に該当し、一里塚が置かれた。こんなところにあるのかと驚き、しっかり保存されていたのはうれしい。守口の一里塚跡は西側に碑が残ってます。




3 明治天皇行在所の難宗寺
 『大きなお寺で、蓮如上人が文明9年に創建したと伝えられる。慶応4年3月21日、明治天皇は大坂へ行幸する途中、難宗寺を宿所とした。翌日、出発された天皇は大阪の西本願寺津村別院(北御堂)に到着し、44日間滞在された。
 難宗寺には明治天皇の御座所が今でも保存されている。この行幸に随行した人数が1659名だった。随行者の宿所は佐太(守口市)から関目(大阪市旭区)までの広範囲にわたり宿が割り当てられた。
 明治43年10月3日、当時の皇太子(のちの大正天皇)も宿泊されている。
 また、境内には大阪府の天然物指定されている銀杏の大木がある。』いや、びっくり。行在所が守口にあるなんて。そのまま残ってるし。長谷講師に感謝しながら拝見。写真撮影もできたからうれしさ倍増。
 明治天皇行在所。写真左下の木製箱は大正天皇使用の湯殿(お風呂)。貴重やわ。
 守口宿本陣では、宿場の勉強。3月の正井さんのお話でも宿場の勉強しました。
 

4 桂小五郎宿泊の地
 小五郎は守口にも来ていたのか。
 『駒井正三著の「ふる里守口を訪ねて(発行 守口市市長室広報担当)」によると、幕末期、長州藩士桂小五郎(木戸孝允)は、大坂に用事があってもできるだけ大坂で宿泊せず、守口に宿泊したとの記載がある。
 桂が宿泊したゆかりの地が呉服商茜屋であった。茜屋のご子孫である西田家には、桂が書き記した書が所蔵されていた。(現在は、代が変わり、西田寛三氏の御子息にお聞きしたところ、桂が書き記した書は、行方不明だとの事である。)
 桂は守口や森小路に宿泊したと言い伝えられている。』




 司馬遼太郎住居跡も行きました。司馬さんは守口に住んでいたのか。西区のマンションしか知らなかったし、「梟の城」を書いたのもここと聞いてビックリ。



 文禄堤を歩き次の案内場所へ。
 
5 第14代将軍徳川家茂宿泊の地
 守口宿とお別れして大阪市内へ京街道を進む。
 『文久3年(1863)3月、第14代将軍徳川家茂は、第3代将軍徳川家光以来、230年振りに上京した。
 この時、家茂は朝議で攘夷実行期限を五月十日」と約束させられる。
 家茂は、4月23日に大坂城へ入城した。大坂城へ将軍が登城するのも家光以来のことだった。
 家茂は5月11日まで大阪に滞在したが、その期間中に宿泊したと伝えられるのが「木犀の陣屋」である。時期は、文久3年4月と伝わっている。
 この陣屋とは、庄屋の浅田家の屋敷で、庭に木犀の木が三本あり、これらの木から醸し出す香りが、遠くまで漂っていたことから「木犀の陣屋」と呼ばれていた。
 しかし、「徳川實記」で見る限り、家茂が大坂城以外で宿泊したのは、岸和田にて順動丸で碇泊した4月28日以外は記載がない。
 唯一、4月26日に大坂城から離れて、数か所の新田会所を訪れている。その時にここを訪れて小休止したのが宿泊に誤って伝えられたものかもしれない。また、その後、家茂は2回、大坂城へ入城し、最終的には大坂城内で亡くなった。』



記念撮影

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2017年6月25日 大坂史跡探訪vol.21 夕陽丘周辺

