最近は皆さん勉強されてるから、絵カードによるスケジューリングなんてのは当たり前。
でも、たまにスケジュールを提示されることに嫌気がさしてる子がいますよね。
もちろん探っていくと色々出てくるんだろうけど・・・。
そんな過去のことはさておき、
まずは好きな活動のみでスケジュール提示するのが仕切り直しにはいいと思う。
それを進めていけば、スケジュール提示自体への嫌悪性は減ります。
その後、少しずつ中性的な活動もスケジュール提示するようにしていきます。
なにがためにスケジュール提示をするのかは、大事ですよね。
スケジュール提示を嫌がってるのに、
「でも自閉症児にはスケジュール提示が大事なんでしょ」って言語的ルールがもたらす悪循環は避けたいものです。
でも、たまにスケジュールを提示されることに嫌気がさしてる子がいますよね。
もちろん探っていくと色々出てくるんだろうけど・・・。
そんな過去のことはさておき、
まずは好きな活動のみでスケジュール提示するのが仕切り直しにはいいと思う。
それを進めていけば、スケジュール提示自体への嫌悪性は減ります。
その後、少しずつ中性的な活動もスケジュール提示するようにしていきます。
なにがためにスケジュール提示をするのかは、大事ですよね。
スケジュール提示を嫌がってるのに、
「でも自閉症児にはスケジュール提示が大事なんでしょ」って言語的ルールがもたらす悪循環は避けたいものです。











「うち、絵カードダメなので」と言ったら「え?自閉症なのに?」ととある有名なセミナー会場で言われたことがあります。
「見えにくかったらメガネ」
近視でも遠視でも「メガネ」ならいいのか
ってのと同じなのにな〜って思いました。
自閉症と一括りに言っても、千差万別。
「個別」のアセスメントが命。
ついでに、趣旨がずれますが、
『「〜障害」だから「〜〜」』というのは、自閉症支援との対比で生まれてくる場合が多いような気がする。
ある障害の子(自閉症以外)に、自閉症支援の王道を適用して、うまくいかなかった場合、自閉症支援に対する恨み的なものが親御さんに生まれる。
でも、それは自閉症支援が悪いのではなく、個別のアセスメントと介入手続きが取られてなかっただけ。