遊煩悩林

住職のつぶやき

ん?

2017年03月07日 | ブログ

第一金曜日の同朋会。

毎月書き換えるお寺の「掲示板のことば」について説明責任を果たす場でもあります。

今月は、博多出張の帰着が遅れて説明責任を果たす場を逃してしまいました。

常照寺の同朋会メンバーは住職不在でも成り立っていく頼もしい聞法者で構成されております。住職不在の方が盛り上がるかどうかはわかりませんが・・・

 

世話にならんと威張る人 お世話になりますと頭が下がる人

 

今月の掲示板の言葉ですが、この言葉に果たさなくてはならない説明責任は何もありません。

お感じいただくまでのことですが、あえて申し上げるとするならば、「どちらがいい」というのではないということです。

威張る人がダメで、頭が下がる人がいいと言いたいのではないということです。

威張る人には驕りが、頭を下げるには打算がはたらいたりするものです。

この言葉のヒントになったことばがあります。

スマホに残っていたどこかの掲示板のことばの写メ。

そこには

世話になりたくないと気づかうより

お世話になりますと頭の下がる方が大切ではありませんか

と書かれてありました。

こちらの方がメッセージがはっきりしていますね。

でも、このままだと何かしっくりこない。

だってこのままだと僕のメッセージじゃないですし、僕にはこのような問題提起はできないなと思ったのです。

まあ、「世話」の程度にもよるのでしょうが、この「気づかい」にも尊いことがあるんじゃないかなと感じるのでございます。

いつも申し上げることですが、常照寺の掲示板は明確なメッセージを発信するというのでなく、「ん?」と立ち止まっていただくことを念頭にしておりますので・・・

とにかく。そのうち誰かに世話にならざるをえない老病死が待ち構えているわけです。

誰かの世話にならざるをえない状況を認識したときに果たして自分はどのような姿でおるのか。

世話になっているという実感があれば、頭を「下げる」のではなく、自ずと下がっているのでしょう。

いま「あなたどうなの?」と問われています。

日頃いろいろな方の世話になりっぱなしですが、なかなかその世話になっていることさえも気づかぬような恩知らずが私です。

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