2017-08-31 10:00:00 | 活動報告
大坂史跡探訪・大坂史跡探訪冊子第6弾発売「夕陽丘周辺」  講師:長谷吉治幹事

出来立てのテキストを持ってスタート


あいにくの雨でしたが、谷町9丁目からスタート。最初の見学地は今田耕治が遊んだブランコのある寺、



そして生國魂神社にある八軒家船着場常夜燈(萬延元年・寛保3年)を見学。




水戸藩士ゆかりの地川崎孫四郎自刃の所/島男也旧居跡


 安政7年(1860)3月3日、江戸の桜田門外で、水戸、薩摩の脱藩浪士により、大老の井伊直弼が暗殺されるという大事件がおこった。このとき、江戸だけではなく大坂でも並行して、水戸、薩摩藩を中心とした挙兵計画があった。
 大坂での挙兵計画は、水戸藩士高橋多一郎が指揮を執り、川崎孫四郎ら水戸藩士、薩摩藩士や勤王の志士らが実行にあたろうとしていた。
 ところが、薩摩藩が慎重策に変じ、計画が進まなくなったところ、幕吏(大坂町奉行所)にこの計画が漏れた。
 桜田門外の変後間もない萬延元年(1860)[※3月18日より改元] 3月22日、生國魂神社付近にあった笠間藩士島男也宅に水戸藩の志士たちが協議のため集まった。
 集まったのは高橋多一郎・庄左衛門父子、川崎孫四郎、山崎猟蔵、大貫多介、小室治作、黒沢覚蔵、島男也の8名だった。幕吏から逃れるため翌日、住吉へ場所を移すことが決まり就寝した。早暁(23日)逃れる直前、幕吏が取り囲んだ。
 川崎孫四郎は高橋父子をその場から逃して防戦したが、深手を負ったため自刃を試みた。自刃し死に切れないでいるところを捕らえられ、翌日死亡した。
 島男也は捕らえられた後、江戸の伝馬町の牢に送られ、文久元年(1861)11月5日牢死した。そのほか、高橋多一郎、庄左衛門父子は、囲みを破り四天王寺まで逃れたが、同寺内で自刃。(高橋父子の墓が四天王寺境内にある)
 この計画に加担していた坐いかすり摩神社の神官佐さくらあずまお久良東雄も捕えられ、江戸伝馬町の牢獄に送られ6月獄死した。

土佐藩関係者の墓

新選組ゆかりの地新選組大坂旅宿跡/大寶寺・萬福寺

源聖寺坂(?)での記念撮影


2017年


2004年


2000年

2000年の写真は撮影場所が違いますが、2004年と2017年は同じ場所です。

他にも、小説「燃えよ剣」ゆかりの地料亭「西照庵」跡、関白太政大臣二条斉敬邸の遺構/鳳林寺、赤穂藩主浅野内匠頭長矩墓所/吉祥寺、赤穂義士四十七士墓所、大石内蔵助像、赤穂義士四十七士像、蜂須賀正勝顕彰碑、柴田勝家・お市の方供養塔/天鷲寺、加賀藩大坂蔵屋敷ゆかりの石鳥居、松尾芭蕉墓所と芭蕉堂、豊臣秀吉木造安置の地/珊瑚寺、口縄坂、麻田剛立墓所、陸奥宗光の父 宗広隠居所(自在庵)跡/稱念寺、夕陽岡表(陸奥宗光 先考 伊達宗広を弔う碑)、清地蔵、陸奥宗光及び陸奥家墓所跡、陸奥宗光 最初の妻 蓮子の墓碑、原敬 陸奥宗光に追慕の意を表す碑、陸奥家墓所の菩提樹、小松帯刀墓所跡、藤原家隆墓所(家隆塚)を見学しました。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2017年4月16日 神戸史跡探訪vol.4

2017-08-30 10:00:00 | 活動報告
桜満開の4月16日 神戸史跡探訪に行きました。講師は長谷吉治幹事。長谷講師の神戸も4回目。
今回は神戸史跡探訪vol.1のテキストを持って新神戸駅に集合しました。




たくさんの史跡をまりました。



異人館街をゆく、受付の人は糠よろこび

新神戸駅あたりへ戻って今度は西へ向かいます。街路の木の名前が「泰山木」であることを最近長居の植物園に通っている川口さんよりレクチャーしていただきました。
しかしまあ、異人館周辺は坂道なワケですよ。結構な坂。しかもこの日は急に暑くなったこともあって某U田さんが早くもピンチ。とりあえず、励ましなだめすかしながら歩きました。
坂をひたすら登って「坂の上の異人館/旧中国領事館」。中華民国南京国民政府時代の領事館だったそうです。あ、でも中には入りません。受付の人からしたら「あ、団体さんだわ。うふ。えー登ってきたのに入らないのー?」って感じだったかもしれません。

続いて、現在、結婚式場となっている「旧ハンター邸(日本家屋)」。落ち着いた中にも重厚さのある素敵な建物です。こういうところで挙式したいなー。よーしまだあきらめないぞ(何を)……といった妄想はどうでもよく、旧ハンター邸の門や外壁の名残が道々の色んなところに有馬温泉!なのが面白かったです。壁のHのイニシアルなんて普通に歩いていたら気づかないかもしれませんよ。
 
さて、異人館街で多分一番有名なのが「風見鶏の館」。しかしこれまた館に尻を向けて、反対側の「ジャーデン・マセソン商会の門柱」にシャッターを切る我々なのでありました。長州ファイブのイギリス留学援助でも有名なジャーデン・マセソン商会、旧居留地に建っていた建物の門柱を保存のためにここに移してきたそうです。因みにこのレンガの積み方はイギリス積みというやつですね。


風見鶏の館には目も向けず、その前にあるレンガ造りの門柱の説明を


神戸海軍営の碑



花隈城跡、そして伊藤博文、さらに柴田剛中。

 山を下って諏訪山児童公園でしばし休憩後は市街地へ向かいます。暑さもあって皆さんややバテ気味です。U田さんも薄れゆく意識の中でうわごとのように「ビール…」とつぶやいておられました。この公園内には「明治天皇御小休舊神戸税関監視部建物」の碑もあります。さすがは日本一石碑の多い明治天皇ですね。
南へ下って住宅地の細い道を歩いて行くとつきあたりに工事現場のフェンスがありました。こちらは「伊藤博文令嬢の墓所跡」なんだそうです。当時の新聞記事を合わせてご紹介いただきました。そしてフェンス越しに写真を撮る我々なのでした。

さらに南へ向かいます。下山手通の「小泉八雲旧居跡」では、これまた「こんなところにゆかりの地が!」とびっくりしつつ、「花隈城跡」へ。ちょっとした高台の広場に円柱の碑があります。石碑の文字は「侯爵 池田宣政」書。この方は荒木村重が籠城する花隈城を攻めた池田恒興のお血筋なんですよね。中々感慨深いです。
横には達筆な文字で「東郷井」と書かれた石碑が有馬温泉。東郷とはもちろん東郷平八郎。デュークではありませんよ。「初代(!)戦艦大和」が神戸で建造中の明治18年から2年程、東郷平八郎はここからちょっと離れた所にあった「神戸倶楽部」に滞在していたそうで、その時使用いていた井戸を記念した石碑です。初代の大和の艦長は東郷平八郎(中佐)なんですね。因みに平成27年(つい最近!)までは石碑は元の場所にあったそうです。

再び町の路地を歩いて行くと「福徳寺」というお寺の前に「花隈城天守閣の跡」の碑がありました。規模としてはこちらの花隈町一帯が花隈城だったようです。
明治になるとこのあたりは花街として栄えていったそうです。今はその面影はほとんどありませんね。初代兵庫県知事として赴任した伊藤博文が住んだのもこのあたり。就任当時27歳。若い!庄屋橋本藤左衛門の別邸「橋本花壇」がその場所です。
伊藤博文が知事辞任後は妹さんが「吟松亭」という料亭を同じ場所で始めたそうです。その吟松亭の住所が古地図に載っているので「このあたりに伊藤博文が住んでいたことが分かる」わけです。そういうことを教えていただいて町を眺めると同じ町が違って見えますよね。来てよかった「大阪龍馬会 史跡探訪」と思うのですよ。いや本当。
なお、「吟松亭」にあった常夜燈が神戸市北区の料亭で見ることができるそうです。どうですか、奮発して料亭でも。


伊東博文寓居跡 長谷さんが場所の推定をしました。すごいですね。




記念写真は「あ。撮るの忘れていた。」とのことで最後に訪れた「善福寺(モダン寺)」で。インド風の塔がオシャレです。
慶応3年、幕臣柴田日向守剛中が神戸開港の業務のためこちらに滞在していたそうです。勉強不足の私は、柴田剛中という方はまったく知らなかったのですが、文久遣欧使節として欧州を回ったこともあるようで、その経歴からしてとても有能な方のようです。福澤諭吉と一緒に写っている写真でも切れ者感が出ています。こんな感じで今まで知らなかった人物に興味が湧くのも史跡巡りの楽しみですね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2017年4月2日 京街道を歩く第4弾 楠葉砲台と枚方宿

2017-08-29 10:00:00 | 活動報告
2017年4月2日 京街道を歩く第4弾 楠葉砲台と枚方宿に行ってきました。案内は林慎吾事務局長。
今回はそんなに歩きませんと言われた通り、ほんとうに歩きませんでした。



枚方公園駅で集合して、枚方宿の花街や、川崎麻世の実家の喫茶店前を通り、枚方市立鍵屋資料館へ。
枚方宿の説明やくらわんか船の由来など見ごたえありました。なんといってもその外観は昔の船宿。



枚方市駅までの一駅でしたが、昔の面影を残すたくさんの建物がありました。

本陣跡公園で「くらわんか餅」を皆でいただき、林一家のはるちゃん(柴犬)ともここでお別れして、枚方市駅から京阪電車に乗って橋本駅へ。

前回訪問した樟葉砲台がきれいに整備されたので向かいました。







当時の建物が分かるように植栽で表現されていて堀は水色の路面。蓮華がいっぱい咲いていました。なかなかいい感じです。

そして待ち焦がれていた「樟葉砲台」の石碑(橋本砲台と書いてるが)が復活していました。

終了時間は16時。こんなに早く終わるイベントは久しぶりでした。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

龍馬速報138号 発行

2017-08-28 10:00:00 | 活動報告
2017年4月17日に龍馬速報138号(26頁)を発行。
実は2017年は大阪龍馬会創立30周年なのです。
紙面で30年を振り返る企画を4号に分けて行います。
今回は1987(昭和62)年から1996(平成8)年までの年表、イベント写真、このとき芝居に凝っていたので芝居の写真などで振り返りました。
記事も林事務局長、上田敏雄副会長、林美奈子幹事が書いてくれました。



神戸史跡探訪vol.4の案内 神戸史跡探訪vol.1「神戸市中央区」冊子販売のご案内 京街道を歩こう第5弾「守口宿」のご案内 1月22日「澤田先生と行く山田家住宅」に参加して(溝端亜由美) 講演会「旧東海道を歩く」を拝聴して(岡田真実) 坂本龍馬と中岡慎太郎ゆかりの佐賀関(藤井一弘) 大坂の史跡を訪ねて連載66回目(長谷吉治)
創立30周年を迎えて 草創の5年間(林慎吾) 過去を振り返って(上田敏雄) 激動の日々 劇団「大阪龍馬会」(林美奈子) 大阪龍馬会活動記録(1987年~1996年) 編集後記 大阪龍馬会販売冊子の知らせ

新聞記事 寝そべってもええぜよ高知に「リョーマの休日」像/維新博 幕開け 志士足跡 各地で追う 龍馬「新国家」手紙公開/春の特別展:幕末群像、無名志士に光当て 初公開の自画賛や短刀含む100点 霊山歴史館/幕末の息吹 志士写真から 新博一環 宿毛歴史館 勝海舟や後藤象二郎ら展示/勝海舟記念館着工へ 大田の別荘跡地 旧文庫改修/龍馬の相棒、用心深く 中岡慎太郎 偽名、筆跡変えた手紙/浦賀ドック建設 貴重写真で 横須賀製鉄所ゆかりの資料展示/いばらき魅力再発見:水戸市松本町回天館 幕末・天狗党の悲劇伝える/支局長からの手紙:新発見の二つの書状

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2017年3月5日 総会と講演会「旧東海道を歩く」

2017-08-27 10:00:00 | 活動報告
総会と講演会をAAホール(大坂海軍塾跡)で行いました。
講師は3年連続の正井良治さん。今回は「旧東海道を歩く」をテーマに街道の話を中心に話してくれました。
実際に2016年11月からほんまに東海道を歩かれたんですよ。タフでしょう。


少し暗いですが、スライドを使って写真ふんだんに




コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2017年1月22日 「澤田先生と行く山田家住宅」

2017-08-26 10:00:00 | 活動報告
「澤田先生と行く山田家住宅」に参加して 

 集合場所はJR阪和線・新家駅。普通電車の止まる駅です。
 今にも振り出しそうなお天気で、場所も大阪府の端っこですが、たくさんの会員の方が集まっておられて驚きました。寒空の下、予定時刻まで雑談して待っている間も、ワイワイとみなさんお元気です。
 



 会場の山田家住宅は、新家駅からすぐの場所。到着するや否や、澤田先生のお話がすでに始まっておりました。




 私は澤田先生のお姿に圧倒されました。お召し物も、甲冑をイメージさせるデザインがなされたもので、キラキラときらびやか。そして、それを着こなしておられる。
 
 次から次へと銃を手に取り、ひらひらと慣れた扱いで紹介してくださいます。お話も、ユーモアもたっぷり。
 見せていただいた銃も、澤田先生のお持物だけではなく、他の方の物や、そして山田家住宅に伝わる銃など、作られた時代や、大きさや見た目も違ったものです。
 火縄銃は、本で読んだり、レプリカを手にしたこともありますが、本物を手に持たせてもらえて、その重さにびっくり!
 
 

 山田家住宅は、泉南市にある昔の庄屋さんのお宅です。豪農であり、土地を守るための武装もされていたのが印象的でした。岸和田藩にお金を貸していたのではないかというお話も飛び出し、幕末期の農家の力の大きさを感じました。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

龍馬速報137号発行

2017-08-25 10:00:00 | 活動報告
2017年1月31日に龍馬速報137号(32頁)を発行しました。



表紙写真(函館坂本龍馬像) 2017総会と講演会のご案内 2017年の活動紹介 京街道を歩く第4弾のご案内 2016年総会レポート 龍馬の手紙発見される 八幡から楠葉まで-京街道を歩く第3弾(林美奈子) 大坂史跡vol.19に参加して(豊田和子) 大坂史跡vol.20に参加して(末岡圭美) 薩長同盟論の現在の講演を拝聴して(桜宝寿) 講演要旨 京都国立博物館見学会と京都七条近辺の史跡巡りに参加して(正井良治) 2016年11月27日龍馬‐墓前祭&歴史散策(村田倫子) 龍馬つれづれ記(桧垣義弘) 水戸史跡探訪レポート③(楢崎省三) 大坂の史跡を訪ねて65回目(長谷吉治) 大坂史跡探訪vol.5「心斎橋・長堀橋・松屋町・谷町9丁目周辺」冊子販売のお知らせ 編集後記
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2016年11月27日 墓前祭

2017-08-24 10:00:00 | 活動報告
講師は上田敏雄副会長 参加者は14名。

一日中雨でしたが、墓前から清水寺、清閑寺を見学しました。


まずは龍馬の墓参り


清水寺へ移動 成就院へ 月照上人の関連史跡へ


途中にたくさんの石仏が


清閑寺にある西郷史蹟


一日中雨だったので、甘酒を・・・


墓前近くで記念撮影
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2016年10月30日 京都国立博物館見学会 京都龍馬会との共催

2017-08-23 10:00:00 | 活動報告
10月30日 京都国立博物館見学会を京都龍馬会と一緒に行いました。大阪龍馬会は22名参加。



京都龍馬会の赤尾理事長の案内で七条の史跡散策。それにしてもすごい人数・・・




七卿落ちの出発地・妙法院



大仏殿あと




「没後150年 坂本龍馬」展は、副題に「龍馬は手紙の中に生きている」とあるように、おそらく今までの展示会では手紙の展示が一番多かった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2016年8月28日 龍馬大学校

2017-08-23 10:00:00 | 活動報告
8月28日 龍馬大学校開催 「薩長同盟論の現在」AAホール(大坂海軍塾跡地) 講師は桐野作人先生 参加者は37名。
 


桐野作人先生 言葉があふれ出てくる話し方 すごいです


今回は小松帯刀宿舎「御花畑」(近衛家別邸)での薩長交渉と同盟締結に至る経緯を中心に薩長同盟のもつ意義はどのようなものだったか考えます。特論 近衛家別邸「御花畑」‐小松帯刀宿舎の位置と規模 ①薩長接近の気運‐薩摩藩の長州寛典論と長州藩の「武備恭順」論確定 ②薩長同盟か薩長盟約か‐成立時期、坂本龍馬の役割は ③薩摩藩の複雑な内情‐国父久光の統制と西郷の逸脱 ④薩長同盟の性格・目的と坂本龍馬の役割 ⑤幕長戦争と薩摩藩‐薩長同盟は履行されたか



熱心に聞き入る参加者
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2016年6月14日 大坂史跡探訪vol.20 心斎橋・長堀橋・松屋町・谷町9丁目

2017-08-22 10:00:00 | 活動報告
6月14日 大坂史跡探訪vol.20「心斎橋・長堀橋・松屋町・谷町9丁目」付近を歩きました。講師は長谷吉治幹事で16名参加。


本覚寺の話が詳しくすごく勉強になりました。

これだけまわりました。



心斎橋、小松帯刀愛妾お琴(琴仙子)住居跡、楢崎龍ゆかりの地「丼池」跡、橋本宗吉絲漢堂跡、明治天皇駐輦記念之碑、心学明誠舎跡、岩本榮之助生誕の地、天王寺屋発祥の地、住友家本邸(住友銅吹所)跡、住友銅吹所跡、シーボルトの訪問の地 住友銅吹所跡、後藤象二郎大阪旅宿跡(住友本邸跡)、直木三十五文学碑、榎木大明神、練(御屋敷再生複合ショップ)、惣(長屋再生複合ショップ)、石蔵屋跡/ぜんざい屋事件(大利鼎吉遭難)の地、土浦藩(土屋相模守)蔵屋敷跡、赤穂義士原惣右衛門墓所(長久寺)、尾張藩第6代藩主徳川継友菩提所(本長寺)、赤穂義士大高源吾墓所(薬王寺)、赤穂義士堀部弥兵衛・安兵衛墓(福泉寺)、蘭医ボードウィン寓居跡(法性寺)、薩摩屋半兵衛菩提寺(法性寺)、伊庭八郎宿泊の地(大仙寺)、淀屋の祖淀屋常安墓所(大仙寺)、住友友以ほか一族墓所(久本寺)、天王寺屋五兵衛墓所(久本寺)、近松門左衛門墓所、お龍の母楢崎貞住居跡、浪華仮病院跡(大福寺)、儒者池内大学首塚及び墓所(大福寺)、橋本曇斎(宗吉)墓所(念仏寺)、井原西鶴墓所(誓願寺)、懐徳堂中井一族墓所(誓願寺)、並河寒泉墓所(誓願寺)、敷田年治百園塾址、英国外交官アーネスト・サトウ宿泊の地(法雲寺)、与力・砲術家坂本鉉之助墓所(大倫寺)、砲術家荻野六兵衛照清墓所(江国寺)、高砂部屋大阪場所宿舎(久成寺)、英国公使ハリー・パークス宿泊の地(正法寺)、英国外交官アーネスト・サトウ宿泊の地跡(本覚寺跡)、梶井基次郎墓所(常国寺)

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2016年5月15日 京街道を歩く 第3弾 八幡から樟葉

2017-08-21 10:00:00 | 活動報告
2016年5月15日 京街道を歩く第3弾(八幡から樟葉)を林慎吾事務局長の案内で歩きました。参加者15名。

 前回1月寒さで登る事を断念した石清水八幡宮からスタート。
 晴天の5月、ケーブルで山頂に登ると爽やかで空気が澄んでます。



 本殿は最近国宝となり、塗り直されピカピカだけどそれ以外はすこ~しさびれていて、外国人観光客は殆どなく・・・ 今や人気観光地となった伏見稲荷との違いは大きいなと感じました。
 エジソン記念碑等を回り、本殿前で記念撮影。



 孝明天皇も石清水行幸で歩いただろう参道を、私達も帰りくらいは歩いて下りましょうとケーブルに乗らず下山。少し膝にきましたが・・・
 階段がキツかったのか、さあ、今から京街道歩きましょうという時には、電車に乗って移動したいなーという声がでる程、疲れてしまってました。



 直射日光のキツさと日陰のない街道に、一同黙々とひたすら歩きます。大きな楠の木陰で休憩。



 橋本宿は昭和まで遊郭があったという事で、なかなか風情ある街並みでした。駅前の銭湯はCMで使われていたようですね。



 そして本日のメイン、楠葉砲台跡へ。(勝海舟が築造を指揮した内陸部唯一の台場跡)。

  唯一目印であった石碑は今は見当たりませんが、一面田んぼだった砲台跡が、当時の形を残すように蓮華畑に姿を変えていて。



 当時の風景を偲ぶことが出来て感動しました?
 今後歴史公園として残すそうです。この砲台跡をみた時と、ゴールの楠葉ツインタワーが見えた時、一行は満面の笑顔を見せていました。


 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2016年4月17日 大坂史跡探訪vol.19 大坂城の続き

2017-08-20 10:00:00 | 活動報告
前回の大阪城の続きを昼から行い、午前中は五代友厚の関連史跡探訪。講師はわれらが長谷吉治幹事で29名の参加でした。
盛沢山すぎて朝ドラと大河ドラマの両方を堪能しました。

 第一部は、五代友厚ゆかりの地めぐりです。ディーン・フジオカさんは朝ドラで一躍有名になりましたが、キャスティングしたプロデューサーも大したものだと思いました。



 私が五代様を知ったのは大阪龍馬会に入り、初めて大坂史跡探訪に参加した六年前です。なので大阪のために尽力された五代友厚像を見るのを楽しみにしてました。
 まず最初に行ったところは大阪証券取引所の立像、そして光世証券の座像でした。
 思っていた通り、とても格好のいい方でした。龍馬さんとも関わりがあったと思うと、なおいっそう好感度が上がります。
  


 それから大阪慶應義塾跡、鴻池本宅跡、月照生誕の地、専称寺跡、大坂西町奉行所跡、大阪府庁跡‥大阪商工会議所の友厚像見た後は ランチタイムでした。




 午前中はいつになくゆっくりペースかなと思ったのですが、午後からの第2部は歩きました。


 谷町4丁目9番出口に集合して 大阪城へ・・




 前回好評だった4択クイズは分かりやすくて、頭が整理できてよかったです。
 生国魂神社が日本書紀の古くから祀られていて、秀吉時代に大阪城築城のため現在地に移築された事そして大手門、市多門跡、大手門枡形巨石、石山本願寺跡、‥‥つぶさに見て回りましたがたくさんの外国人観光客にビックリでした。
 大坂城絶景の地でも、ファッションモデルさん並みのポーズをとって写真を撮っている人で溢れていました。




 私たち龍馬会も、ほんの少し空いた時に集合写真。




 それから、原田さんが詩吟を吟じられました。全身を使っての発声は迫力がありました。また漢詩の意味を教えて頂いたのでその時代を想像して聞いているとジーンと胸を打つものがありました。



 そして陸軍大阪刑務所跡、英国公使館跡、玉造御門‥・・・大阪城を後に越中井、細川ガラシャ顕彰碑、高山右近像、真田丸顕彰碑、心眼寺です。
 時間が足らず三光神社へは行けませんでしたが、たくさんの歴史ある場所を教えて頂き、その頃にタイムスリップして、私なりに思いめぐらせながら見学できて楽しかったです。
 長谷講師のご家族も参加され、お嬢さま達が最後まで元気よくされていたのも感心いたしました。



コメント
この記事をはてなブックマークに追加

龍馬速報136号発行

2017-08-19 10:00:00 | 活動報告
2016年3月24日 龍馬速報136号(32頁)発行



表紙写真(武市半平太像) 大坂史跡探訪vol19案内 戊辰戦争戦跡史跡探訪に参加して(野村亜津) 京街道を歩く「安心してください上がりませんよ!八幡のふもとまでしか行けなかったけどまあいいっか(村上英理子) 五代さまを読む(岡田真実) 大坂の恩人五代友厚(桜宝寿) 水戸史跡探訪レポート②(楢崎省三) 大阪の史跡を訪ねて64回目(長谷吉治) 坂本龍馬・中岡慎太郎宿泊の地 備前西大寺(長谷) 大阪史跡探訪VOL.17の案内 紹介ニュース記事ほか
コメント
この記事をはてなブックマークに追加